映画のようなルックを作るには<1>分析編

2020.06.17 (最終更新日: 2022.07.06)

# はじめに

映画のようなルックと聞くと、カラーグレーディングの話の様にも聞こえますが、それは違います。違うジャンルやスタイルの映画には、いくつもの複合的な要因が重なり合って最終的なルックが生まれていくと僕は思います。今回はいくつかの 映画のルックを自分の作品でも再現しようと思う時に、どういったところに目を配るべきか を考えてみたいと思います。

実際に考える上で、今回は過去のアカデミー賞ノミネート作品・受賞作品の中から特定のフレームを切り抜いて、そのルックがどのようにして生まれているかを芸術的な面ではなく、技術的な面から分析してみようと思います。フレームを研究するときには、単純にそのフレームについて考えるだけではルックの起点を見つけることは非常に難しいです。なので、カメラ、レンズ、フレーミング、被写界深度、アスペクト比率、照明、グレーディング、美術、衣装について考える為に、事前に撮影に使ったカメラやレンズなども調べた上でなぜそのチョイスになったかについても考察を加えます。

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ナチュラルライティングとアナモフィックレンズを使ったリアルで美しい少年の姿「ムーンライト」

使用カメラ:ARRI ALEXA XT Plus Camera 4:3 [Super 35 Sensor]
レンズ:Hawk V-Lite Lenses Anamorphic 2x/Angenieux Optimo Anamorphic Lenses/Kowa Cine Prominar Anamorphic Lenses

最初の作品は「ムーンライト(2018)」のこちらの1フレーム。この映画はSuper35のセンサーサイズのARRI ALEXA XT Plus Camera 4:3 オープンゲート(クロップファクター 1.0)で撮影し、Hawk V-Liteなどの Anamorphic 2xのレンズを使用しています。アナモフィックのレンズを使ったのは、「主人公の体験をただ見せるのでは無く、心の中で感じていることをよりレンズを通じてさら感じ取れる様に表現するため(The attempt was to promote those emotions)」 だとDPのJames Laxtonは話しています。また日没前の野外撮影ですが、背景の海がぼやけていることで主人公がより引き立っています。これはNDフィルターを使うことで全体的に光量を落とし、Native ISOの状態でレンズを解放して撮影をしているのが分かります。最終的な映画のアスペクト比は2.39:1になります。4:3を2xのレンズで撮影すると、2.66:1 [4➗(3➗2) = 2.666…. ]になるので、2.39:1までサイドをクロップしていることになります。センサーはここでも意図的に撮影時からクロップされる部分を踏まえて撮影されていることが分かります。1.85:1よりもワイドスクリーンですが、2.55:1ほどワイドではありません。照明は自然の光だけを使って撮影していると感じるくらい、限りなく照明を隠していることが分かります。撮影時間は不明ですが、恐らくまだ日が出ている時間帯に撮影して、グレーディングで輝度を下げて、青を強くしているのが分かります。野外ロケーションの撮影なので、美術は無いですね。衣装は白いズボンで主人公の肌の色味とは対照的な色味なので、より視線が彼の上半身から上にいくように構成されています。映画を制作する際には、それぐらい細かく1ショットごとに内容をクルー全体で考えて絵作りをしていくのです。

独特の補色を映画に散りばめることで、ゴッサムの荒廃的な生活を描く「ジョーカー(2019)」

使用カメラ:ARRI ALEXA 65 Camera/ARRI ALEXA LF/ARRI ALEXA Mini Camera
レンズ:ARRI Prime 65 Lenses/ARRI Prime 65 S Lenses/ARRI Prime DNA Lenses/Zeiss Compact Zoom CZ.2 28-80mm T2.9 Lens/Zeiss Compact Zoom CZ.2 70-200mm T2.9 Lens

