2021年1月から広告制作ユニットとして活動をはじめた「IDENCE」(アイデンス)。メンバーの平均年齢20歳。慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)のサークルで出会った仲間たちが起業した。学生によるスタートアップは近年増加傾向にあるが、映像制作プロダクションは珍しいかもしれない。
なにしろこれまでは機材周りの初期投資に資金がかかるし、広告代理店を軸に業界の仕組みが出来上がっており、実績と信用の少ないクリエイターには参入障壁は高かった。
しかし、デジタルネイティブ世代の板谷勇飛、加藤 陸、有田悠作、長谷川康太郎らはそんなハードルを軽々と超えてくる。
若いからと言って見くびってはいけない。主なるメンバーは高校時代にはモノづくり界隈ではすでに有名人として活躍をしているツワモノなのだ。株式会社ネイキッドとの資本提携により2021年末に法人化、その活動ペースを高めつつあるIDENCEの素顔に迫る。
▲ IDENCE REEL 2022
”コンテンツとしての映像制作”に、全力で取り組みたかった
──代表取締役の板谷勇飛さんを中心に、SFCで出会ったみなさんが、映像業界のスタートアップを作ることになった経緯を教えてください。
IDENCE 代表取締役 板谷勇飛氏(以下、板谷):
僕は現在会社に専念するために休学していますが、他のメンバーは学業との二足の草鞋です。IDENCEは元々、デジタルクリエイティブに特化したサークル「sense.」(センス)から始まりました。
SFCと言えばデジタルテクノロジーの分野では最先端で、デザイン好きのギークな僕にとっては最高の環境ではあるのですが、僕がやりたかった ”コンテンツとしての映像” を扱っている場所がなかったんです。でも周りには、僕のように映像を作っていたり興味がある人がけっこういたから、じゃあ、みんなが集える場所が必要だよねって、加藤(陸氏、3DCGディレクター)と一緒にサークルを立ち上げたのがはじまりです。
▲ インタビューに応じてくれたIDENCEの中核メンバーたち。左から、板谷勇飛さん(CEO / Director)、加藤 陸さん(3DCG Director / Designer)、有田悠作さん(Planner)、長谷川康太郎さん(Cinematographer / Photographer)
──デジタルネイティブ世代よる映像系のスタートアップというだけでも、すでにワクワクしますが、IDENCEはどのような特徴がある集団ですか?
プランナー 有田悠作氏(以下、有田):
いろんな専門をもつチームメンバーで構成されているのがIDENCEのユニークなところです。現在17名が在籍していますが、企画、演出、撮影、音楽、CGと様々な得意技を持った人の集合体なんです。
板谷:
サークルから発足しているので、モノづくりが好きで楽しい! という人ばかり。僕は演出やモーショングラフィックス、オンライン編集が得意。長谷川は撮影が、加藤は3DCG、有田はプランナーとしてプロジェクトのストーリーを考えるのが得意。それぞれが特技を発揮してひとつのものを作り出すのがこのチームの最大の特徴だと思います。
▲ テレビせとうち『ななスパ』オープニングタイトル。企画、演出、3DCGをIDENCEが担当
──サークルから法人化になって大きく変わったことは?
板谷:
法人化した効果はあって、IDENCEとして認知が広がっていて、売り上げも順調に伸びています。それまではフリーランスとして私の個人名義で仕事を受けていたものを、加藤や長谷川に再受託というながれでしたが、共同体意識が生まれづらいと感じていました。
だからといって、いきなり法人化するのも、まだ在学中だし売り上げも心配だし、経理の知識だってないので本気に考えてなかった。そこで背中を押してくれたのが、プロジェクションマッピングで知り合ったネイキッドさんでした。業務提携のオファーをもらったことで決心がつきました。
▲ JOLDEENOのマーダーミステリー体験型店舗。新しくオープンする吉祥寺店の内装施工からCGコンテンツ制作までをIDENCEが担当
メンバー紹介:高校生の頃から有名人!? デジタルネイティブ世代の代表的プレイヤーが集合!
