アニメーション制作現場にて、Blenderの導入が着実に増えつつある。そうしたなか、『電脳コイル』(2007)で高名な磯 光雄監督の新作『地球外少年少女』では、3D背景やメカなどの3DCG表現だけでなく、作画(2Dアニメーション)にもBlenderが積極的に用いられた。Blenderを導入することで目指した画づくりについて、中核スタッフたちに話を聞いた。
▲ オリジナルアニメ『地球外少年少女』本予告
原作・脚本・監督:磯 光雄(『電脳コイル』)/キャラクターデザイン:吉田健一(『交響詩篇エウレカセブン』シリーズ、『ガンダム Gのレコンギスタ』ほか)/メインアニメーター:井上俊之(『電脳コイル』、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』ほか)/美術監督:池田裕輔/色彩設計:田中美穂/音楽:石塚玲依/音響監督:清水洋史
制作:Production +h./配給:アスミック・エース/エイベックス・ピクチャーズ/製作:地球外少年少女製作委員会
◆配信
Netflix:http://www.netflix.com/orbital-children◆地球外少年少女 前編「地球外からの使者」劇場公開限定版
Blu-ray:8,000円(税抜)DVD:7,500円(税抜)
<収録内容>
第1話「地球外からの使者」
第2話「霧と闇」
第3話「ルナティック・セブン」
<限定版特典>
吉田健一描き下ろしイラスト使用クリアスリーブケース
絵コンテ集 第1話(コンテ:磯 光雄)
特製ブックレット(24P)
ノンテロップED/特報/本予告/後編予告収録
スタッフオーディオコメンタリー
司会:氷川竜介(アニメ・特撮研究家)
出演:磯 光雄、吉田健一ほか◆地球外少年少女 後編「はじまりの物語」劇場公開限定版
Blu-ray:8,000円(税抜)DVD:7,500円(税抜)
<収録内容>
第4話「セブンズ・パターン」
第5話「おわりの物語」
第6話「はじまりの物語」
<限定版特典>
吉田健一描き下ろしイラスト使用クリアスリーブケース
絵コンテ集 第6話(コンテ:磯 光雄)
特製ブックレット(24P)
ノンテロップED(第6話版)
スタッフオーディオコメンタリー
司会:氷川竜介(アニメ・特撮研究家)
出演:磯 光雄、吉田健一、清水洋史(音響監督)ほか
『地球外少年少女』公式サイト:https://chikyugai.com/
『地球外少年少女』公式Twitter:@ChikyugaiBG https://twitter.com/ChikyugaiBG
あえて、未経験の若手を積極的に登用する
近未来を舞台に古都に暮らす少年少女たちが「電脳メガネ(スマートグラスのようなウェアラブルデバイス)」を掛け、電脳空間と現実描写が重なり合うなかで少し不思議な出来事を体験するアニメ『電脳コイル』。AR/MR技術が一般に普及するよりも約10年も前に制作されたこの作品は、後に「未来を予見した作品」として注目を集めた先駆的傑作だ。
原作・監督・脚本ほか作品の芯の部分を作り上げたのは磯 光雄(以下、磯監督)。そんなビジョナリーによる待望のオリジナル新作『地球外少年少女』が2022年、ついに公開された。
この作品で磯監督は「AIがある宇宙の暮らし」を描き出す。舞台は2045年、日本の商業宇宙ステーション「あんしん」だ。月で生まれた少年・登矢と宇宙旅行にやってきた少年少女たちは彗星の衝突事故に巻き込まれ、閉鎖空間となったステーションの中を様々なデバイスと知恵を駆使してサバイブしていく。しかし、そこにはAIの恐るべき真意が隠されていた……。
▲ 磯 光雄監督が語る『地球外少年少女』
本作の構想は2014年。科学や未来に否定的な昨今の風潮に対する「ディストピア疲れ」への揺り戻しから「楽しい宇宙観を描きたい」という構想を胸に磯監督は企画開発に勤しんだ。
2018年にシカゴで開催されたアニメコンベンションで企画が発表されると、大手アニメ制作会社でプロデューサーを務めた本多史典氏は制作拠点づくりに奔走し、2020年に独立してProduction +h.を設立するに至る。
その頃にはすでに絵コンテが完成していたが、新型コロナウィルスの世界的蔓延でリモートでの打ち合わせが続く日々。ようやくスタジオ開きが行われたのはその年の9月のことだった。
磯監督はアニメーターとして『新世紀エヴァンゲリオン』や『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』などの作品に参加し、様々な名シーンを手掛け、業界に革新をもたらしたクリエイターだ。一方で業界の中ではデジタル技術をいち早く積極的に導入していたという。