別の作品を見てみます。「ジョーカー(2019)」のこちらのフレーム。背景の色味に強烈なシアンを使うことでより人物を際立たせるキーライトになっています。また、左側からキーライトの補色オレンジのフィルライトをあてることで、彼の痩けた顎の輪郭を強調しています。さらに、キーライトがバックライトになっていることで、主人公がよりシルエット気味になり、よりシーンの深刻さを演出する手助けをしています。
色味に関して「ジョーカー」はかなり工夫されています。上のショットもハイライトをグレーディングでシアン寄りにすることでキーライトが青白い色になっています。フィルライトは、撮影監督のLawrence SherがVOGUEでも話している通りのSodium Vaporらしい街灯の明かりが差し込んできており、それによって補色が強調されています。この映画は、他にも彩度の落ちた色使いを選んで撮影からグレーディングまでが行われています。下のショットは濁った赤と緑の補色関係を映画全体で使っています。ジョーカーの住む世界を色味で演出することで薄気味悪い街の様子を表しているのだと思います。


引用元:Filmow

ウォーキンフェニックス演じるアーサー(ジョーカー)の着る仕事着は燻んだ赤ですが、髪の毛の色味は緑です。色味も鮮やかさに欠ける濁った色味で、荒廃的なルックが印象的です。この映画にはこの濁った「緑と赤の補色」や「シアンとオレンジの補色」が散りばめられているのです。


引用元:Vario

またルックに影響している別の要素としては、撮影に使われたカメラも考える必要があります。この映画には、ARRI ALEXA 65 Cameraと呼ばれるARRIのカメラの中でも一番の大判デジタルセンサーを持つカメラが使われました(センサーサイズ参照)。大判センサーはスーパーヒーローなどの映画でもよく使われますが、「ジョーカー」でもそのカメラが使われました。監督のTodd Phillipsはフィルムカメラの大ファンで、デジタルで撮ることは無いと言われていましたが、近年レンタル可能になったARRI ALEXA 65を使うことになりました。もともと65mmのフィルムで撮影するはずが、別の映画撮影ですでにレンタル出来ず、ALEXA 65かSuper 35mmで撮影することを選ぶ必要があったそうです。それでもフィルムを選ばず、大判センサーのデジタルカメラで撮影した理由は、映画のロケーションの多くが狭い室内の撮影だったためだそうです。

ワイドで狭い室内で撮影する時に、広角レンズの歪みが入らないためには大判センサーで撮影する必要がありました。心理的な映画であり、主人公の内面に大きく焦点を当てた映画なので大判センサーで撮影した時に背景が圧縮されることもプラスに働いたようです。このフレームを見ても分かるように、大判で撮影した時の背景のボケ具合は殺さずに使っているのが分かります。狭い病院の部屋で役者に近い距離で撮影しても、カメラの存在を感じさせにくい特性活かしたショットです。

またALEXA 65は業界でもかなり革新的な一歩で、すでにヒーロー映画のようなものだけで無い他の映画にも使われ始めています。ARRI Prime 65などのSphericalレンズが利用されています。そのため1.85:1のようなアスペクト比でもセンサーを出来る限り効果的に使うことが出来ます。結果的にアスペクト比を抑えた画面作りで16:9 (1.78:1) に近いフレームになっており、シネマチック過ぎないような画面になっています。ヒーロー映画よりも、人間味のあるアスペクト比になっているとも言えると思います。

照明とグレーディングを巧みに使い、カラフルなパレットを実現した「ラ・ラ・ランド」

使用カメラ:Aaton A-Minima Camera [Super 16mm]/Panavision Panaflex Millennium XL2 Camera
レンズ:Panavision C Series Anamorphic Lenses/Panavision C35 35 mm T2.3 Lens/Panavision C50 50 mm T2.3 Lens/Panavision E Series Anamorphic Lenses/Panavision E35 35 mm T2.0 Lens/Panavision E50 50 mm T2.0 Lens

