BlenderとAfter EffectsによるVFXワークで“豪華絢爛”に仕上げる。Aimer『残響散歌』MVメイキング

2022.04.08 (最終更新日: 2023.06.01)

昨年12月にYouTubeで公開された、Aimer『残響散歌』MV。渋谷スクラブル交差点周辺で撮影された実写プレートに対して、巧みな3DCG・VFXワークを施すことによってリアルとファンタジーが高次元で融合した映像表現に仕上がっている。今回は、自らVFXディレクターも務めた荒船泰廣監督とVFXアーティストとして制作に参加した若戎昭彦氏に、具体的な画づくりを聞いた。

Aimer『残響散歌』MV

Producer:秋山直樹/Director:荒船泰廣(EPOCH)/Cinematographer:JUNPEI SUZUKI/Lighting Director:海道 元/Choreographer:ホナガヨウコ/Stylist:高橋毅/Hair&Make(Aimer):原田聖子/Hair&Make(Cast):小野紗友美/Colorist:伊藤創太
Production:19-juke-

予想を凌駕する画づくりの徹底

なんらかの映像制作に取り組んでいる人であれば、本作を観て 「いったい、どうやって撮ったんだ!?」 と驚いた人も多いのではないだろうか。

本MVの監督を務めた荒船泰廣氏 は、次のように語る:
ビジュアルコンセプトは『豪華絢爛』 です。全編にわたって情報量の多い画づくりを施したかったので、VFXをこれでもかと盛り込みました。

ただし、現実の渋谷の面影は残したかったので背景にCGを合成する際はできるだけ元の形状を活かすことを心がけました。ただひたすら物量をこなしていくという、"正面突破" で取り組みました(笑)。

VFXワークについて、"正面突破" という作戦を採ることができた最大の理由は、荒船監督自身もデジタルアーティストであることだ。本作では、荒船監督自身がVFXディレクターを兼務し、BlenderとAfter EffectsによるVFXワークをリードした。

紀里谷和明監督の映画『CASSHERN』(2004)が好きだと語る、荒船監督。たしかに撮影素材をベースにVFXを駆使して、きらびやかでグラフィカルな独創性あふれる世界観をつくり込むというスタイルは、『CASSHERN』に相通じるものを感じる。

荒船監督:
本作のような膨大なボリュームのVFXをMVとして成立させるには、通常の手法では実現できないと思います。だけど、『この予算感なら、これぐらいのクオリティだよね』という考え方では、面白いものはつくれません。 まずは、やってみようという姿勢が大切だと思います。『CASSHERN』の画づくりからは、そうした意気込みを感じます。

荒船泰廣/Yasuhiro Arafune
1984年生まれ、埼玉県出身。日本大学藝術学部写真学科出身。
学生時代よりフリーの映像ディレクターとして活動を始め、2012年に株式会社KEYAKI WORKSに所属する。2018年に独立し、EPOCH Inc.へ所属。VFXを用いたスケール感のある演出を得意とし、SFやホラー、格闘アクションといったサブカルチャー由来のモチーフをベースに、メジャー感のあるポップな映像として仕上げる手腕に定評がある。
”可愛いものはより可愛く、カッコいいものはよりカッコよく” がモットー。
www.epoch-inc.jp/member/arafune/

そんな荒船監督の方針に共感して、協力してくれるスタッフの存在も欠かせないと、荒船監督は続ける。

(良い意味で)自主制作のノリで 「とりあえずチャレンジしてみましょう」 と、実践してくれるというシネマトグラファーのJUNPEI SUSZUKI氏を筆頭に、荒船組のスタッフに共通するのが 「まずはやってみる」の精神だという。

荒船監督:
SUZUKIさんは現場で、即興的に思いついたアイデアでも『とにかくやってみよう』と言ってくれるので、大きな信頼をよせているカメラマンさんです。

そして、VFXワークについては若戎昭彦氏の参加が大きかったそうだ。

映像作家・写真家として活動する若戎氏だが、昨年から活動拠点を尾道に移したため、本作にはリモートワークで参加した。

若戎昭彦/Akihiko Wakaebisu
1998年生まれ、山口県出身。映像作家・写真家。
実写映像を主軸として制作。VFXやグレーディングなども意識した、表現幅のある作品づくりを目指し活動中。​​​​​​​2021年に東京から尾道へ主要拠点を移した。
akihikowebisu.com

本作は全85カットで構成されており、ほぼ全編にわたってVFXワークが施されている。

若戎氏が担当したのは、18カット。主にヒロインが走る様を捉えたサイドショットであり、荒船監督と同じくBlenderとAfter Effectsを駆使して、豪華絢爛なビジュアルを創り出した。

