「“泣ける映画”という宣伝文句は使わないと、オーダーした。」クリエイター視点で探る、映画『余命10年』ができるまで。藤井道人監督インタビュー

2022.04.22 (最終更新日: 2022.06.27)

2022年3月4日(金)、藤井道人監督の新作『余命10年』が公開された。前作『新聞記者』(2019)は、第43回日本アカデミー賞にて最優秀作品賞をはじめ6部門受賞する快挙を成し遂げた。続く本作は、公開から2週間の週末動員ランキングは連続実写映画No.1、興行収入は25億円を突破している。現在の日本映画界をリードする藤井道人氏に、『余命10年』を監督する上で心がけたことを聞いた。


藤井道人/Michihito Fujii
映画監督。日本大学芸術学部映画学科卒業。2010年に映像集団 「BABEL LABEL」 を設立。伊坂幸太郎原作『オー!ファーザー』(2014)でデビュー。その後も『青の帰り道』(2018)、『デイアンドナイト』(2019)など精力的に作品を発表。2019年に公開された『新聞記者』は、日本アカデミー賞で最優秀賞3部門含む、6部門受賞をはじめ、映画賞を多数受賞。
babel-pro.com/member/fujii/

5年ぶり、メジャースタジオ作品へ再び挑戦

──目覚ましいご活躍をされている藤井道人監督ですが、ワーナー・ブラザースというメジャースタジオ製作で、難病モノという、これまでも名作が作られてきたジャンルへの挑戦をどのように受け止められましたか?

実は僕の商業映画デビュー作がワーナーなんです(※『オー!ファーザー』、2014年公開。原作:伊坂幸太郎)。ただ、このときの興業成績は芳しくありませんでした。『余命10年』の企画をいただいたのが2019年でしたが、このチャンスでリベンジしたいという気持ちからお受けしました。ですが、プロジェクトがスタートした当初から順調というわけにはいきませんでした。


▲ 映画『余命10年』本予告

僕はインディーズ映画を作ってきた人間なので、メジャーの仕組みにも戸惑いがありました。例えば脚本会議をとっても、なんと10名ほどいるんです! 大所帯だし、「映画のフォーマット」とか「客層ターゲット」というマーケティング的要素が映画作りの大きな部分を占める、そういうやり方に順応できなかった。この中から何が生まれるのか確信が持てなくて、半年間くらいマネージャーに弱音を吐いていた時期もあったんです。

──そこからどのように気持ちが切り替わったのですか?

そうした状況が決定的に変わったのが、小坂さんのご家族(※原作者・小坂流加さんのご遺族)にお会いしたときでした。ご自宅へお招きいただきみなさんの想いを伺い、御前に手を合わせたときに気づいたんです。この小説を映画化することは、流加さんが生きた証を描くことなんだって。 そこには彼女を支える家族が確かにいたことを取りこぼしちゃいけないんだって。原作小説を忠実に実写映画化することよりも、この映画を観た人が、原作の『余命10年』に返ってこれる輪廻(サーキュレーション)を生むような映画を作ろうとスイッチが入りました。

INTRODUCTION
© 2022映画「余命10年」製作委員会
▲ 切なすぎる小説としてSNS等で反響を呼び、ベストセラーを記録する小坂流加の同名原作小説を、藤井道人監督が映画化。二十歳で難病を発症し、余命10年となった茉莉に小松菜奈。茉莉と恋に落ち、その運命を大きく変える和人を演じたのは坂口健太郎。初共演となる実力派の二人が、小説の文庫化を待たずして亡くなった著者の想いを引き継ぎ、「10年」の物語を全身全霊で演じる。実写映画の劇伴を手がけるのは初となるRADWIMPSが、主題歌「うるうびと」も書き下ろし、10年にわたる二人の物語に音で寄り添った

──この映画における監督の責任や使命を感じられた?

それに尽きると思います。自分は多作な人間にみられがちですが、ただ何でもかんでも作っているわけじゃない。毎回遺作になってもいい覚悟と責任感で向き合っています。『余命10年』も、そのうちの一本にする思いで取り組みました。

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原作から脚本へのジャンプ。様々な愛に溢れたヒューマンドラマ

──原作小説から脚本に仕上げていく段階で、監督はどのようなアプローチをとりましたか?