──板谷さんは法人化する前からフリーランスとして活動されていたとのことですが、みなさんのモノづくりや映像制作に携わることになったきっかけを教えてください。IDENCEの活動における主な担当についてもお願いします。
板谷:
きっかけはかなり遡るんですが、僕は小学生の時からコンピューターを触っていて、妹の運動会ビデオなんかを作ってました。
中学ではパワポのアニメーション機能やAfter Effectsにハマり、高校の時にプロジェクションマッピングに興味を持って積極的に活動をしてたら、ありがたいことにテレビ番組で取り上げていただきました(※1)。
それをきっかけに高校3年生にして、フリーランスとしてお仕事をさせてもらうようになったんです。IDENCEでは、僕はディレクションとコンポジットをメインでやらせていただいてます。
※1:2018年1月8日に放送された、『さんま玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかSPさんま&鶴瓶が夢をかなえたぞSP』に出演
www.tbs.co.jp/yume-sp/
3DCGディレクター 加藤 陸氏(以下、加藤):
僕もモノづくりばかりしていた子供でした。0歳の誕生日プレゼントにもらったレゴブロックに始まり、中学生になるとMinecraftにハマって1日24時間やっていたと思います(笑)
高校の時に軍艦島をリアルに再現したのがネットで拡散されて、スウェーデンのMinecraft本本社から取材が来たこともありました。その時に楽しかったのが、映像的な体験。軍艦島を作った時にわかりやすく伝えようと思って、動画を作って公開したんですが、Minecraftを通じて知り合った人たちと、相談しながら映像の構成をするのがすごく楽しくて。今でも一番楽しい映像制作の記憶です。
板谷とはSFCで同じクラスだったのですが、彼に「絶対にCGが向いてるよ」って言われて、教えてもらったソフトをとりあえずコンピュータにインストールして触ってみたら、めちゃくちゃ楽しくて。そこから気がついたらCGしかやってません(笑)。そんなわけでIDENCEでは3DCGを担当しています。
▲ 世界遺産の軍艦島をMinecraftで再現!加藤陸さん、本物の軍艦島を訪れる!
──おふたりとも高校生時にはすでに有名人だったとは! 出会いは必然だったのかもしれませんね。有田さんが映像に興味をもったきっかけは?
有田:
僕は加藤と同じ3Dプリンタを扱う研究室に在籍しているのですが、これまでは映像とは関わりが少ない生活をしてきました。
一方で手を動かしてモノづくりをすることへの憧れと、アイデアを出すことには強い興味と関心がありました。研究室でも僕がアイデアを出して、加藤がそれを形にするそんな関係性だったりします。
加藤:
有田は斜めから物事を見て、固定概念をぶち壊すような発想をしてきます。彼のむちゃぶりにこっちもがんばって作ることになるんですが、それが思いもよらない方向にどんどん転がっていって、面白いものが出来上がるんです。
有田:
僕と映像の接点は、ユーフラテスの佐藤雅彦さんでした。佐藤さんが見ている”差分”だったり、”単純化”することでものごとを明らかにしたり、”別の視点”で見るスキル、そいうところに影響を受けてきました。
そんな佐藤雅彦さんは、映像の分野で主に活躍をされています。映像って、表現したいクリエイティブを存分に相手に伝えることに長けているメディアだと思うんです。
16:9にフレーミングされた映像に落とし込むことによって、観る人の視線や感情を誘導できるのが面白い。僕はIDENCEで企画を担当していますが、アイデアを考える時は、視点や解釈を変えたとき立ち現れてくる発想を大事にしています。
──長谷川さんは、ひとつ下の学年ですね。
シネマトグラファー 長谷川康太郎氏(以下、長谷川):
はい、僕は板谷がいたのでSFCを志望したという経緯があります。大学進学は映像に強いところと決めていて、日芸(日本大学芸術学部)をはじめ、専門学校などの候補があるなか、一番映像で面白いことができそうなところを探していました。
そんな時にTwitter上で、SFCに映像を作っている面白そうな人を発見して、それが板谷でした。無事に合格し、今こんな風になっています(笑)
──早い段階から映像の道に進むと決めていたんですか?
