プロの映像クリエイターのインタビューをもとに、そのナレッジやノウハウを紹介していく「Cutters Point」。
今回のゲストは、3Dキャラクターモデリング・アニメーション、CG映像制作、フィギュアの原型や監修、雑誌の表紙やCDカバーアートなど幅広い分野で活躍するマルチクリエイターの加速サトウさんです。
加速さんが手がけた最新作『New Day』(bilibili拜年纪2022 オープニング)は、作り込まれた世界観とモーションキャプチャを駆使した映像で話題になり、bilibiliでの再生回数は2000万回を突破。今回は『New Day』の制作秘話を中心にお話を伺いました!
ゲスト:加速サトウ
セガのゲーム『初音ミク -Project DIVA-』シリーズに影響を受け、独学で3DCGやモデリングを学ぶ。TV放送用CG制作会社にて経験を積んだのち、2015年に株式会社Composition取締役兼ディレクターに就任。現在はフリーランスとして活躍中。これまで3Dキャラクターモデリング・アニメーション、CG映像制作、フィギュアの原型や監修、雑誌表紙・CDカバーアート等幅広く手掛ける。シンプルでありつつも説得力のある画面構成、光と影を意識した印象的な絵作りが得意。
インタビュアー:ダストマン
3年間勤めていた映像プロダクションを退職し田舎へと移住。広島を拠点に、TVやWebのCMをメインにエフェクト・モーショングラフィックス・VFX・コンポジット業務をフリーランスで請け負いながら、After Effectsのチュートリアル動画を主に発信しているYouTubeチャンネル『ダストマンTips』を運営。
音MADから映像の世界に興味を持ち、After Effectsを使い始める
ダストマン:本日はよろしくお願いします。個人的にも加速さんの大ファンなので、すごく楽しみにしていました。まずは加速さんが映像の世界に足を踏み入れたきっかけについてお聞きしたいと思います。
加速:幼少のころから、何かを作ったり絵を描いたりするのが好きな子供でしたね。小学生のころに見たFlashムービーに影響を受け、中学2年のころに初めてパソコンを買ってもらいました。そして、高校に進学したころニコニコ動画を知り、音MADに興味を持ち、自分でも作り始めました。
音MADは、音が面白いのはもちろんなんですが、小刻みに動く編集をしなくてはならないので、まずはVEGAS Proというソフトを使って音MADに付ける動画を編集するようになりました。
それから時間が経つにつれ、音MADを作っている人たちの中でも突出して映像のクオリティが高い人も出てくるわけです。当然自分としては「どうやって作っているんだろう?」という疑問が芽生え始めます。
それで調べていくうちにAfter Effectsにたどり着きました。チュートリアルサイトを見ながら、連日After Effectsの勉強をしていましたね。
ダストマン:なるほど。それが映像に興味を持ち始めたきっかけだったんですね。
加速:はい。最初は音MADから入り、音では飽き足らず動画にも手を出し始め、After Effectsを使い出したという流れです。当時は進路のこともあまり考えていなくて、頭の中には「何かを作りたい」という漠然とした思いがありました。
そこで実家から一番近い専門学校が作品募集していたので応募したところ、入賞したんです。入学にあたって1年間の学費が免除されました。通っていた専門学校では主にMayaを学んでいたんですが、それで3Dへの興味も出てきて、自分でも初音ミクをモデリングしてみたいと思うようになったんです。
セガのゲーム『初音ミク -Project DIVA-』と同等レベルのものを作れるようになりたいという目標を持つようになりました。
ダストマン:専門学校を卒業されてから一度は就職されていますよね?
加速:卒業後はテレビのCG系の制作会社に就職しました。ですが、入社してからも、帰宅するとCinema4Dでモデリングばかりしていました。本当に寝る間も惜しんで夢中になっていましたね。
まずはアングルと構図を完璧な状態へ持っていく
ダストマン:それでは、本題に入りたいと思います。bilibiliのオープニング映像(『New Day』)のオファーがきた経緯を教えてもらえますか?
加速:僕がフリーランスになったのをきっかけに、10年くらい前から友人のMesさんというトリリンガル(日・中・英語)のシンガーさんにお声がけいただきました。
その時bilibiliに繋いでくださったのも彼女で、以前から僕の作風やセンスをとても信用してくれていたみたいで。
ダストマン:『New Day』の制作期間は、どれくらいでしたか。
加速:多分驚くと思いますよ(笑)。『New Day』には22娘ちゃんと33娘ちゃんというキャラクターが2体出てきます。キャラクター1体につき、モデリングに1.5カ月掛かっているので、2体でだいたい3カ月くらいです。
並行して1カ月くらいはコンテを決める作業もしました。途中、スランプの期間もありまして。締切まで1カ月しかない段階で、まだ背景も何もない、キャラクターもモーションキャプチャで上がってきているだけという状態。それから1カ月で一気に全部仕上げました。
ダストマン:では、実質的な制作期間はその1カ月ということですか!