原作と異なる部分はたくさんありますが、自分はPAH(肺高血圧症)という難病を抱えた人間ではないし、その人の気持ちになろうっていうのはおこがましい。でも小坂さん家族との対話から高林茉莉(小松菜奈)に寄り添うひとりにはなれるなって思ったんです。真部和人(坂口健太郎)や富田タケル(山田裕貴)に自分の目線を投影し、自分の横にもし茉莉という存在がいたらどうだろうと考えていきました。茉莉がどのように生きたかのかは、小松さんには大変荷が重いですけど憑依していただいて、小松さんの演じる茉莉にみんなで寄り添う作り方をしています。

──茉莉と和人の恋愛を軸にしつつ、取り囲む登場人物らがとても丁寧に描かれているのが印象的でした。

僕はヒューマンドラマを撮ったつもりです。これは家族の話であり、友情の話であり、恋愛の話でもあり、ひとりの女性が闘う内面を描いた話でもある。泣ける難病モノ映画というカテゴリーでくくられたくないという思いはありました。ですから、宣伝部には「宣伝文句に“泣ける”と書かないでください」というお願いもしました。 泣かすためにこの映画を作っているわけじゃないし、泣けるかどうかは観客が判断することです。これまで難病モノの映画ってたくさん作られてきましたが、この映画で僕たちが目指すのは、ひとりの女性が生きた証を撮ることです。

細やかな演出で描く生と死


▲ 撮影カメラは、ALEXA Miniを使用。藤井監督は、映画は1カメで撮るスタイルを採用。一方ドラマでは2カメを使って撮影するのが基本スタイルとのこと(画像出典:ダイコー株式会社

──春夏秋冬をまたぐ、長期に渡る撮影を選択をされていますね。

巡る季節と茉莉の人生が重なり合っていくことに意味がありました。今の時代、CGでやればいいじゃないって言われる方もいらっしゃるかもしれませんが、冬の白い息だったり流れる汗、そういうものを丁寧に撮ってみたいと言う思いがありました。

──そういったひとつひとつが命の証としてこの映画に映っているのだと感じました。

この判断が成功だったのか失敗だったのかは、やることによって初めて言えると思ったんですね。総制作費は決まっています。仮に合計60日間を撮影に使えるとしたときに、春夏秋冬の4回に撮影を分ければ費用は割増で掛かってくるため撮影日数は目減りします。だから1日に撮影する量は低予算映画と変わらない位、朝から夕方までがんばらなきゃいけないことになります。どうするのがこの作品にとって良いのか考えたときに、自分たちは1年間をかけて撮るという選択をしたわけです。

© 2022映画「余命10年」製作委員会

撮影を分けたことによって、準備は余裕を持ってできるメリットがありました。季節ごとにロケハンをして丁寧な仕事ができます。コロナ禍中での撮影だったので、東京近郊では病院でのロケができなかったり、費用対効果は決して良い方ではないかもしれませんが、相対的にしっかり準備ができるのはとても幸せなことでしたね。ですから脚本も3回書き直しました。季節ごとに撮った画に合わせて調整をしたり、個々の設定を変えたらどうなるだろうとか撮影の間に推敲を重ねています。

──撮影をしながら台本も変更していったのでしょうか?

決定稿と言われる台本が3稿あります(笑)。「焼き鳥 げん」で、梶原 玄(リリー・フランキー)さんの言うセリフは当日まで悩んでいました。既存の台本では「和人、目を閉じてみな。お前が朝起きたときに、どんな人がいるんだ」、そんなポエムっぽいセリフでした。でもこれじゃないよなぁってずっと悩んで悩んで、当日まで悩みきる、そんな心の余裕がありました。

──季節ごとの撮影では10年分の時間を撮るわけですが、その辺の苦労はありませんでしたか?

それは大前提としてある上でクランクインをしているので、スタッフの皆さんが素晴らしい仕事をしてくれました。ヘアメイクの橋本申二さんは、メイクを10段階、髪の長さも10段階に分け10年分作ってくるのですが、その髪の長さというのが命への執着を象徴的に表しているんです。茉莉が生きたいと思えば思うほど髪は長く、死ぬ準備に向けて気持ちを切り替えた時にはバサッと短くなる、そんな細かな演出をしています。