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荒船監督は、Blenderユーザー歴10年超

先述のとおり、本作では3DCGワークはBlenderで、コンポジットワークはAfter Effectsで行われた。

近頃、日本でもBlenderへの関心が高まっているが、荒船監督はBlender歴10年超というから驚きだ。

学生時代に3DCGにもチャレンジしたそうだが、同時は挫折してしまったという荒船監督。

しかし、映像ディレクターとして活動を続けていくなかで、自分が思い描いたビジュアルを実現させるためにBlenderを独学。こうして、VFXを駆使したスケール感のあるダイナミックな画づくりという荒船監督の作風が確立された。

本作で最初に着手したのが、タイトルバックとなった渋谷のスクランブル交差点に立つヒロインのカット。実写プレートに対して、本制作の検証を兼ねて荒船監督自らBlenderで3DCGワークを施し、指針となるポストビズ(イメージボード)を作成した。

【画づくりの指針となった、タイトルバック】

タイトルバックのブレイクダウン。
<1>スクランブル交差点の実写プレート
<2>ヒロインの実写プレート(グリーンバック撮影)

<3>魑魅魍魎(複数)の実写プレート(グリーンバック撮影)。複数回撮影したテイクを組み合わせて行列を作っていく

<4>魑魅魍魎(単数)の実写プレート(グリーンバック撮影)。リサイズして合成したい妖怪などを個別に撮影

<5>Blenderで作成したCG素材

<6>完成イメージ

▲ 本編で使用したネオン系看板は2D素材に加え、図のような3Dで作成したものも用意することでダイナミックなカメラワークを実現している

実写撮影は2日にわたって行われた。日中は、スタジオでのグリーンバック撮影。日が落ちてからは、スクランブル交差点周辺でのロケ撮影を行うというフットワークの軽さにも驚かされる。短期間で撮りきることができた勝因は、何事にもポジティブな荒船組であることに加え、荒船監督自身がVFXディレクターであることも大きいだろう。

カメラは、スタジオ撮影にREDを、ロケ撮影にソニー α7を使用(撮影フォーマットはいずれも4K、完パケは2K)。ロケ撮影にα7を選んだねらいは、優れた機動力。ヒロインが夜の渋谷を走るという設定のため、ノイズが懸念されたが、フルサイズミラーレス一眼のα7は、暗いシーンの撮影にも強く、SUZUKI氏の優れた手腕もあって驚くほど綺麗な画が撮れたそうだ。

荒船監督:
VFXも積極的に用いることが多いのですが、撮影時は現場のノリを大事にしています。キャストの方々には自由に演じていただき、エモーショナルな表情や演技をしっかりと映像に収めることを心がけています。VFXワークについては、これまで若戎くんたちと一緒にやってきた知見があるので、良い素材さえ撮ることができれば、なんとかなると思っていました。

VFXチームは、3DCGとコンポジットを荒船監督と若戎氏、そしてまろ木氏の3名で分業。マッチムーブについては、是松尚貴氏(CGSLAB)が一手に引き受け、ロトスコープと2Dエフェクトのヘルプに安原響子氏、MV後半で登場するガシャドクロのモデリングに大鳥氏の計6名という少数精鋭で完遂した。

【若戎氏の担当カット】

前半に登場する、妖怪から逃げるヒロインのサイドショットは、若戎氏がCG・VFXカットを担当した。
<1>実写プレート

<2>Blenderで作成した3D素材を配置。オブジェクトごとに明暗や色調などの細かい調整をしやすくするため、近景中景遠景といったように複数レイヤーに分けて書き出し

<3>2D素材を合成。Blenderのカメラトラックデータをインポートして、AE上でも3D空間を再現した上で配置している

<4>ネオンや提灯といった光源を再現。Blenderのレンダリング時に光源素材を個別に書き出し、AEでコンポジットする際に加算などで調整

<5>さらに細かい調整と追加した、コンポジットとしての完成形。これまではレイヤー個々に調整をしたのに対し、ここでは調整レイヤーエフェクトを複数用いて全体に色調などの調整やエフェクトを加えて仕上げられた

<6>グレーディングが施された最終結果

▲ 上掲したカットのAE作業例。「このカットは一直線に横へ流れるカメラワークで、距離関係が大きく変わる素材がなかったため、深度マップなどは用いず実写プレートを確認しながら各レイヤーのボケ感をLenscareのOut of Focusを使って個々に設定しています」(若戎氏)

実写かCGかわからない画づくりを追求

和的なファンタジックな画づくりを行う上では全面的に3DCGが用いられているが、渋谷の面影を残すために、3DCGアセットは実景を活かしたデザインが施された。

ハイディテールなアセットには、Megascansを利用。ゼネラリストの強みを活かし、レイアウトと作り込みを同時並行で行なったそうだ。

▲ 若戎氏担当カットの3DCGワークの例。「実写の渋谷の街並みを最大限に活かしつつ、和の要素を添えていくという方針の下、3Dオブジェクトのレイアウトも自身で行いました。カメラビューでは下絵のほかに、事前に機械学習サービスRunwayで簡易的なマスク生成をしたものもインポートして、前後関係やサイズ感など確認しつつレイアウトを作成していきました」(若戎氏)