次は「ラ・ラ・ランド」のこのショット。このシーンは映画のポスターに使われるほど代表的なシーンですが、色使いがとても上手です。撮影時にはキーライトは昔ながらのSodium Vaporではなく、スタジアムライトなどに使われるMetal Halideや緑の強いMercury Vaporの照明を使った色味に合わせるように、青と緑のジェルを入れた照明をキーライトに使ってマジックアワーに撮影されました。その素材にグレーディングの段階でマジェンタを足すことでスキントーンを調整しつつ、空の色にピンクを入れる工夫がされているそうです。 これはDamien Chazelle監督と撮影監督のLinus Sandgrenで話して決めたことらしく、夜の空も出来る限り黒を避けて、カラフルなパレットをあちこちに仕込みたいというルックへの強いこだわりです。

またパレットはカラフルにしつつも、照明は現実的な世界観を演出しています。こちらのショットでは街灯の灯りに近づけてトップライトのように撮影し、ビューティーライトは避けています。またカラフルなパレットを演出するために、寒色、暖色を上手く使って絵作りにも拘ります。このシーンでは空も街もほとんど青や紫の色味にになっていますが、手前にいる2人は黄色と白という明るい色の服を着ていることで、ますます2人のパフォーマンスをさらに引き立たせています

この映画は上記二つの映画とは違い、フィルムで撮影されました。メインカメラはPanavisionのXL2というSuper35mmカメラで、Kodakのカラーフィルムです。こちらのフレームはKodak 5219 500Tを使用。使用したレンズは同じくPanavisionのC-seriesアナモフィックレンズで、最終的なアスペクト比は2.55:1というかなりワイドな比率。当初は2.40:1の予定だったそうですが、初期のころのシネマスコープは2.55:1だったということへのオマージュも籠めて変更になったようです。

またフィルムの場合は現像の要素もルック作りに関わります。この映画では、わざと1.3ストップ露出を上げて撮影し、現像で1ストップ下げて現像するという工夫をしたそうです(参照リンク)。これはハイライトの転げ方を調整するために意図的にした工夫でそうですが、ここでもルックをさらに突き詰めていることが感じられます。

トーンの隅々まで完璧調整している「ROMA (2018)」

使用カメラ:Arri Alexa 65
レンズ:Hasselblad Prime 65 Lenses

次のフレームはAlfonso Cuarón監督の「ROMA (2018)」です。こちらは他作品と違い、モノクロ映画で撮影されています。使ったカメラはJOKER (2019)と同じくARRI ALEXA 65。レンズはHasselblad Prime 65レンズです。大判センサーを使ったワイドショットはクロースアップでもレンズの歪みを感じづらいことでリアルな没入感があります。アスペクト比率は2.39:1のシネマスコープ。

この映画は監督の映画学校からの友人で監督の過去映画を6作一緒に撮り続けている撮影監督ChivoことEmmanuel Lubezkiが今回の長期プロジェクト(撮影日数100日超え)に参加することが出来ず、監督と撮影監督をAlfonso Cuarón自身で結果的に兼任する離れ業プロジェクトです。撮影を振り返って、Lubezki撮影監督とCuarón監督が対談している文章が残っていますが、スタイルに関わることも多く話しています。

この映画はCuarón監督の幼少期の頃のメキシコを描いています。この映画には 「過去をモダン映画の切り口で撮影する」 という監督の意図があり、映画を撮影する前に、Lubezki撮影監督に相談して使用するカメラやレンズを話し合って決めたようです。その際にLubezki撮影監督が提案したのが、まだ歴史の新しいALEXA 65でした。カラー映画を提案したのはLubezki撮影監督で、最終的にモノクロにすると決めたのはCuarón監督です。これはALEXA 65を使ったモダンなフィルムメイキングを通じて、過去を表現するという意図から来ているようです。レンズは主に25mm, 35mmを使っています。これはワイドショットを多用するCuarón監督が Super 35からALEXA 65に切り替えることで得られるクロップファクターを利用することで、同じ人物を撮影しても背景が少し近づいた視覚的効果とワイドアングルがより映像に情報を持たせるから だと言っています(記事参照)。