加速:はい。自分でも信じられません。これがプリビズなんですが、まだまだ適当な状態です。腕が曲がっていて、ウェイトも調整していないし、骨も入っていない。ただ、どういうことをやりたいのかは分かります。
ダストマン:そうですね。原型になっているのは分かります。
加速:カメラワーク自体はここから一切変わっていないんです。カメラワークだけは完璧な状態にしたかったので。そのほか、キャラの位置とか視線誘導や構図にもこだわっています。キャラクターが一番魅力的に見えつつ、その場面や歌詞に応じて、それが伝わるようなカメラワークを常に意識しています。
ダストマン:ダンスの振付は、振付師さんにお任せしたんですか?
加速:以前、お仕事でご一緒させていただいたモーションアクターのプロダクション様にオファーしました。二次元キャラモーションの造詣が深い、経験豊富なアクターさんで、当日のモーションキャプチャ収録では一発OKでした。
ダストマン:そうすると、モーションキャプチャ後にダンスがあって、絵コンテを作られたんですね。
加速:そうです。ちょっとお見せしますね。
ダストマン:文字ベースで、このダンスに対して書いているんですね!
加速:これが一番わかりやすいかなと。Cinema 4Dの画面なんですが、まず僕が内容を考える際にこのような形でマーカーを引きます。
ここはイントロ、ここは間奏、ここはサビといったように、細かく分けていくんですね。MVは3~4分あるものがほとんどなので、最初はどこから手を付けていいか分からない。だから、こうして区分けします。Cinema4Dは動画も読み込めるし、実際画面に文字が書けるので。
ダストマン:こんな使い方があったとは…。知らなかったです。
加速:たしかにメジャーな使い方ではありませんよね。まずは曲を聞き込むところから始めて、頭の中でイメージを膨らませていきます。この部分はキャラクターに寄せたいとか、こういう動きをしてほしいとか。
なんとなくでいいので、メモしていくという感じですね。極論ですが、アングルや構図が良ければあとは適当でもいい感じの映像になる気がしていて。
だから、今回の『New Day』でとったアプローチは、まずセット上に演者が置いている状態で良いアングルを探すというところからスタートしました。
ダストマン:手描きすることによって、加筆修正もしやすい。いいですね。
加速:作り始めの取っ掛かりとしては、いい方法だと思います。
自分が一番楽しいところから手をつけていく
ダストマン:続いて、絵コンテについてもお話も聞かせてもらえますか?
加速:どこで何をやりたいのかが大体固まったところで、絵コンテに取りかかります。この絵が出てきたのが締切1週間前ぐらいでしたが、思い通りできたという実感はあります。
ダストマン:この部分、本当にきれいですよね。イラストかなと思うくらい。動画の導入としてはなんかワクワクしますよね。
加速:最初背景も何もないんだ…と思わせておいて一気に世界観が目の前に広がるパターンです。序盤でこの絵がいきなり出てくるから、スポットライトのシーンが何もなくてもいいかなと思ったんです。
ここに何もないからこそ、次のシーンで開けたときに「おお、そう来るか!」という驚きが生まれるわけで。
ダストマン:この街の背景は、すべて加速さんが作ったんですか?
加速:はい、アセットを使わずに本当にモデリングしています。1カ月でよくここまでやったな…と自分でも信じられないですが。看板はコンセプトアートにあまりないんですが、資料をもらって似たようなものを少しずつ作っていきました。看板を全部作るのに2日くらいかかりましたね。
ダストマン:本当に濃密な1カ月を過ごされたんですね。その後、絵コンテができたタイミングで一度スランプが訪れたんですよね?
