こんにちは、映像ディレクター/VFXアーティストの涌井 嶺です。
僕は普段、グリーンバック撮影のMVや、実写素材への3DCG合成などをメインに映像制作をしています。
涌井嶺ウェブサイト
この度、ワコムさんより「Wacom Cintiq 16」をお借りして、、VFX映像制作に液タブを使用すると作業環境はどう改善されるのかを検証しました!
ここまで、こちらのVFXムービーの制作過程を紹介してきました。
前回の記事では、主にBlenderを用いたマッチムーブやアニメーション作業の工程を紹介しましたが、後半となる今回は、Blenderでシーンをレンダリングし、After Effectsでコンポジットの作業を行なって映像として仕上げていく工程を紹介します!
それでは早速やっていきましょう。
シーンの仕上げとレンダリング
まずはBlenderでレンダリングしていくのですが、実写と合成する上で必要なレンダーパス(影や光、反射などの要素)を分けてレンダリングします。
実体となるキューブのレイヤーと、机やオブジェクトに落ちる影、液晶ペンタブレットや机に反射するキューブの3つにレイヤーを分けました。
▼ キューブのレンダーパス
▼ シャドウ(影)パス
▼リフレクション(反射)パス
今回の映像では、たくさん増えたキューブの一部が液タブの裏に隠れて見切れる部分があります。
このように見切れた箇所を無視してキューブを全てレンダリングし、コンポジットの時にマスクを切って隠していこうとすると大変な作業になります。
そこで、ここではトラッキングして衝突判定に使った机や机上のダミーオブジェクトを利用して、このマスク作業を簡易化しています。
ダミーオブジェクトのマテリアルをHoldoutシェーダー(材質を透明部分として書き出してくれるシェーダー)にすることで、オブジェクトの裏に隠れたキューブはレンダリングの時点でちゃんと見切れるようになりました。
このようにトラッキング結果を利用して三次元的にマスクを作ると、コンポジットの手間が省けます。
シャドウパスは、キューブのマテリアルを以下のように設定して影だけ落とすようにしています。
机のオブジェクトは影が落ちるように、以下の「Shadow Catcher」にチェックを入れています(※Cyclesのみ可能)。
リフレクションパスはレンダーパスの設定から、「Glossy Direct」にチェックを入れて書き出しました。
これらをAfter Effectsに読み込み、実写と馴染むよう合成し、質感をアップしていきます。
After Effectsでのコンポジット 〜マスク作業に重宝〜
僕はBlenderでCGを制作するときはWindowsを使っているのですが、After EffectsをはじめとするAdobe製品はiMacを使っています。
そこで、Wacom Cintiq 16をiMacとつないで使用してみました。
ここではWacom Cintiq 16の方にAfter Effectsのコンポジションビューとエフェクトコントロールパネルを表示し、iMacのメインモニターにその他のパネルやタイムラインを大きめに表示してみました。
Wacom Cintiq 16はNTSC 72%の色域で、sRGBをほぼカバーしているので、十分に仕上がりをチェックすることができます。
まずは実写の上に、Blenderから書き出したシャドウレイヤーとキューブのレイヤーをそのまま重ねてみます。
映像内でペンをフリックする手を見てみると、動きによるブレ(モーションブラー)が発生していることが分かります。しかし飛んでいくキューブにはブレがありません。
これを合わせるため、キューブのレイヤーにRSMB(ReelSmart Motion Blur)エフェクトを追加してモーションブラーを付けます。指のブレ感と合わせるのがコツです。
全体的に暗いところで撮ったので、シャッタースピードが自動で長めになっているはずなので、少し強めにかかっています。
さらにキューブ全体の色合いを、トーンカーブで調整します。また、リフレクションレイヤーも透明度15%・スクリーンモードでうっすら乗せてみました。
だいぶ自然な合成になったのが分かると思います。
トーンカーブの調整も液タブで行なったのですが、ここでもわずかな色合いの差を作る上で液タブが役立ちました!
