2021年4月から6月までテレビ東京ほかにて放送された、P.I.C.S. 企画・原作によるアニメシリーズ『オッドタクシー』。かわいらしいデザインの動物キャラクターたちでありながら、物語はハードボイルドなミステリーという絶妙なギャップ。さらに最終話で描かれた衝撃的な結末から、クリエイターたちからも高い評価を得た。
海外からも注目をあつめ「Crunchyroll Anime Awards 2022」では、11部門にノミネート。そのうち、Best Director部門に木下 麦監督が、 Best Protagonist(主人公)部門に小戸川(CV:花江夏樹)が輝くという偉業を成し遂げた。
今回は、4月1日(金)に全国ロードショーとなる『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』の公開を記念して、TVシリーズにおける3DCGと撮影工程の制作舞台裏を紹介しよう。
TEXT_村上 浩 / Hiroshi Murakami(夢幻PICTURES)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(Vook編集部)
アニメ『オッドタクシー』PV第2弾
企画・原作:P.I.C.S./脚本:此元和津也(P.I.C.S. management)/監督:木下 麦(P.I.C.S.)/副監督:新田典生/キャラクターデザイン:木下 麦・中山裕美/美術監督:加藤賢司/色彩設計:大関たつ枝/撮影監督:天田 雅/編集:後田良樹/音響監督:吉田光平/音響制作:ポニーキャニオンエンタープライズ/音楽:PUNPEE VaVa OMSB/音楽制作協力:SUMMIT, Inc./音楽制作:ポニーキャニオン/アニメーション制作:P.I.C.S. × OLM
▲ 左から、CGディレクター 大島貴明氏(IMAGE UNITED) 、撮影監督 天田 雅氏(オー・エル・エム) 。TVシリーズ最終話の放送終了後、木下監督が描いたイラストより
スタイリッシュな3DCGと、TVシリーズのアニメ制作のスタイルを融合させる
オリジナルアニメ『オッドタクシー』の企画が動き出したのは2018年頃のこと。まずは、木下 麦監督と、映像作家の 島 猛氏の間でどういった描写で街並みを描くか、ビジュアルコンセプトの試行錯誤から始まった。
3D背景のR&D
▲ 初期に作成された街並みのコンセプトモデル。<上図>パースビュー(正面)/<下図>カメラビュー
▲ 車内からの見た目(流れる街並み)の表現技法を検証した動画の例。<1>シンプル(直線的な動き)/<2>ローテーション(街並みのテクスチャを円形オブジェクトにマッピングして回転)/<3>3D(個々の建物も3D化してアニメーション)
▲ 最終的に採用された3D背景の表現。走り抜ける不規則な対向車や後続車を演出するため、各アングルごとに合わせて3Dでカメラを配置し実際にカメラを動かしている。これにより、スピード感のある演出やコーナリングなどもリアルに表現できるようになった
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急がば回れの精神で、入念にワークフローを整備
先述のとおり、当初はP.I.C.S.だけでアニメーション制作を完結させることも可能性に入れていたが、1クール分のTVシリーズの制作は大物量であることに加え、それまでP.I.C.S.が得意としてきたMVや短編アニメーションとはワークフローの面でも似て非なる点があることがわかった。
そこで、作画と撮影についてはP.I.C.S.と同じIMAGICA GROUPのグループ会社であるオー・エル・エム(以下、OLM)に協力を求め、両社の共同制作というかたちでお互いの強みを活かしながら進めることとなった。
P.I.C.S.が担当する3DCG制作については、大島貴明氏が代表を務めるIMAGE UNITEDをはじめとする数名のデジタルアーティストが参加することになったという。
IMAGE UNITEDは広告やMVなどのCGを主に手がけており、以前からP.I.C.S.とコラボレーションすることが多いという。本作では、アセット制作からショットワークまでの全般を担当した。
クルマのモデリングとセットアップ
