映画『余命10年』藤井監督道人インタビュー|“自分が特別じゃない”ことを知っている人間は、強い。

2022.04.25 (最終更新日: 2022.09.14)

前編では、興収25億円突破というヒットを成し遂げた映画『余命10年』のメイキングをインタビュー。続く後編では、観る者の心に届く映画を生み出す演出家としての藤井道人さんにフォーカスする。クリエイターとしてのモチベーションや藤井監督の目に映る日本映画業界の今とは?

▲ 映画『余命10年』主題歌『うるうびと』Music Video

映画は「総合芸術」。仲間と一丸になって高みを目指す

──『余命10年』ではW主演の小松菜奈さん、坂口健太郎さんをはじめ俳優のみなさんの演技に惹き込まれました。現場で役者さんとはどのようなコミュニケーションを取り、空気を作り、演技を引き出すのでしょう?

否定をしないことです。脚本で行き先を示しているので、それに対してみなさん考えて準備をしてきてくれているわけです。時には技術的に足りる足りないっていうのがあるかもしれませんが、だからといって一概に否定はしない。「そういう考え方があるんだ、じゃあやってみましょう」と、まずは試します。それでどう感じたのか聞いてみる。違和感があれば本人も感じるところがあるわけです。その中から良かったところを残しながら、僕のやりたいやり方でもやってみてもらう。そんな風にコミニケーションをとっています。


藤井道人/Michihito Fujii
映画監督。日本大学芸術学部映画学科卒業。2010年に映像集団 「BABEL LABEL」 を設立。伊坂幸太郎原作『オー!ファーザー』(2014)でデビュー。その後も『青の帰り道』(2018)、『デイアンドナイト』(2019)など精力的に作品を発表。2019年に公開された『新聞記者』は、日本アカデミー賞で最優秀賞3部門含む、6部門受賞をはじめ、映画賞を多数受賞。
babel-pro.com/member/fujii/

──リハやテイク数において、自分のルールはありますか?

僕はテストをほとんどしません。ライティングやカメラアングルを調整する「段取り」を合わせたら、本番を撮っていくスタイルです。テイク数は多い方ですが、監督が粘って何十テイクって言う美談はあんまり好きじゃなくて。みんなで良くしていくためテイクを重ねるというか。遊びやゲームでもっと良い技出せそうなときって、「もう1回やろうよ」ってなりますよね? 感覚としてはそれです。 役者を追い込んでなんぼっていうのはマジでナンセンスだと思っています。そもそも僕たちがそのキャスト陣を選んだ責任もありますし。役者と共闘して作りたいと思っています。それによって僕の中にあるゴールを飛び越えてくるかもしれません。現場ではそういうものを逃さないように意識しています。

──監督のその人間力がどのように磨かれたのか気になります。

20代の頃は売れてなかったし、すごく結果が欲しくて、いつも現場ではカリカリしていましたよ。ヒステリックに「ちがう。何やってんだよそれ!」って感じでしたね(苦笑)。今ではそういうのが減ったのも、インディーズ時代からずっと同じメンバーで映画を作っているからなんだと思うんです(※1)。映画は、総合芸術です。 各部署に相談できる仲間がいて、みんな意識がすごく高い。助監督に「これ伝わるかなぁ?」って聞いたら「もっと削いでもいいんじゃないですか」といった答えが返ってくる。カメラマンの今村(圭佑氏)からは「だったらこういう距離感で撮れば、言葉が生きるんじゃないですか」と提案がくる。ライティングも音響も演出案に対してみんなが知恵を出し合って企んでくれる。僕らはリアリティーのある空間を作るというよりは、どう没入させるかを考えるようにしています。自分ひとりが全てに確信を持ってやっている組ではないんです。

※1: 藤井監督が所属するBABEL LABELは、日芸の自主映画サークルの仲間と起ち上げた映像制作会社である。また、『余命10年』の撮影監督を務めた今村圭佑氏も同サークルで藤井監督と自主映画を作ってきた

© 2022映画「余命10年」製作委員会
▲ 茉莉(小松菜奈)が日々を切り取るハンディカムは、命のバトンとして映画の中では象徴的に扱われる。原作の小坂流加さんから渡されたバトンは、劇中で茉莉から和人へと引き継がれていく

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藤井道人監督の原動力。「“自分が特別じゃない”ことを知っている人間は強い。」

──これまでの監督人生にとって大きな出来事を教えて下さい。

和人(坂口健太郎)じゃないですけど、若い時は死にたいという感情と常に隣り合わせでした。言葉通りの死とはちがうかもしれませんが、自分だけ社会に取り残されているんじゃないかとか、誰にも気がつかれてないとか、自分の未来から「監督向いてないよ」って言われてるんじゃないかとか、そういう内面的な苦しみを感じていました。そして、11年前に東日本大震災が起こった。生きることってなんだろうって考え直す大きな出来事でした。映画を作っていてもいいんだろうかとも考えました。でも、やるしかないって心が決まってからは無茶をしてきた10年だったと思います。僕の監督としての寿命はいつ尽きるかわからない、冗談抜きでそう思ってます。でも、こうやって求められているうちはしっかりと結果を出していきたいですよね。

© 2022映画「余命10年」製作委員会

──年間数本という異例のペースで映画制作をされていますが、その原動力は何でしょう?