長谷川:
高校の頃から映像の仕事がしたいと思い始めました。祖母がフィルムカメラで写真を撮っていたので、自然と小さい頃からカメラを触っていて。当時はまだフィルムなので印画紙に写真をプリントをしていた時代でしたが、写真を撮ってみんなに見て喜んでもらえるのが嬉しくて、だんだんのめり込んでいきました。どこに行くにもカメラを持っていく少年でした。
映像は中学でのクラスの発表会で、初めて挑戦しました。カメラをいつも持っている僕が撮影を担当することになったんです。そこからは映像をことあるごとに作り、高校では部活動で短編映画をずっと撮っていました。その部活に入ってからは、画の綺麗さや、クオリティに対して意識が向き始めたと思います。なのでIDENCEでは、撮影を担当しています。
──この世代における映像クリエイターのアベンジャーズのようなチームですね。
板谷:
IDENCEは、広告代理店と制作会社が融合したような組織を目指しています。既存の広告代理店ビジネスって、変わってきていると感じているのです。
サイバーエージェントが電通の時価総額を超えたのも最近の話題になりました。今の時代、直接クライアントとコミュニケーションを取って、ブランディングの手伝いをしていくスタイルのほうに向かっていると感じています。
これまでの僕の経験からも、間に介する人が増えれば増えるほど、コミニケーションは取りづらくなり、それはクオリティーの低下にもつながってきたと感じています。
プロのビデオグラファーを目指す学校、はじまる。入学生募集中。
PR:Vook School
実写から3DCGまで。IDENCE流の映像制作とは
──IDENCEのお仕事をご紹介ください。
板谷:
最近、手がけたものとして、角川ドワンゴ学園さんの案件でオンライン上での教育コンテンツ動画を制作しました。
クライアントさんへヒアリングを行なった後、有田を中心に企画をつくりました。僕は、撮影や3DCGも含めた様々なワークフローの経験があるので、企画に対してどれくらいの時間やコストを見積もればいいのかおおよそ読めるので、実現性を加味しながら企画を話し合います。
▲ 角川ドワンゴ学園の案件では、「レジリエンス」についての教育コンテンツ動画を制作
有田:
この案件では3DCGと実写を融合させたコミニケーションが効果的だと考えたのですが、IDENCEにとっては作るのは初めての試みでした。
具体的には、「レジリエンス」がテーマ。「レジリエンス」は、簡単に言うと心の回復力。落ち込んだときに、どうやって回復力を上げて、生きやすくするかを伝えることがミッションでした。
対象は中学生や高校生。よくあるパターンだと、教室風の空間に先生が立って解説をするというものですが、それだとYouTube世代やNetflix世代は見てくれるのか? と言う疑問がありました。
その問題提起から始まって、じゃあ、どうすれば見たくなる? どうすれば伝わる? という会話を板谷としながら、最終的には3DCGキャラクターを使って、エンタメ要素をふんだんに盛り込んだものにしようと決定しました。企画コンテを作り加藤と長谷川にブリーフィングをして、みんなで詳細を詰めていきました。
▲ 角川ドワンゴ学園案件にて作成した、企画書より。全4案を提示し、選ばれたものをベースに制作が進められた
加藤:
メインとなる空間は、教室のようなレクチャーをする場所です。一般的には退屈な場所として好感度は高くないのですが、そこをいかに飽きさせないことを意識しました。
自分たちが学生時代にワクワクした授業をベースに発想を膨らませました。そしてこのコンテンツによってどういった感情を起こさせるべきか、デザインのための舞台設計を議論しました。
レジリエンスによって、感情のぶつかり合いを和らげられること表現したかったので、3DCGワークでは球体モデルを多用して角のない形状の空間にしています。登場人物は球体に乗っていて、建物も球体でできていて、周りにも球体が浮かんでいるという三段構造になっています。
▲ 加藤さんがCinema 4Dで作成した、3DCGシーン。レンダラは、Octane Renderを使用
有田:
そうだね。感情設計をした後、世界観を構築していく段階ではデザイナーやプロップスタイリストのメンバーも加わって街の機能も細かく決めていきました。
加藤:
なぜこの空間に自分たちが連れて来られたのか、どんな経済で成り立っているのか。本編では語られることはないのですが詳細な設定があります。
それは、これを観た人が「ロケットがなぜこういう風に動いているのだろう」と疑問をもったとき話が膨らむようにしていて、学習者たちの間で会話を促すような仕掛けになっています。
いろんな視点で話し合いながら、見た人に想起させたい感情ペースで構築できたのは、僕たちならではのアプローチができたと思っています。
長谷川:
労働時間についてもこだわりました。映像制作の現場は、クリエイティブを追求するあまり労働環境がブラックになりがちです。
ロケ地や予算や企画内容など複合的な理由でそうせざるをえないと面があるとは思うんですが、早朝から日付を超えて深夜まで、というのが当たり前になってしまっているところもあると思うんです。
そういった業界の慣習もどうにかしていきたいと思っているので、今回の撮影では、劇場映画などのメジャーな作品の撮影アシスタントとしての経験を積んできいるメンバーが中心となって知恵を出し合いながら改善点を話し合いました。
──具体的にどのように解決したのでしょう?
長谷川:
この案件に関しては、1日の撮影の労働時間を8時間を基準として、長くても10時間までと決めました。
一般的な8時間の労働時間に少し残業して10時間と言う考え方です。そのためにも効率のよい香盤を工夫したり、ワークフローに注力しています。
▲ 角川ドワンゴ学園プロジェクトの撮影風景。演出意図を直接演者へ伝えながら打ち解け、場の空気を作っていくことを心がけたという
──IDENCEの作る映像のクオリティの高さやデザイン性の高さに驚きます。日頃から勉強会などされているのでしょうか?