楽曲のパートごとにマスターショットを荒船監督がつくり、それを指針に若戎氏とまろ木氏がその他のカットを手がけていった。

画づくりとしては、CGをリアルに寄せるだけではなく、実写素材をあえてCGに寄せたりもしながら、両者の境を曖昧にすることが心がけられた。「実写かCGか、わからないビジュアルが面白いんです」(荒船監督)。

1サビ目のヒロインが西武渋谷店前の道を走る後ろ姿に、カメラがダイナミックに近づいていくカット。インパクト大のカットだが、このダイナミックなカメラワークはBlenderによるカメラマップで創り出したものだ。

Blenderに実写プレートを読み込み、ロケ地に合わせた3D形状をシーンに配置。そこへ、実写プレートのカメラワークを拡張(移動距離やスケールなど)させる要領でCGのカメラワークを作成し、自然な見た目になるようにカメラマップと、さらに実写プレートに不足している背景をCGで補うことで、荒船監督がこだわった “実写かCGかわからないビジュアル”が誕生した。

【Blenderによるカメラマップで実写とCGを一体化】

1サビ目に登場する本カットは、カメラマップを巧みに用いることでダイナミックなカメラワークが創り出された。
<STEP 1>実写プレートをリファレンスにモデリングした、西武渋谷店周辺のエンバイロンメント
<STEP 2>実写プレートを3D空間に配置し、Blender上でカメラワークを追加していく
<STEP 3>Blenderで作成したカメラワーク
<STEP 4>実写プレートをを利用したカメラマップ素材。CGで作成した背景に実写素材を組み合わせることで、リアリティを高めている
<STEP 5>CGとカメラマップを合わせた状態。両者が見事に一体化している

以降は、ブレイクダウン。
<A>実写プレート
<B>カメラマップ素材
<C>3DCG背景素材
<D>スモークや桜吹雪などのエフェクト素材
<E><A>〜<D>を素組みした状態
<F>グレーディングが施された最終形

Cycles Xのレンダリングスピードが道を切り拓いた

制作時は、Blender 3.0がリリースされた直後だったので、さっそく導入。レンダラは主にCycles Xを使い、表現に応じてEeveeも部分的に用いられた。

荒船監督:
3.0で実装されたCycles Xは、クオリティだけでなく高速化もされたので、とても助けられました。ほかにも、After Effectsによるコンポジット作業では、バックグラウンドレンダリング機能を利用し、作業の手をゆるめないようにするなど、やみくもに手を動かすのではなく、なるべく効率的に作業を進めるようにしました。

【豪華絢爛の象徴、花火エフェクト

<STEP 1>AEで作成した花火の素材 実写プレートをベースにAEで加工している
<STEP 2>花火素材をBlenderに読み込みレイアウト。リフレクションをリアルタイムで確認しながら画づくりを進めていく

<STEP 3>さらに実写プレートを配置して、Blenderでカメラワークを詰めていく

以降は、ブレイクダウン。

<A>実写プレート

<B>3DCG素材
<C>花火素材

<D>スモーク素材

<E><A>〜<D>を合成し、一連のコンポジットワークとカラーグレーディングが施された最終形

コンポジット作業が完了すると、Davinci Resloveでカラーグレーディングが行われた。ビジュアルコンセプトは豪華絢爛だが、単純に彩度を上げてしまっては階調が潰れてチープになってしまう。カラーグレーディングでは、暗いところはしっかりと落とすなど、全体としては派手だけど上品さも感じるルックが追求された。

色情報への配慮は、データフローも同様だ。撮影はS-Logで行われた一方、3DCG作業はRec.709のカラースペースで行われた。そこでカラースペースが異なる素材を混在させてコンポジット作業を行うために、OCIO(OpenColorIO)が利用された。AE用OCIOプラグインを使ってコンポジット作業を行い、カラーグレーディング工程に書き出す際は、S-Log形式に戻された。

最後に両氏に今後の展望を聞いた。

若戎氏:
もともと和の要素が好きなので、この作品が大好きです。尾道に活動拠点を移してすぐというタイミングで参加することになりましたが、もしかしたら尾道の空気を画に込めることができたかもしれません。ひき続き尾道で写真や映像制作に挑戦していきます。

荒船監督:
ここまでふりきれるプロジェクトはあまりないですよね。(ビジュアルの)全てをまかせていただけたのが、ありがたかったです。機会があれば、本作のような世界観でアクションものにもチャレンジしたいです。

INTERVIEW_沼倉有人 / Arihito Numakura(Vook編集部)
TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎぞうデザイン

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