MVでは珍しい「アイデンティティ配色」ジャスティン・ビーバーとザ・キッド・ラロイ『STAY』ではどう使われてる?_MV超色分解Vo.7

MV超色分解Vol.7は全米で瞬く間にヒットとなったThe Kid LAROI(ザ・キッド・ラロイ)とJustin Bieber(ジャスティン・ビーバー)のコラボ曲『STAY』のMVをピックアップ!

Vol.7:The Kid LAROI, Justin Bieber 『STAY』

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MV解説

2021年を代表するオーストラリア出身の大型新人のザ・キッド・ラロイとジャスティン・ビーバーのコラボ曲『STAY』。

曲名は知らずとも、CMやTikTokなどで楽曲を耳にした人も多いのではないでしょうか。

楽曲タイトルは『STAY』となっており、和訳すると「そばにいてほしい」という感じなのですが、MVや歌詞の内容を見てみるとそんな生易しい楽曲ではないということがわかります。

色んなWebサイトで等身大の切ないリリックと紹介されていたりするこの楽曲。MVを紐解いていくと全然違う印象になると思うので、早速みていきましょう!

カラーパレット





印象的なシーンのカラーパレットを生成してみました!

※後述に生成したカラーパレットのカラー詳細はお伝えします。

この配色パターンは初めてではないでしょうか。

様々なパターンの配色解説をしてきましたが、この配色パターンは「アイデンティティ」という名称のもので日本語でいうと「同一色相 / 同系色」という配色パターンになります。

ミュージックビデオではあまり目にしない配色パターンですね。
TV CMなどではかなりこの配色パターンを目にしますが、ミュージックビデオにこの配色パターンをもってきているということは意味が大きくありそうな気がします。

配色解説

彩度と明度を巧みに調整した「アイデンティティ配色」

 


▲画像出典:The Kid LAROI, Justin Bieber - STAY : https://youtu.be/kTJczUoc26U

ミュージックビデオ冒頭のシーンです。
ザ・キッド・ラロイが不自然に浮いているところから始まります。一瞬映し出される涙を流す女性、陰鬱な部屋の中は窓や鏡が派手に割れた状態というもの。

歌詞はこのように始まります。

I do tha same thing I told you that I never would
「絶対しない」と言ったのにやってしまう
I told you I'd change,even when I knew I never could
無理だとわかっていながら「僕は変わる」と口にした
歌詞引用:The Kid LAROI, Justin Bieber - STAY (Japanese Lyric Video):https://youtu.be/ngKZoeugeCw

現場の状況から察するに、お酒を飲んで大暴れをして眠っておきたらこんな状態だったのではないでしょうか。

歌詞の内容から彼が「絶対にしない」と約束したことも破ってしまうし、「変わる」と決意しても変われないということがわかります。冒頭の女性が泣いていることから、大暴れした彼に失望した彼女がもう部屋にはいない、ということもわかります。

目を覚ますと、もう部屋には彼女がいなかった。悲しい状況の彼の気分を表すためにか、全体的に「BLUE」のカラーが配色されています。

MVを通してこの「BLUE」を基調にカレーグレーディングされているので、キーカラーは「BLUE」と考えられます。

そして、今回使用されている配色は「アイデンティティ配色」になっています。

アイデンティティ配色」というのは、同じ色相の彩度と明度を調整します。

ただ、物凄く落ち着いた単調なカラーになることがあるので、彩度と明度を調整し画にコントラストをつけています。このシーンではモノトーン基調の部屋に少し「BLUE」が乗ることで、より登場人物の憂鬱さが表現できているのではないでしょうか。

無彩色で画にインパクトを出す



▲画像出典:The Kid LAROI, Justin Bieber - STAY : https://youtu.be/kTJczUoc26U

このシーンの配色も「アイデンティティ配色」になります。
さっきまでの「BLUE」のシーンと打って変わり画面がいっきに「WHITE」になります。

キーカラーの「BLUE」を演出として外してきている点で、大きく場面転換し、メッセージ性が強い気がしました。

さきほどまでの「BLUE」のシーンと何が変わったのか?
歌詞を見てみましょう。

I get drunk, wake up, I'm wasted still
酔ったみたいだ。目を覚ましてもまだ最悪な気分
I realize the time that wasted here
無駄な時間を過ごしてしまったとつくづく思う
歌詞引用:The Kid LAROI, Justin Bieber - STAY (Japanese Lyric Video):https://youtu.be/ngKZoeugeCw

酔っぱらって大暴れしたことを後悔しているか、はたまた部屋の惨状をみて暴れたことはわかったけど思い出せない。でも時間は無駄にしたなと悟っているようなシーンです。

日本語でも「真っ白になった」という表現があるように諦念のような気持ち、脱力した感じを表すのに「WHITE」を使ったのかもしれません。

WHITE」には様々な意味があります。「繊細」「空虚」「許し」「罪悪感」などありますが、歌詞から察するに「罪悪感」、「空虚」が表現されているような感じですね。

ちなみにこのシーンも「WHITE」の「アイデンティティ配色」です。

他に筆者が印象的に感じたシーンが「WHITE」の配色の中に急に強い「RED」の色が入ってくるシーンです。

たとえば、この牛乳がこぼれているシーン。

何気なく見始めたMVでしたが、シーンが進むごとに様相が変わっていきます。

筆者は考察しながら「この彼はすごく暴力的なのを示唆しているのでは?」と少し恐怖を感じ始めました。冒頭でもお伝えしたとおり、このミュージックビデオの冒頭シーンでガラスや鏡が割れていたり、おそらく彼が暴れたであろうことを思わせるシーンがありましたよね。