長谷川:
クオリティに関しては、IDENCEのブランドムービーを例にお話させていただければと思います。渋谷の街から始まり、CGで表現したスマホの中に入り込み、コンピュータ画面から引いていくと実写のパートに入ってIDENCEのモノづくりの様子を紹介するという構成になっています。
▲ IDENCE ブランドムービー 2022
長谷川:
リファレンスとして、SIGMAのカメラ「fp」のコンセプトムービーにインスピレーションを得ました。
カメラの機械的な動きが格好良いのですが、SIGMAのようにロボットアームを使った撮影は予算的に不可能だったので、僕たちはどうすればロボットアームや大型特機を使ったような動きを実現できるのか考えました。
自分たちの持っているリソースで方法があるんじゃないか、今の機材や技術だとできることはないか? そういう思考を挟むようにしています。この時は、台車に箱馬を乗せた上にカメラマンが座り、ジンバルを使って人力で動きを再現しました。手前味噌ですが、特機による撮影に近づけることができたんじゃないかと思います。
▲ IDENCEブランドムービーの撮影風景。予算内で大型特機のワークを再現するため、ジンバルと台車で工夫して撮影
長谷川:
こういった企画と技術のやりとりの連携がやりやすいのがIDENCEの強みだし、やりたかった事を諦めずできたと思います。
結局のところ新しいものに抵抗がない人たちの集まりなので、積極的に試す姿勢は、コストパフォーマンスの高さに寄与していると思っています。
加藤:
クオリティは、伝えたい感情を伝える上で大事だと思っています。意図していないクオリティになってしまうと、それがノイズになってしまうので。
ノイズをいかになくしていくかっていうのはメンバーの共通認識としてあります。だから僕たちは映像を日ごろからすごく見ているし、毎週水曜日に実験活動もしています。
▲ IDENCEでは、毎週水曜日に全メンバーが集い、研究活動を行なっているそうだ。図は、メンバーが所有するREDデジタルシネマカメラを用いてライティングレシオを検証する様子。研究成果の一部は、公式サイトのLABページに公開されている
長谷川:
自主制作の量も圧倒的に多いので、ミニマムな機材で撮影するワークフローやクオリティの検証ができます。LEDの安価で軽量なライト「Aputure」が発売されたと聞いたら、セットアップを組んでみたり、クリティカルな問題が起こったらどうリカバーできるかということを日頃から実験し、うまくいったものは実際の案件で使っていく、そんな循環ができています。
加藤:
時代に流されないものを作るために、強い軸の部分=思考と、ノイズの少ない高いクオリティーの面=技術とが表裏一体の関係になっていて、並行して深めていければ、それは僕らの強みとなると思ってます。
IDENCEのこれから。ソフトウェア開発から働き方改革まで!
▲ 慶應義塾體育會端艇部 ブランドムービー。企画から制作まで、IDENCEが一括して手がけた
──今後挑戦してみたいことや、課題はありますか?
板谷:
みんながディレクションができるチームをまずは目指しています。
実写なら長谷川が、CGであれば加藤がディレクターをする、もしくは有田が企画からディレクションまで手がけていくようになれば、より幅広い案件に対応できるし、制作パフォーマンスも上がっていくはずなので、会社の成長するスピードも上がると思っています。
映像制作と並行して、ワークフロー改善やツールの開発にもチャレンジしていく計画です。実際に自社開発した管理ツールを使って進捗管理を始めたところ、業務効率化を達成することができました。
加藤:
モノづくりがやっぱり好きなので、多様な視点から得たものを作品に込められる、特異性のあるクリエイターになりたいと思っています。
今、点群データを使った仕事もしているのですが、映像制作とは別のフィールドからのインプットも大切にして、自分なりの技術を開拓できないか常に考えています。
クライアントさんからのリクエストに、思いもよらなかった提案ができる、そんなサイクルを回していければ最高です。
有田:
興味があるのは組織のデザインです。みんなが心地よく働ける環境を整えたいし、会社への関わり方も、もっと多様でいいかもしれない。
複数のサークルに所属するような関わり方が企業にも適応できるんじゃないかと思っています。IDENCEをどういう組織にしていくかというのは、これから向こう5年10年かけて醸成できるところなのかなあと。
長谷川:
今後も画のクオリティを追求しながら、ワークフローの改善に貢献できればと思っています。こういう環境にいるので、実写に軸足を置きながら新しいことにチャレンジしていきたいですね。
板谷:
せっかく学生起業したので、20代前半で会社を作ったメリットをしっかりと生かせるように、あまり決めすぎずに自分たちが楽しみながら成長していければと思います。
──さらなるご活躍も期待しています!
INTERVIEW&TEXT_山本加奈 / Kana Yamamoto
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numkuara(Vook編集部)
Vook編集部@Vook_editor
「映像クリエイターを無敵にする。」をビジョンとするVookの公式アカウント。映像制作のナレッジやTips、さまざまなクリエイターへのインタビューなどを発信しています。
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