磯監督:
中学生の頃からPC-8001でマシン語を書いていたり、PC-9801でアクションレコーダー(原画の動きをチェックする簡易撮影機材)を自作するような子どもでした。だから、アニメーターになるかプログラマーになるか迷ったくらいなんです(笑)
作画も20年ほど前から手描きをスキャンしてPhotoshopで塗っていました。液晶ペンタブレットもこれまで6種類ほど使い倒してきて、今はWacom Cintiq 16を使用しています。
磯監督はCGに対しても理解が深かったが、実際の制作に既存の3DCGソフトを用いると手描きのアニメでは使いにくい制約があり、長らく違和感を拭えずにいた。
それは3DCGのシステムやコスト上の問題に起因する。3DCGでは、キャラクターモデルなどのアセットを一定のカット分量で使用し、シーン全体を統一した内容にすることでスケールメリットが生まれるとされている。
しかし手描きアニメにとって有利であるはずの、カット単位での調整や演出を行おうとした場合、カットの制作コストが生産性を上回ってしまい、磯監督が目指す手描きアニメのきめ細やかな演出を目的とする場合は、むしろデメリットの方が多くなってしまう。
それを解決する方法が、オープンソースの統合型3DCGソフトウェアであるBlenderを使用することだった。
以前からBlenderに注目していた磯監督。本作の制作のコアの部分に使用することを考え、Blenderの使い手を監督自身がTwitterで募集告知したりスカウティングを行なったりした結果、2回り以上もの若手スタッフを中心としたメンバーが揃った。
▲ インタビューに応じてくれた、『地球外少年少女』中核スタッフ。<前列>左から、演出・監督助手・制作進行 寺田和生氏、3DCGI 沖本 健氏、3DCGI 井上拓己氏/<後列>左から、アニメーションプロデューサー 本多史典氏(Production +h.代表取締役社長)、Blender作画 兼子慎哉氏、3DCGI 稲見 叡氏
Production +h.
近年、にわかに注目を集めることが多くなったこのソフトだが、一般的なCGプロダクションではまだまだ使われることが少なく、集まったメンバーもアニメやCGとはまったく別の職種に就いていたり、独学して自主制作で腕を磨いていたりと、純粋に"プロフェッショナル"ではない人物たち。しかし、彼らにはそれを補って余りある個性と情熱があった。
磯監督:
(集まったスタッフについて)自分で何かを表現してやろうという、その情熱がこの作品を作る新しい現場には欲しかったんです。
3D業界的な、すでに完成されたシステムを持ち込もうとした人もいましたが、そちらはあまり上手くいきませんでした。
逆に若い彼らがまだプロフェッショナルな作業工程を知らないからこそ、突破できた局面が制作中には多々ありました。
”フル3コマ”の要領で、Blenderで動きを付ける
磯監督は本作で 「Blender作画」を導入 した。これはBlenderで(3DCGによる)キャラクターアニメーション作業を行い、磯監督が芝居とタイミングをチェックし、OKが出たら紙で作業する作画監督の場合は、紙に出力し作画監督が修正を行い、それを基に手描きで原画を描くという方法だ。
Blender作画のワークフロー
▲ 第1話CUT463を例に、Blender作画のワークフローを兼子慎哉氏に再現してもらった。兼子氏はアニメーション作業にWacom Cintiq 16 を用いている
<STEP 1> Blender作画の最初の段階。コンテや作画打ち合わせの内容に沿って、3Dで作成された空間内で登矢の3Dモデルを動かし、演技を決める。キーフレームを多用する、自動補完をあまり使わないなど、2D作画のような動きが目指された
<STEP 2> Blenderで作成した、逃げる登矢のアニメーション。この段階では3DCGアニメーションである。Blenderから書き出したムービーを監督と各話の演出家がチェックを行い演技の確認をする。修正がある場合は再度Blender作業に戻り、アニメーションのリテイク作業を行う
<STEP 3> ラフ原画。3Dモデルにないパーツや表情を2D(TVpaintを使用)でレタッチし、ラフ原画状態にしたムービー。作画監督が紙での作業のため、作業後に全て印刷する
<STEP 4> 作画監督の井上俊之氏による修正指示。ムービーの動きはそのまま、細かなパーツや服のシワなどの描き足し・修正が入っている
<STEP 5> 作画監督の修正を基に、TVpaintにて原画作業(清書)を行なったもの。この後、動画・仕上げ・撮影と作画作業が進行する
