短編フル3DCGアニメーション作品『ミルキー☆ハイウェイ』は、専門学校卒業制作でありながらYoutubeで2022年2月の公開以来、170万以上の再生回数(2022年4月中旬現在)を誇る作品だ。
作品公開後は登場するキャラクターのファンアートが多数作成されるなど、個人の自主制作作品としては異例の人気を誇っている。今回は、本作の作者である亀山陽平氏に『ミルキー☆ハイウェイ』が生まれる制作の過程について話を聞いた。
Profile
亀山陽平/Yohei Kameyama
短編フル3DCGアニメーション作品『ミルキー☆ハイウェイ』の企画からアニメーション制作までを1人で行う。バンタンゲームアカデミーを2022年3月に卒業、4月から都内の某CGプロダクションに入社。バンタンに入学する前は、アメリカの州立大学に入学し専門的にアニメーションを勉強していた経歴を持つ。
手描きのアニメーションがもたらした、生きて見るように感動
ーー『ミルキー☆ハイウェイ』を語る前に、そもそも亀山氏がアニメーション制作に興味を持ったきっかけはどのようなことだったのだろうか。
亀山:
おそらく中学生の時に観たディズニー映画『アトランティス/失われた帝国』(2001)が僕の中の原点だと思います。
DVDの特典映像に作品のメイキングが収録されていて、主人公が重要なセリフを喋るシーンを鉛筆の線画から完成まで紹介されていたのです。その線で描かれたものが、リアリティを持って表現されている過程を目の当たりにして感動したのを覚えています。
線で描かれているだけなのに、生きているように見える。 本当に凄い技術なんだと思いました。その記憶が自分の中に強く残り続けているのです。
ーー亀山氏は通ったバンタンゲームアカデミーでは、3ds Maxを中心に3DCGを学んでいたという。留学時代に1学期間Mayaで3DCG制作を経験していた亀山氏は、特に迷うこと無く3ds Maxも習得することができた。
ただ卒業制作を制作するにあたって3ds Maxではレンダリングに時間がかかるということでBlenderを使って制作が進められている。 実際学校の授業時間だけではツール習得や作品制作の時間が限られてしまうのが現実だと思うが亀山氏はどのように対応していたのだろうか。
亀山:
就学中は親からの経済的援助のおかげで、無理にバイトなどをする必要が無かったため、授業のない時間は家で毎日ツールを触っているという生活をしていました。3ds Maxなどのツールの使い方は授業の他に、チュートリアル書籍やチュートリアルサイトを参考にして勉強しました。Blenderはチュートリアルサイトがなかったら覚えられなかったと思います。
ポートフォリオのイラストから卒業制作へ
ーーでは、本題の『ミルキー☆ハイウェイ』の制作エピソードに移りたい。
大抵の学生は卒業制作というと、就職活動と並行で進められることが多いと思うが亀山氏の場合は、5月の早い段階で内定が出ていた。そのため5月から翌年2月の完成までの期間を卒業制作に充てることができたという。
本作を制作する際にベースとなったイメージは就活時に作成したポートフォリオの最後に掲載した1枚のイラストが原点になっている。
ポートフォリオの最後に掲載した1枚のイラスト
▲異星人の女性警官のバディがエアカー的なパトカーに乗っているというイラスト。イラストを描いた当初は「こんなテイストの映像を作れたらいいな」くらいの動機で描いた作品だというが、キチンとフル3DCGで作成したら、3DCGだけど日本っぽい感じで作れるのではないかと思い映像化することにしたという
亀山:
ドライブミュージックに合わせて主人公たちが唄ったり、おしゃべりをしたりという本作のスタイルを作ったきっかけは、同じ学校のサウンド科の学生との出会いが大きいです。そもそも絵と音が融合するような作品を作りたいと思っていたので、サウンド科と密にコミュニケーションを取ろうと思い、制作を始めた5月の早い段階でサウンド科の人たちと連絡をとってやりとりをしていきました。
1年次の最後に『リトル・バンデット』という作品を作成したのですが、学内で好評になりサウンド科の人たちの目にも留まっていたようで、サウンド科の人たちものって制作に参加してくれました。
亀山:
自分が言い出しっぺなので自分から積極的にコミュニケーションを取っていかないとどうにもならないなと思いながら進めてましたね。他人とのコミュニケーションの取り方は、留学した経験が非常に役に立ちました。
サウンド科とのコラボレーション作業