先ほどまで一面真っ白だったシーンに突然このシーンから牛乳パックのパッケージなどに「RED」のカラーが出てきたとき、この彼の気持ちは「WHITE」だけでは表せないのではないかと思ったのです。

このようなパッケージはこのシーンだと普通は「WHITE」系統で統一できたはずなのに敢えて赤と黄色を使っているのがそれを裏付けている気がします。

歌詞をみてみましょう。

I feel like you can't feel the way I feel
きっと君は僕と同じ気持ちを抱いてくれない
Oh, I'll fucked up, if you can't be right here
Oh 君がここにいなかったら僕はダメになってしまうのに
歌詞引用:The Kid LAROI, Justin Bieber - STAY (Japanese Lyric Video):https://youtu.be/ngKZoeugeCw

少し精神が不安定な歌詞ですね。

この配色皆さん見覚えないでしょうか。
牛乳パックに使わている赤色の文字や黄色のラインは「救急車」「消防車」「標識」など「危険と重要性」を訴える配色と同じです。

それを踏まえてこのシーンに戻ると、ここでは、彼の危うげなメンタルの状態や彼の暴力性に対する危険性などを表しているのかもしれません。

そしてこのシーンの後から家を出て彼女の居る場所に向かっていく様子が描かれます。

筆者がこのMVの演出がとても巧みだなと思うのは、楽曲だけを聞いていると絶対伝わらないMVの中の彼の暴力性(お酒を飲んで暴れ、破壊行動をしてしまう)や、この歌詞の状況を直接的な暴力表現を用いずに演出しているところです。

彼女を殴るなどの暴力的シーンは一切なく、小道具や空間の演出を使って表現されています。ディレクターさんの演出が光りすぎてて筆者はもう感激です。

ここまで歌詞を捉えて映像作品として素晴らしいの一言です。

街中のシーンでもアイデンティティ配色



▲画像出典:The Kid LAROI, Justin Bieber - STAY : https://youtu.be/kTJczUoc26U

ここから部屋から外に出るシーンに移ります。
このシーンでもキーカラーは「BLUE」で「アイデンティティ配色」が使用されています。

雑多な街中のシーンでも「アイデンティティ配色」に見せるカラリストさんがすごいです。通常、街中のシーンは太陽や看板、標識、ショップなどに様々な色が使われているものです。

例えば、右側の木の色を見てみてください。普通は木の緑色を際立たせる処理をするのですが、このシーンでは木の緑に少し青色を上に乗せているのがわかります。人によっては「BLUE」が乗っているのがわからないくらいの些細な処理です。

このようにこのシーンは気にしなければ気づかないのですが、ここまでバランスよく「BLUE」を織り交ぜながら、各レンジに合う「BLUE」の彩度と輝度を調整して馴染ませてくるこのテクニカルは筆者も一度見てみたいぐらいです。

楽曲全体のトーンを憂鬱なトーンにするためにキーカラー「BLUE」をグレーディングするというのが徹底しているのが凄いですね。

I do tha same thing I told you that I never would
「絶対しない」と言ったのにやってしまう
I told you I'd change,even when I knew I never could
無理だとわかっていながら「僕は変わる」と口にした
歌詞引用:The Kid LAROI, Justin Bieber - STAY (Japanese Lyric Video):https://youtu.be/ngKZoeugeCw

繰り返されるサビ。彼は反省して彼女と寄りを戻せたのでしょうか。
楽曲の最後、虹がちらっと映るのですが、それが希望の光なのかもしれません。

彼に幸あれ!

The Kid LAROI, Justin Bieber の『STAY』MV超色分解まとめ

いかがでしたか?
今回は作品のカラー配色を一点縛りで最後まで演出する神作品でしたね。

カラーは1色だけでも、彩度と輝度を調整すれば演出の幅が広がることも参考になったのではないでしょうか!

次回もお楽しみに!

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MV映像超色分解とは?

最新MV、人気MVの中から特に色の視点で際立った作品を
Ren Takeuchiさんがピックアップ。

MV内でなぜその色が使われるのか、どのような感情を表現しているのか、細かく解説していただきます。

大好きなMVを違った視点で理解するもよし、今後のカラーグレーディングの参考にするもよし、カラーリファレンスとして使えるように毎回お届けいたします。

著者プロフィール

  • ビデオグラファー / 映像ディレクターRen Takeuchi

    1997年京都生まれ。高校卒業後にビデオグラファーとして活動し、2019年にフリーランスの映像ディレクターとして独立。TVCM、WebPV、PV、企業VP、MVなど様々な制作を手掛ける。現在はチームで活動をし、主にカラーグレーディングを得意とし、企画・ディレクション・撮影・編集をワンストップで行う。 https://www.instagram.com/grove_glas/?hl=ja

  • Edit:古川恵梨 / Eri Furukawa(Vook編集部)

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