<STEP 6> 撮影処理が施された完成形。磯監督が自らAfter Effectsで壁の揺れ、壁に映る登矢の影を足している
監督助手・演出・制作進行 寺田和生氏
(Blender作画に対して)キャラクターデザイン・総作画監督の吉田健一さんやメインアニメーターの井上俊之さんは、等身やパーツが揃っているモデルがすでに存在しているので、作監修正を載せやすいと、おっしゃっていました。
磯監督:
手描きの場合はアニメーターの癖で等身が設定書通りに揃わないことが珍しくありませんので、等身がきちんと揃っていることは作業上、アドバンテージになります。
▲ Wacom Cintiq 16を使用し、TVPaintで原画の修正を行う兼子氏。線の強弱や回転もアナログ原画と同様に行える。画面下の紅白は原画の動きのタイミングを決めるバー
エンドロールの「Blender作画」の筆頭にクレジットされていることが示すとおり、この新たな作業工程を初期からリードした兼子慎哉氏は、Blender作画のメリットを次のように説明する。
Blender作画 兼子慎哉氏(以下、兼子氏):
最初から作画をした場合は、修正が入ると全て描き直しになってしまうので、アニメーションの試行錯誤をBlender上で十分に行なって、芝居内容を明確にした上で作画の作業に入れるのが良かったです。
磯監督:
当初は、作画監督チェックを終えたモデルを使用して3DCGで動きを付ければ最初から中割(手描きにおける動画部分)も込みで出力させることができると考え、動画仕上げとしても使おうと考えていたのですが、実際は原画部分を作画監督が修正する必要が出てきたので、いくつかのカットは最初に出した中割部分は捨てて、従来の作画アニメのワークフローに戻すかたちになりました。
でもそんな中、兼子くんだけは当初想定したBlender作画のワークフローに近いかたちで、CGモデルから演技を付けてラフ原画として作監に出すやり方を継続できました。
兼子くんはCGプロダクションに勤務した経験がないのですが、3Dアニメーションの動きのセンスが良く、私が求める手描きに近い感覚で芝居を付けていた。
制作的にも、あまり前例がない野心的なカットがあっても余り恐れずにトライしてくれる。従来のやり方とちがう仕事を試したい今回のような現場では、非常に心強い存在でした。
「Blender作画」として試された手法のひとつは、ツールだけでなくコマの打ち方においても一般的な3DCGアニメーションの制作スタイルとは異なる。
兼子氏:
CGアニメーションのスタンダードは、キーフレームを2つ作ることでその間をコンピューターが計算して動かしてくれますが、僕はそもそもそういったCGIの作り方を知らなかったので、例えば2つのキーフレームの間に10コマあれば、その全てのコマを自分で作っています。
そして、これは図らずも 磯監督が以前から手描きアニメ制作において提唱していた“フル3コマ”(中割を入れずにカット内の全てを原画として描く方法)の考え方と一致するものだった。 かつて磯監督はインタビューでこう語っていた。
「あれはアニメーターの立場で映像を統制するための手法なんですね。全部原画で描けば、タイムシートを演出さんに修正されない」、「『フル3コマ』というのは、作画をめぐる理念のようなものなんです」(美術手帖 2020年2月号 特集「アニメーションの創造力」P51)
磯監督:
(本作で試みたBlender作画の方法について)CGアニメーションは、できるだけ少ないキーフレームを打って、ディレクションのときに早くしたり遅くしたりと、後で自由に調整できるのが最大のメリットですから、一般的なCGプロダクションでこれをやったら非効率的だと批判されると思います(笑)
確かに通常の3Dアニメーションならその方がありがたいのですが、兼子くんの場合は実際に上がった動きが良かったので逆に問題が少なかった。フル3コマに近い表現も、自分のやり方に近かったので理解が共有しやすかったんですね。
兼子氏:
(Blender作画の経験について)こうした3DCGツールを使っても、いわゆるCGアニメ的な表現だけでなく、手描きの味わいをきちんと表現できるのだと気づくことができました。
CGを使った制作システムは誰が作っても一定のものができることを目的とし、効率よくスマートに制作を進めることで全体のコストダウンが図られている。それがアニメ業界における労働上の諸問題を解決する糸口になっていることは確かだ。
本作でもそこにこだわったために計画的に進まなかった部分は多々あった。それを認めた上で、磯監督はこう強調する。