After Effectsのトーンカーブにはペンモードがあるので、トーンカーブを実際に「描く」ようにして色合いの調整ができます。
これまではマウスでトーンカーブのコントロールポイントをチマチマと調整することが多かったのですが、大雑把にコントロールポイントで色を合わせた後、ペンモードに切り替えて細かいところを直感的に調整できたので良かったです。
このような目合わせでの色合いの調整は、
<1>オブジェクトが本来持っている色はどんな色か
<2>外部からの光がそれに対してどのように色を乗せているか
……を考えると、上手くいくことが多いです。
今回のケースでは、Blenderのデフォルトキューブがモチーフですので、<1>はライトグレーのような色です。
ここで画面左に映っているキーボードに着目します。キーボードのキーキャップがちょうど同じようなライトグレーだったので、このキーボードと色を合わせることを意識しました。
キーボードには<2>として、暖色の天井からのライトと、窓からの太陽光でオレンジっぽい光が乗っているので、キューブのレイヤーにもレッドを足し、ブルーを少し引くことで全体的にオレンジっぽさを乗せています。
明るさも少し暗くして、実写部分と馴染ませました。
しかし、今は実写部分とは馴染んでいるのですが、液タブから直接キューブが飛び出してくる演出を考えると、液タブに映っているキューブと色が違いすぎて締まっています。
そこで、液タブから飛び出してくる瞬間は液タブの中のキューブの色に合わせ、左側に溜まっていくところは実写と馴染んだ色になるように、液タブ周辺のみざっくりマスクを切ってここだけ色を液タブのキューブに合わせるように調整することにしました。
予想はしていたのですが、ここでのマスク作業も液タブ向きでした!
フッテージに対して直接ペンツールでサクサクとマスクしていけるので、マウスでパスを切る大変さと比べたら圧倒的に楽で直感的なのが想像に難くないと思います。
今回はカメラの大きい動きに合わせたかなりざっくりとしたマスク切りでしたが、もっとフレーム単位で細かくマスキングする必要がある場合は、その作業スピードの違いがより大きく顕れてくるのではないでしょうか。
仕上げとして、今キューブのCG部分が実写部分と比べてくっきり見えすぎているのが気になるので、レンズブラーをほんの少し足し、さらに少しだけノイズを乗せました。
これで、実際にカメラで撮ったようなレンズ感が出て実写とより馴染んでくれました。
以上でコンポジット作業が完了です!
実際の工程では、何度か書き出してみて気になるところを修正する試行錯誤もありましたが、最終的には物理的な馴染ませ方と、演出的に敢えて馴染ませない箇所のバランスをとることが大事だと考えています。
液晶ペンタブレットを用いることで、より効率的にVFX作業が行えた
いかがでしたか? 「Wacom Cintiq 16」を実写合成VFXに使ってみた感想として、まさに 「VFXの工程で必要な、繊細な作業をより直感的に・細かく行えるツール」 だと感じました!
入力デバイスとして、マウスとまったくちがった長所があるツールなので、マウスでやりづらかった細かい調整や直感的な操作が必要な工程に向いています。
また、液晶ペンタブレットということでそもそもサブモニターとしての使用ができるので、「直接操作ができるサブモニター」としても活躍します。
繊細な調整や直感的な操作が必要になるウインドウをサブモニターとして液タブに表示して、メインモニターで普段通りマウスやキーボードで作業しつつ、細かい作業が必要な工程では液タブで、というのも選択肢としてアリですね。
最初は、「VFX作業に液タブ……?」と、正直思っていた筆者でしたが、今回の検証を通じて、液タブの利点に多々気づくことができました。
今回の作例では使わなかった機能ですが、Blenderには筆圧検知が効果的なウェイトペイントやテクスチャペイントツール、3D空間に線を引けるグリースペンシルなど液タブが活躍する場面が数多くありますので、
Blenderをがっつりやっていこうと思っている方はぜひ一度検討してみてはいかがでしょうか。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
Ray Wakui@
1993年生まれ。映像ディレクター・VFXアーティスト。東京大学、同大学院卒業。在学中は航空宇宙工学を学ぶ。 大学時代にネットで募集したメンバーとバンドを組む。そのバンドのMVを自主制作したのが映像制作のきっかけ。 2019年末、昔から憧れだった3DCGを...
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