▲ クルマの3DCGモデル。可能な限り簡潔に車両カラーを指定変更できるように作成された。図中・右のユーザデータのウィンドウで、ほぼ全てのマテリアル、照明環境が調整可能になっている
▲ クルマのリグ&セットアップ。基本的な動きを制御するためにリギングが施された。タイヤの回転は自動化し、サスペンションによるボディの傾きはカットによってデフォルメする必要があるため、あえて手動で制御する仕様が採用された
CGチームの編成は、大島氏と島氏を含めたコアメンバーが3名。さらに一部の作業を担当したデジタルアーティストが若干名、そして携帯画面などのUIデザインと街の看板などのテクスチャを担当したグラフィックデザイナーが各1名ずつという、TVシリーズとしては異例の少数精鋭でつくりきったそうだ。
なお、モーショングラフィックスを得意とするアーティストたちが集まったことから一連の3DCGワークは、Cinema 4Dで行われた。
大島氏:
初めてのアニメシリーズの制作ということもあり、当初は勝手がわかりませんでした。私も含め参加したデジタルアーティストは、いずれも普段は広告案件などのモーショングラフィックスを主に手がけており、アニメーションシリーズの制作経験はなかったため不安もありましたが、アニメに精通していないからこそ面白い画づくりができるのではないか といった期待もありました。
CGチーム内で作業手順を統一し、クオリティを保つ
ショットワークで作業者によって仕上がりのバラツキが生じないよう、大島氏はマテリアルの設定などをできるだけツール化。
さらに、作業手順を詳細に解説したマニュアルを作成し、チーム内で共有することで作業の効率化が図られた。
▲ クルマのルック調整用パラメータの解説より。車体のマテリアルに関してはパーツごとに色数を決め、日中、夕景、夜に分けてカラーパレットをルール化している
▲ ライティング作業の解説より(ビルなどの影に入ったときの空間的な車両マスクの作成方法について)。マテリアル、照明、影、アニメーション、レンダリング設定にいたるまで想定できるケースを全てマニュアル化。制作過程でコントロールが必要な要素が出てくる度に情報をアップデートし共有していたという
あくまでも撮影処理に専念する
撮影監督を務めた天田 雅氏は、次のようにふり返る。
OLMの撮影班は、1班が6名構成で2班が参加しました。社外のCGチームと連携して制作するのは初めてだったので、まずは撮影業務に必要な素材の仕様などを大島さんたちへ説明させていただき、できるだけ円滑にやり取りが行えるワークフローを構築することから始めました。
天田氏:
CGチームが作成された背景素材に、こちらでカメラワークを再調整するといったことは基本的には行わずに、あくまでも撮影処理に専念するという要領で役割分担を明確にすることで作業の効率化を目指しました。
また、ルックのテスト段階では昼や夜などのシチュエーションごとにAfter Effects(以下、AE)のプリセットを作成しておくことによって、作画や3D背景素材を差し替えるだけで基本的な画が出力できるワークフローを構築しました。
▲ フィルムグレイン処理のかけ具合を検証した動画。「グレインの濃さを監督にチェックしていただくために提出したチェック用のムービーです。3D背景の質感に、作画の素材をそのまま乗せると違和感があったので、なじませるために通常のTVシリーズよりも強めに画面全体にフィルムグレイン処理を入れることにしました。動きの中でグレインを加えた結果を確認できるように、静止画ではなく動画で確認していただきました」(天田氏)
リモートワークへの対応
TVシリーズの制作は、2020年の夏から同年11月までの約4ヶ月間にわたって行われた。コロナ渦中での制作となったため、一連の制作はリモートワークで行われた。
Zoomを用いた毎週の定例ミーティングで進捗状況やチェックバックなどの確認を行い、スケジュール管理にはGoogleスプレッドシートを使用。制作データの受け渡しにはP.I.C.S.が用意したBoxが用いられた。
また、CGチームの作業は各人のローカル環境で行われたそうだが、撮影チームはSplashtopを使い、自宅から会社のPCにアクセスしリモートで作業を行なったという。
大島氏:
リモートワークになって監督とのやり取りが常時行えるようになりチェックバックのレスポンスも速くスムーズに制作が行えました。
できるだけクリエイティブワークに注力するために
先述のとおり本制作ではまず、木下監督が描いたタクシーのデザイン画を基にモデリング。それと並行してリギングも施された。
モブのクルマについては、色替えやテクスチャの貼り替えによってバリエーションを持たせているが、それらの調整が容易に行えるよう大島氏がUIを開発。
昼や夜などの環境によるクルマの色味の変更や汚れ、破損、パトランプの発光エフェクトなども必要に応じて設定できる仕様となっている。
大島氏:
監督とのルック開発はスムーズに行えたのですが、それをどのようにスタッフ間で共有するのかが課題でした。
同じCinema 4Dを使用していてもマテリアルやレンダリング設定に個人差が生じてしまう恐れがあったのでシンプルな操作で確実に意図したルックに仕上げられるようなUIを開発し、誰が作業を担当してもルックを統一できるようにすることを目指しました。
全13話分の物量に対してタイトなスケジュールでしたし、リモートワークという不慣れな環境下で着実に制作を進める上では、いかにしてスタッフの迷いを取り除くのかが鍵でした。
そうした意味でも汎用性の高いアセットを制作することと、ワークフローの整備にしっかりと時間を費やし、スムーズにショットワークを行えるようにしたことが結果的に良かったと思います。
▲ 車窓から見える背景は基本的に3DCGで作成されている。<図中・左上>3Dレンダリングは極力シンプルな設定にすることでレンダリングスピードが重視された/<図中・左下>AE上でノイズやグレインを足し、キャラなどの作画に寄せつつ、建物の窓の光が印象に残るようレンズシュミレート系のエフェクトを用いてリアルなボケ感を演出/<図中・右>車内に漏れる光、影を加えるなど一連のコンポジットワークが施された
▲ 「タクシー車内から見える外の風景や、一部のカットはカメラアングルをいくつかのパターンに絞って、汎用できる素材をCGチームに作成してもらいました。使用する素材をリクエスト(各工程での共有も含めて)するために、図のようなアングル早見表をP.I.C.Sさんに提供してもらっていました」(天田氏)。ただし、話数が進むにつれてアングルのバリエーションが増えていき最終的に「T」まで追加され、さらに分岐も増えたそうだ
街並みのランダマイズには、MoGraphを活用
主人公の小戸川がタクシードライバーという設定のため、タクシー車内のシーンが多く登場する本作。走行するタクシーの窓外に流れる街並みをいかに効率的に作成するかが鍵となった。
▲ タクシーが走るシーンが多いため背景を流すシーンが膨大に。Cinema 4DのMoGraphを用いることでビルや道路、街路樹、街頭、モブ要素などあらゆるものをランダマイズしながら増減できるように設定された
先述のとおり、ビジュアルデベロップメントの段階では実写素材を使用する案や天球体に背景映像を貼り込みあらゆるアングルに対応できるような手法も検討されたが、最終的には3DCGで作成することでセル調でありながら奥行き感のある街並みを創り出すことに成功した。
大島氏:
タクシーの走行速度だと自ずと移動距離も長くなるため、3DCGで街並みを描くには膨大な数の建物などが必要になりましたが、ビルや電柱などのアセットを複数のバリエーションで作成しておき、それらをMoGraphを使って配置することで街並みの増幅やランダム配置、ループなどが自由に調整できるしくみを構築しました。
背景は繁華街や住宅街、高速道路、港湾など多岐にわたりますが、シナリオを基に、このシーンは新宿、あのシーンは渋谷などと、実在する街並みをリファレンスに密度感やディテールを意識しながらリアルな街並みを表現することを心がけました。
▲ 繁華街だけでなく、住宅街やビル街、高速道路など、劇中に登場する全てのシーンの背景がMoGraphを用いた手法でアセット化された
3DCGならびに撮影工程の作業期間は、全13話分の作業を3〜4ヶ月で終える必要があったという。
つまり、1話分の物量を約10日間のペースで仕上げる必要があったため、レンダリングコストを軽減する上ではGPUレンダラを利用することも検討したそうだが、各スタッフのマシンスペックが統一されていないこともあり、通常のプリレンダーで一連の制作が行われた。