──魂はディテールに宿る、ではないですが、映画の随所に「生と死」を感じさせる演出を感じました。

僕たちはフィクションという、嘘をつく商売をしていますが、スタッフによる細かな工夫だらけです。その大元になるのが脚本です。脚本はスタッフとキャストへのラブレター。そこから各部署が手法を考え、編み出していってくれます。 茉莉の持つビデオカメラのインディケータは、全てCGで描いていて、バッテリー残量は彼女の寿命を表し、再生時間は彼女が生きた時間に重なるようになっています。フィルムグレインも彼女の感情に合わせてグレインの量を調整していて、夢のシーンではまったくグレインのない、ノイジーさがいっさいない世界として描いています。病院の窓越しに見える桜ですが、美術部は本物を準備してくれました。僕もびっくりしました。さすがにここはCGかなって覚悟をしていた場所だったので。そうやって各部がこの10年をどう表現すべきかを考える、それが僕のチームの強みです。


  

──控え目なセリフと画の総合力で、感情を最大限に伝えられていることに感動を覚えました。中でも印象的なのが茉莉と和人が恋に落ちた瞬間の描写だったと思います。

脚本の段階から、茉莉が和人を好きになった瞬間を恋愛映画として描いてくださいとリクエストをされていました。僕が好きな映画は、壁をドカンとされて「好きかも」みたいなものじゃないというか……運命論って、あると思っていて。中高生のときって、夢に出てきた人のことを突然好きになったりしません? 人間って言葉に説明できない感情がありますよね。一生で一度しかないような景色を共有した2人が、それをきっかけに惹かれ合っていくという恋愛を描く手法があってもいいんじゃないかと。

© 2022映画「余命10年」製作委員会

脚本の段階でもっと説明しないと伝わらないんじゃないかって、製作側からは指摘を受けました。でも言葉で説明することが、映画の全てではない。映画って総合的なものなので、桜が舞う瞬間だけで伝わることだってある。『余命10年』のような作品はナレーションを入れたほうがわかりやすいと言われています。でも自分は映画作りの中でナレーションに極力頼りたくないという思いがあります。そういうせめぎ合いがあって、観た人がどう感じてくれるのかドキドキしながら公開を迎えたところはあります。

──観た人の心にしっかりと響いたと思います。

僕の中でチャレンジのひとつとして、地方に住んでいる年間1本も映画を見ないけどTikTokは見ていて、毎日部活で汗を流し青春をしている若い子たちに、この映画を届けることがありました。これまで僕の映画というのはシティー寄りで、映画好きの人たちが評論してくれる作品が多かったと思うんです。メジャースタジオの作品をつくることは、全国350館でかかるということで、その意義を考えると、若い世代の子たちがこの映画を観たときに何かが心に残るようなものを作りたい。僕が学生時代に『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年。監督:行定 勲、脚本:坂本裕二・伊藤ちひろ・行定 勲)や『ピンポン』(2002年。監督:曽利文彦、脚本:宮藤官九郎)に衝撃を受けたように。監督という職業をやっていく上でも、本気の娯楽を届けたらどうなるんだろうっていうことを30代で経験しておくべきだと思った。メジャーのチャンスをいただいたのであれば、それに乗っかるんじゃなくて創り出すべきだと思うんです。ワーナーさんは藤井がそう言うのであればやらせてみようって言ってくれて、とても恵まれた環境で映画制作に取り組めたと思っています。公開して、10代の子たちがすごく感動してくれてるって言うのを聞いて、世代を問わず、人間が持つ”感じる力”を信じてよかったと思います。

──「後編」へ続く。後編では、藤井監督の原動力や映画業界への想いを語ってもらった。

VGT2022にて、藤井道人監督の講演が決定!

日本最大級の映像クリエイター向けイベント『VIDEOGRAPHERS TOKYO(VGT:ビデオグラファーズ・トーキョー)』が、2022年6月10日(金)、11(土)の2日間にわたり、渋谷ヒカリエで開催。

6月10日(金)16時20分から、藤井道人監督による講演も行われるので、ぜひチェックしてみてください!

「映画監督、藤井道人」
日時:6月10日(金)17:50〜19:10 @RED STAGE
登壇者:藤井道人(映画監督・脚本家)、河尻亨一(編集者、銀河ライター主宰)
講演の概要

「VIDEOGRAPHERS TOKYO 2022」 では、2日間にわたって約50もの講演が催されます。

アンケートに回答いただくと無料で入場できるので、まずは特設サイトをチェックしてみてください!

INTERVIEW・TEXT_山本加奈 / Kana Yamamoto
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakrua(Vook編集部)
PHOTO_菅井泰樹 / Taiki Sugai(Vook編集部)

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