加速:モーションキャプチャが上がってきてからコンテを描いて、プリビズを作る際に進捗が悪くて。気分がなかなかあがっていかなかったんです。タイムラインに向き合っているものの全然思い付かない。それで、友人と久しぶりに話して、「結局やりたいことをやるのが一番いいよね」という結論にたどり着いたんです。
だから、一番楽しいところから手をつけて形になったものが一つあると、そこから派生してアイデアを思いつく
――今回の『New Day』でいえば、曲のサビ部分のカメラワークを最初に着手したら、その後どんどんできていったんです。だから、プリビズ自体は3日ほどで一気にやりこみました。
超リアルでなくていい。自分ならではの作風を模索していく
ダストマン:ここから本制作に入っていくんですかね。
加速:一番頭を悩ませるのがカメラワークやタイミング、いわゆる構成です。プリビズやカメラワークまでが大変でしたが、ここまで固まったら、カメラは絶対に動かさないということを固く決めていました。
そうすると何ができるかというと、見える範囲だけのオブジェクトを作るだけでよくなるんです。見えないところは作らない。それを徹底できたのはよかったです。
ダストマン:そういう意味でも最初にカメラワークをしっかり決めるというのは大事ですね。作らなくていい部分が分かるということですから。
加速:その後、建物のモデリングに着手しました。僕は自分で写真も撮るので、カメラの知識はある方なんですが、僕が最も好きな焦点距離が50ミリと135ミリ。
共にポートレート用で使われるレンズの領域ですが、CG上でもポートレートで多用されているレンズを使うと魅力的な見え方をするな、現実もCGも一緒なんだな、という気づきがありましたね。CGをやる際はカメラの知識があると活かせるかもしれません。
あとは、被写界深度を全部コントロールしています。たとえば、手前の方はボケているけど、奥の方にずっとピントが合っているといったように。被写界深度をきっちり設定することによって全体的にイラストチックな質感になります。デジタルだけど、アナログ要素を入れていくというか。
ダストマン:最近の** 3DCGの全体的な風潮として、ハイディテール、超リアリスティックみたいな方向がありますが、それに一石を投じるような作品**ですよね。
加速:そうです。言いたいことは、まさにそれなんです。最近は若い子も超リアルなCGを作っていたりしますよね。でも、このまま行くとそういうことができる人は増えていく一方だろうなと。
超リアルなCGが溢れかえっていますが、フォトリアルなものって現実にあるものが正解なので極めても差別化できなくなると思っていて。だから僕は自分なりの質感にこだわっていきたいなと思っています。
そんな中で効果的な作風を模索していった結果、最新作の『New Day』こそが自分の中で最も良くできたと思える作品です。
加速:たとえば、先ほどお話した「見えないところは作らない」の例だとこういう建物ですね。近くに寄ってみると、ただの円柱だし、突き抜けもお構いなしという感じで、ただの四角と丸で作ってあるんです。
でも引きで見るとちゃんと「それっぽく見える」という(笑)。
ダストマン:今回のムービーを見て、全然チープに見えなかったんですよね。多分シンプルとチープはまた全然別の話なんだろうなって今の話を聞いて思いました。
加速:極論そこにあるものって、それが何か分かればいいと思っていて、それ以上に作り込んでも無駄なんじゃないかと思ってます。もちろん大人数で気合入れてやる場合はいいかもしれないですが、ひとりでできる最適解はこれかなと。
それに人って「人」が好きなんです。いろんな作品を見てもらえばわかると思いますが、Twitterのアイコンとかも大体「人の顔」ですよね。映画も人と人のやりとりを描くし。基本、あらゆる作品が「人とか生命のあるもの」をテーマにしています。
何かを見るときに、人っぽいものを目で追う修正みたいなものが無意識に起こっているんだと思うんですよね。だから背景ではなく、キャラクターの構図やカメラワーク、顔やスタイルの方により力を入れる。
ダストマン:めちゃくちゃ説得力ありますね。
建物モデリング色付け中のもの
街並みモデリング
恐れず、人物は逆光に
ダストマン:本作品で加速さんのお気に入りポイントがあれば教えてください。
加速:全部好きなんですが、特に光の感じが気に入っています。
ダストマン:どこで切り取ってもいいですよね。全カット、スクショポイントがあります。今回はCinema 4Dで作ったんですか?
加速:基本はCinema 4Dで作りました。モデリングをしたものに色付けする際はSubstance Painterを使っています。
あとは、人物をかっこよく見せるための手法の一つとして、基本的にすべて逆光にしています。恐れずに人物は暗くしていいと思うんです。暗い方が逆に目が行きますし、逆光だとエモさも出ます。
ダストマン:『New Day』のbilibiliの再生回数、すごいことになっていますね。
加速:ありがたいことに、2000万再生を超えたときは嬉しかったです。自分でも作っていて本当に楽しい作品でしたから。
ダストマン:今回はいろいろと濃いエピソードを聞くことができ、楽しかったです。貴重なお話をありがとうございました!
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