▲ カーチェイスカットのブレイクダウン。<1>3DCGと作画が絡むカットではまず3D上でプリビズを作成。3Dシーンの構築と同時にレイアウトのガイドにも利用された/<2><1>を基に作成されたレイアウト/<3><2>を基に作成された背景/<4>クルマのCGアニメーションを合成。レイアウトと3Dシーンのパースが共通化されているため、最小限の工数でマッチングできる/<5>ライト類、ウインカーなどのエフェクトを追加/<6>ゴミ箱などの手前にある作画を合成し、テンプレート化した「夜」の設定でカラーコレクションが施された完成カット
大島氏:
セル調ということもあり、Cinema 4Dの標準マテリアルとレンダラを使用してシンプルで素早く書き出すことを心がけました。
ただし、夜の繁華街に漂う空気感や煌びやかさなどの表現はリアリティのある映像演出にこだわりたかったので数種類のレンダーパスを書き出しAEによるコンポジットワークで細かく調整しました。
OLMの撮影チームでは、指針となる画面設計を実施。作画のキャラクターと3D背景の馴染みを考慮しながらフィルタ処理やエフェクトなどを加え最終ルックのテスト撮影がくり返し行われた。
天田氏:
看板や窓明かりなどにグロー処理や奥行きを表現するフォグ、光学レンズのようなデフォーカス処理を加えることで街並みのリアリティも増していくのですが、作画で描かれたキャラクターとの馴染みも考慮しなければならないため、どれくらいリアル路線の画づくりを施すのかも重要なポイントでした。
夜のシーンでは作画キャラにも背景の光を受けているようなパラ処理を加えていますが、最終的には作画とCGを完全に馴染ませるのではなく、あえてギャップを残した方が作品の世界観にマッチするのではという考えに至りました。
▲ 撮影チームによるコンポジット作業の例。「3DCGと作画のセル素材は別々で作成されているため、動きの中で位置や重ね、光源の移動による明暗変化などは撮影で合成時に調整しました」(天田氏)。図の場合は、CGで作成されたタクシー本体とヘッドライトの位置の移動に合わせて、小物とぶつからないように切り分けて位置を調整、CGのヘッドライト通過時にセルの明暗を調整、タクシーが手前に来るにつれて、小物との重なりが逆転する箇所は、違和感がないフレームで合成時のレイヤーの重ね順を変えるといった細かな作業が施された
くり返し観るほどに画づくりの奥深さを実感できる
ーー最後に、大島氏と天田氏にTVシリーズの制作を総括してもらった。
大島氏:
タイトなスケジュールと制作環境の下、ポイントを絞りつつ新たな表現や手法にチャレンジしました。
派手なアクションシーンはありませんが、クルマが動き出す際の挙動やビルの看板デザインなど細部までこだわって制作しています。
人間味のある重厚なストーリーを演出する世界観にも注目してもらえたら嬉しいです。
天田氏:
普段は子供向けの作品に携わることが多いので、『オッドタクシー』のようなハードボイルドな作品に参加できて、とても新鮮な気持ちで取り組むことができました。
大人向けのストーリーと可愛らしいキャラクターのギャップが本当に魅力的な作品です。
そんな本作の世界観を活かした撮影を行うことを心がけたつもりですが、多くの方々に楽しんでいただきたいです。
▲ 雪や雨、宙に舞うお札などのパーティクル表現には、OLMのR&Dチームが開発したインハウスツール「OLM Particles」が用いられた
作画キャラと3D背景、両者のギャップをあえて残すことで独特のビジュアルを創り出した『オッドタクシー』。4月1日(金)全国ロードショーとなる 『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』では、どのような進化を遂げているのか要注目だ。
▲『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』公開直前PV【2022年4月1日(金)公開!】
Vook編集部@Vook_editor
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