クロースアップのこのフレームを見ても分かるように、クロースアップでありながらワイドアングルの要素も兼ね備えていて視覚的情報がさらに多いことが分かります。

また多くディティールが残っていて、さらに画面全体が綺麗にまとまりのあるコントラストで仕上がっているのが分かります。これはショットごとにフレーム内部のエリアごとの色の色相や彩度を変えたり、露出をパーツごとでいじって、モノクロのトーンを隅々まで完璧に調整しているからです。非常に広いダイナミックレンジを持ったALEXA 65で撮影し、Technicolorの技術者の協力を得て非常に細分にまでこだわって現像されたそうです(参考リンク)。照明はドラマチックな照明を使わず、現実的なアングルから照明を行っているのがわかります。1ショットから全てを汲み取るのは難しいですが、撮影機材や演出意図を遡っていくと、このショット1つでもそれらの要因全てを受け継いでいることが掴めるようになります。

夜をライティングで効果的に表現する「ミッドナイト・イン・パリ(2011)」

使用カメラ:ARRICAM Lite (LT) Camera / ARRICAM Studio (ST) Camera
フィルム:Film Stock: Kodak Vision Color 2383/3383 /3 Perf Pull-Down
レンズ:Angenieux Optimo 17-80mm T2.2 Lens / Cooke 5/i Lenses / Cooke S4 Lenses / Cooke Speed Panchro Lenses

最後はWoody Allen監督の「ミッドナイト・イン・パリ(2011)」(アスペクト比率1.85:1)からこちらのフレームです。ARRICAM LTとSTのフィルムカメラを使って撮影しています。フィルムストックはおそらくKodak Vision3 500T 5219を使って撮影されています。「ラ・ラ・ランド」の日没ダンスシーンと同じフィルムストックですね。カメラは違いますが、どちらもSuper35で撮影されています。

暗い夜の街を歩く二人のシーンですが、撮影している場所はこれほど暗くありません。実際に二人の影は非常に長く、街灯のあかりだけではあれほど影は伸びません。これは街灯よりもさらに高いところからさらに大きな光体でロケーション一帯を照らしているからです。そのため、よく見ると街灯の頭の部分が光っています。これは街灯のさらに上から来る光で照らされている証拠です。

これは撮影現場のスチル写真ですが、ご覧の通り、非常に明るい光が照らされています。ただ演出上は街灯の光なのでホワイトバランスは街灯と同じで、おそらく時代背景も含めるとTungstenバランスだと思います。

またキーライトがバックライトになることで、オーウェン・ウィルソンとマリオン・コティヤールのエッジライトとしてもうまく作用しつつ、シルエット気味の二人の歩く様子が映画のムードに非常にあっています。

撮影スチルから見るとさらに観察できますが、カメラから見て右からも別のフィルライトが入っています。これは映画のフレームを見たときにも背景に歩いている二人と比べて、明らかに主役が明るいことからも分かります。顔にもさらにコントラストを出すことが出来ているので、結果的に狭い色のパレットの中でも二人が立体的に映し出されています。オーウェン・ウィルソンとマリオン・コティヤールの着ている衣装も全て映画の暖色パレットの色に収まるようになっています。あえて暖色だけで色味を統一することで、よりロマンチックでミステリアスなパリの街を感じられる気がします。

まとめ

いくつかの映画のフレームと技術的なスペックから垣間見る映画のルック作りについてまとめてみました。次回はハリウッド映画のルックから学び、いかに自分の映像制作に活かすことが出来るかについてまとめてみます。

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Hiroki Kamada@hirokikamada

ニューヨークシティに拠点を置く映像プロダクション「Prodigium Pictures,」を経営。グローバルブランドや海外展開したいスタートアップのローンチやCSRの取り組みの撮影が強み。海外での制作サポートが必要な方はご連絡ください。 hk@prodigi...

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