ーー制作を開始するにあたって、まずビデオコンテを作成してサウンド科の人たちにプレゼンしながら楽曲制作の打ち合わせをしていったというが、どのような手順で打ち合わせをしていったのだろうか。
亀山:
制作してもらった曲も最初は格好いい感じの曲だったのですが、もう少し可愛い感じが欲しいとか、可愛くなったけど盛り上がりにかけるとか、コミュニケーションを取りながらいくつものバージョンを制作してもらいました。
およそ4バージョンぐらい作ってもらったと思います。作品のコンテもサウンド科から上がってくる曲の雰囲気に合わせて内容を変えていきました。サウンド科の人たちには制作する映像の内容をなるべく具体的に伝えたいということで、ビデオコンテを制作することにしました。
カットの尺やカメラワークなど手描きのカットを繋ぎながらビデオコンテを制作し、ビデオコンテも上がってくる楽曲に合わせて、カットの間や構成を修正しながら詰めていきました。
亀山:
ビデオコンテ段階では、警察のロボットとかはパトカーに乗っている設定だったのですが、主人公たちとデザインが被っているということや、もう少し現実離れしているデザインの方が世界観的に説得力があるのではと考え始めました。また作業のコストパフォーマンスを考えて最終的に設定やデザインを変更しています。工数がかかる設定やデザインが必ずしもベストであるとは限らないと思ったのです。
ーー最終的に楽曲が完成したのが9月ぐらい。その後、学内で声優のオーディションをおこない、台詞を映像制作前に収録するプレスコを行なっている。
亀山:
最初、その場のノリでアドリブで台詞を喋ってもらったほうがいいのではと軽く考えていたのですが、中々上手くいきませんでした。やはり自分で台詞をキチンと作ってニュアンスを伝えないとダメだということで、少しプレスコに時間がかかってしまいました。
プレスコをやって良かったのは、キャラクターの演技を声優さんの雰囲気に合わせて付けられたことですね。 自分がデザインしていた主人公ふたりはどちらもギャルっぽい感じのキャラクターだったのですが、声優さんの声を聞いて、声優さんのボイスの感じにキャラクターを寄せていったほうが、ふたりの差別化ができるのではと気づきました。
日本でも受け入れらるフル3DCGアニメーションを作りたい
では実際のアニメーション制作について触れていこう。本作の3DCGアニメーションは、Blenderを使って作成されている。キャラクターや背景のモデリングもBlenderで行なっており、キャラクターのリグについてはBlenderに搭載されているRigifyを使ってセットアップしている。
Rigifyの1ショット
▲Rigifyの使用に慣れるのには多少時間がかかったが、とても使いやすいリグだということがわかったと、亀山氏は説明する。PoseメニューのIn-Betweens内にある機能は効率よくアニメーションを作る上でとても役立ち、タイムライン上のキーフレームを色分けできる機能も、頭を整理しながら作業するためにとても便利だったという
ーーまた背景もGeometory Nodesを活用することで効率化を図った。レンダリングはEeveeを使用してレンダリングされている。ビュー上ですぐにレンダリング結果を確認することができる環境はルックを決める作業でも大いに役立ったという。
本作は個人制作であり時間の制約もあることから随所に制作のコストを下げるための工夫が考えられている。ただ、制作コストを下げるといってもクオリティラインは全体に下げないというプロの現場でも中々むずかしいマネージメントを学生レベルで徹底されているのは、非常に目を見張るものがあるのではないだろうか。
走行シーンの合成画面
▲キャラクター、車、道路などほとんどの要素はEeveeでレンダリング。爆発や火花などの特殊な要素はCycles Xで書き出し、コンポジションの段階で合成している
ーー本作でまず目に付くのは、オープニングのシーンだ。70年代アメリカのSF映画のポスターのようなカラフルではあるが全体的に彩度が低いルックは、この作品の世界観をワンショットでよく表現している。
亀山:
最初はこのシーンを入れる予定はなかったのですが、実際に存在しない世界が舞台となると、どういう空間でこの物語が展開されているのか伝わりづらいということを作っている中で気づきました。
手間がとてもかかったのですが、このようなエスタブリッシング・ショット(状況説明のショット)を作ることにしました。制作にあたりルックの参考になるような60年から70年代の映像スタイルの資料を集めて参考にしながら制作していきました。