やっぱり、求められるうちが華。自分の実力は自分が一番わかっていて、自分はめっちゃ努力家な凡才です。35年も自分と向き合ってきたらわかるじゃないですか。でも、自分が特別じゃないことを知っている人間は強いんです、努力できるから。 僕よりも努力をしている人はいないなと自負している。その努力がスクリーンに映るかどうかの勝負だと思っています。 今は自分を信じてついてきているチームがあるので、みんなを世界や、いろんなところに連れて行ってあげたいなあ、という思いも強くあります。

──任侠ものから社会派、そして恋愛映画まで様々なジャンルを手がけていますが、その中でも一気通貫する作家性、作風をどう捉えていますか?

ないですね。どの藤井が好きかは観客が決めることだと思っているんです。そもそも自分が好きな映画だって、ライフステージごとに変わるじゃないですか。結婚する前と後だったり、震災前後など。変わるのが映画の良さだと思っていて。「社会派」とか、ジャンルで括られるのが嫌なんです。そうやってカテゴライズされ居場所を作られると、そこに安住してしまいそうになる。僕はそれに恐怖心を抱くんです、発明をしなくなるんじゃないかって。 その家を出て次の目的地を探したくなる。でもそうやって進んでいるうちにいつか自分の中で、これかもっていうのが見つかるものだと思うんですね。

令和に「夢の工場」を復興することが目標。

──では、脚本や仕事を受ける基準はどう定めているのでしょう?

運と縁と恩。 「運」 は、もしかすると他の誰かがやるべきだったり、みんながやりたい映画だったりする中で、スケジュールの都合や何かの運で自分にまわってきた作品というのがあります。「縁」 は、インディーズ時代から培ってきた縁や、本作でいうと小坂さんのご家族との出会い。「恩」 は、自分を育ててくれた方々への感謝の気持ちです。正直「わ〜、またハードルの高い作品だな」思う企画でも「やります」と言う(笑)。そこをすっ飛ばして監督になったわけじゃないから、応えたいって気持ちがあるんですよね。

──「巨人の肩の上に立つ」と言われますが、監督にとっての巨人は? そして後に続く世代に何を伝えたいとお考えですか?

僕の中ですごく大事にしている言葉があります。黒澤 明さんの言葉で、その昔、映画業界は「夢の工場」って言われていたそうです。「みんなが努力して、ひたすら良いものを作っていた。そこには良い人材が入ってきていた」というのを読んで、今そうなってないなって思うわけですよ。そうしたいですよね。映画人になったら経済的にも充実して、幸せな人生を送れるんだよってなれば、良い人材が入ってくると思うんです。 ハラスメントやブラックな労働環境がなく、心理的な安全性も確保されていて、のびのびと自分の才能を発揮できる「夢の工場」を、令和に復興するのが僕の目標。まだまだ道は長い、達成率2%かな。でも逆にできることがまだまだあるってことです。

──コンテンツスタジオ 株式会社BABEL LABEL(※2)を起こされたのも、そういった想いからでしょうか?

チームを率いる上で、場を作るのも、モノづくりも、組織作りも一緒だと思っています。白ホリの中で俳優に「泣いてください」と言っても無理ですよね? 美術があって、光があって、カメラが回って感情が立ち上がってきます。それを作るのが僕たちの仕事です。現場の手前にある組織の仕組みでも同じなんじゃないでしょうか。環境ってことでいうと、僕は20代にすごく苦労したけど、後輩たちにはしなくてもいい苦労はさせたくない。若いうちから、良い技と心を持ってる大人に出会ってほしい。それって、とても重要なことだから。自分の現場にもよく若い監督を連れて行きます。本気で取り組む現場を見てほしい。その結果がアカデミー賞受賞だったり、興業収入が1位だったり、面白い映画だったり。そういう人が近くにいると、若い世代が自分もそうなれると思える。「俺にできたから大丈夫だよ」って言えるような、そういう人間でいたいなと思います。

※2: 2022年1月12日付で、株式会社サイバーエージェントは、株式会社BABEL LABELの発行済株式を取得し、連結子会社化したことを発表した。これにより、BABEL LABELの社名および組織は現体制を維持しながら日本を代表する映像コンテンツレーベルへの成長を加速させようとしている
https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=27175

──藤井監督の次なる挑戦は?

最近、喜劇を撮りました。

──映画を好きになったきっかけがコメディ映画の『メリーに首ったけ』だったという話は有名ですね。

そうなんですよ。あれから倍の年をとった今、ようやく僕は喜劇が撮れている。初めての喜劇でしたが、すごく楽しくて。もしかしらたら僕向いているかもって思っちゃいました。

──今から完成が待ち遠しいです。本日は、ありがとうございました。

© 2022映画「余命10年」製作委員会

VGT2022にて、藤井道人監督の講演が決定!

日本最大級の映像クリエイター向けイベント『VIDEOGRAPHERS TOKYO(VGT:ビデオグラファーズ・トーキョー)』が、2022年6月10日(金)、11(土)の2日間にわたり、渋谷ヒカリエで開催。

6月10日(金)16時20分から、藤井道人監督による講演も行われるので、ぜひチェックしてみてください!

「映画監督、藤井道人」
日時:6月10日(金)17:50〜19:10 @RED STAGE
登壇者:藤井道人(映画監督・脚本家)、河尻亨一(編集者、銀河ライター主宰)
講演の概要

「VIDEOGRAPHERS TOKYO 2022」 では、2日間にわたって約50もの講演が催されます。

アンケートに回答いただくと無料で入場できるので、まずは特設サイトをチェックしてみてください!

INTERVIEW・TEXT_山本加奈 / Kana Yamamoto
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakrua(Vook編集部)
PHOTO_菅井泰樹 / Taiki Sugai(Vook編集部)

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