エスタブリッシング・ショット(状況説明のショット)
▲上:実際に完成したシーンの一部。下:制作過程のイメージ
ーーまた、多くのファンアートが生み出されたキャラクターデザインも注目ポイントのひとつだ。亀山氏はオリジナルの作風に拘りを見せつつも、時代のトレンドも考えつつ物作りもできるという非常にプロデューサー的な視点も持ち合わせているといえる。本作のキャラクターデザインについて聞いてみた。
亀山:
自分はフル3DCGの作品が好きなので、もっと日本でもフル3DCGの作品がメジャーになって欲しいと思っています。3DCGの作品だとどうしてもホームユース的な上品な雰囲気の作品が多いことが、日本で拡がらない理由ではないでしょうか。
もう少し不真面目でポップな感じの世界観で制作していけば日本でも幅広い層に拡がるのではという考えから、今回はあえて日本的なポップなギャルっぽい雰囲気のキャラクターにしました。そして、結果的に多くの方から好評価をいただくことができました。この考えはあながち間違いでは無かったと思っています。また、国によってキャラクターの口の形状などについてさまざまな意見ももらいました。国内の反応とはまた違ったコメントをもらえたので非常に勉強になりましたね。
▲「チハルの表情のアニメーションは他の身体のアニメーションと大差がないが、マキナのディスプレイでできた顔にはかなり特殊なワークフローを採用しなければならなかった」と亀山氏は説明する。
顔のパーツが平面的に並べられたBlenderファイルで表情アニメーションをつくり、workbenchでレンダリングしたものをAfter Effectsで加工。そして書き出した動画をテクスチャとして顔面に割り当てている。身体の演技とタイミングなどを合わせなくてはならないので、エフェクトを加える前に一度顔面に割り当て、全体のアニメーションを確認する作業も必要になったという
目指すところはステレオタイプから脱却した作品
ーーディズニーアニメがアニメーション制作の道へ進むきっかけとなったという亀山氏だが、作品を観ていると、随所に日本のアニメ的なギャグ表現なども見受けられ、非常に幅広いコンテンツを吸収しているのがわかる。
亀山:
ディズニーなどの作品も好きなのですが、全てをハリウッド的にしてしまうのは良くないなと思っています。 米国の3DCG作品には素晴らしいものがたくさんありますが、表現としてフォーマット化され過ぎちゃっているのではと思っています。演技に関しても「それはちょっとオーバー過ぎない?」という演出も見受けられます。
本作が評価を得られたのは、少し欧米流の表現スタイルに飽きてきている人たちに刺さったからだと思います。ハリウッド的な表現はそれはそれで素晴らしいと思いますが、日本では日本的なCGアニメーションの表現ができたらいいなと思っています。今後、ステレオタイプから脱却した作品を作っていきたいですね。
ーー最後に本作の反響への感想と今後を聞いた。
亀山:
発表から多くの人に反響をいただいたのですが、自分が伝えたいと思ったことが多くの人に伝わったのがとても嬉しいです。特に人に伝わるレベルの作品を作ることができたのが嬉しいですね。
独立して監督として作品を作ってみてはという意見も頂いたりしているのですが、ひとりで制作するより、複数人と協働で作品を制作した方が独りよがりにならず気づきが多いことも今回学びました。
自分はまだまだ全然足りていないと思うので、就職先ではチームで仕事をする感覚を学んでいきたいです。その上で機会があればつくりたい話はいっぱいあるので今後も自主制作に取り組んでいきたいと思います。次はポップな時代劇をぜひやってみたいです。
INTERVIEW_沼倉有人 / Arihito Numakura(Vook編集部)
TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)/Hirokazu Okawara(Bit Pranks)
EDIT&PHOTO_菅井泰樹/Taiki Sugai(Vook編集部)
Vook編集部@Vook_editor
「映像クリエイターを無敵にする。」をビジョンとするVookの公式アカウント。映像制作のナレッジやTips、さまざまなクリエイターへのインタビューなどを発信しています。
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