磯監督:
ある作業をするなかで、3D業界のルールを重んじるスタッフが、3D側の整合性や効率を優先して、演出上必要な影の描写を削ってしまったことがあったんです。
確かに3D作品だとしたら完璧とはいえない不具合が数カットで起こっていて、それを気にしたんだと思いますが、これは2Dの手描きアニメなんです。
手描きアニメの素材としては、自分が今まで処理してきたものと同レベルで、必要な描写を削るほどのものではなかった。
そこで、まだ3D業界のルールに染まっていない若手に素材を出し直してもらって、作画と私の撮影処理で無事映像を仕上げました。実際、完成映像では誰も問題を感じなかったのではないかと思います。
2D作品に参加する3Dスタッフは、そういう完成映像を見通して、監督が必要とする部品を作る能力が必要になるんですね。
システムを優先して表現を妥協し、結果的につまらない作品になってしまったら、それで終わりなんです。私はやっぱり面白い作品を作ることで生き延びられると思っています。
設定にも3DCGを積極的に活用
本作ではほぼ全てのカットのレイアウトが3DCGで行われたという。人工物が多かったため3DCGとの相性が良かったことも幸いし、Blenderは美術設定にも多く用いられた。
手描きの美術設定のアーティストだった川村 巧氏は本作の制作中にBlenderの使い方を覚え、宇宙エレベーターなどを作成したという。
一般的なDCCツールであれば登場カット数がある程度の量に達しないとコスト割れを起こしてしまうが、Blenderはオープンソースソフトウェア(実質無料)であるため小回りの利く使い方が可能だった。
CGアーティストの稲見 叡(いなみ さとい)氏は火星ドーム内のレイアウトをCGで行なった。これは床が曲面になっているため、2Dでのレイアウトは非常に難しいことが理由だ。
3DCGI 稲見 叡氏:
磯監督とは、『ちょっとお願いできる? 負荷が高そうならやめとくけど』『すぐできますよ』というやりとりが何度もありました。
いろんな使い方ができるので、『早く上がりそうだったらBlenderで』みたいな感じでデザイン部分でも様々な形で活用することができました。
3DCGモデル制作のながれ
<A> 磯監督が描いた「あんしんハウス」ラフの抜粋。こうしたスケッチを基に、ラフモデルを作成する
<B> ラフモデルのキャプチャ画像に対して、磯監督が赤字で修正指示を書き込んだもの。これらの指示を反映しながら本番用3DCGモデルとしてのブラッシュアップを重ねていく
<C> あんしんハウスの3Dモデル最終形(図・左:シェーディング表示/図・右:メッシュ表示を重ねた状態)。モデリングのポイントは、シルエットと可愛さ。チェック時にはBlenderファイルを直接開いて視点を動かしながらチェック。オブジェクトの位置や形に修正がある場合は3DCGスタッフにわかりやすく説明するために監督自らBlenderで修正を加えることもあったという
3DCGベースで作成された設定
▲ 火星ドームの設定(その1)。火星ドームは、オブジェクトが多いことに加え、曲面の床や多くの足場がある。カメラの位置やキャラの立ち位置、2階の吹き抜けから見えるオブジェクトなどの位置は3Dモデルを作成することで整合性が保たれる。「あらゆる角度からレンダリングした画像を設定として使用しているため、各カットのキャラクターの位置関係なども確認しやすくなったと思います」(稲見氏)
▲ 火星ドームの設定(その2)。俯瞰から施設を構成するオブジェクトの相関を図示したもの
寺田氏:
(制作時のスタジオの様子について)自分のような制作スタッフや2Dアニメーターさんなど、普段は3DCGソフトに触らない人でもBlenderをインストールして、位置関係などの確認を行なっていました。
オープンソースソフトウェアなので3DCG以外のスタッフも気軽に利用できることもBlenderの利点だと思います。
磯監督はBlenderを活用した制作風景を次のように総括してくれた。
磯監督:
美術設定の段階で修正を入れる間もなく、すぐにモデリングに入ったため、修正が難しかったという反省もありますが、そうしたことも含めかなり実験的な作り方をしていました。
自分の作業範囲をシステマチックに決めるのではなく、積極的に越境して作っていくスタイル。
そうした意味でも一般的なCGプロダクションのワークフローやパイプラインとは大きく異なったものになりました。これもまた自主制作出身の若手スタッフを集めたことによるマインドが制作に反映された結果だと思います。
後編では、Blenderによる3DCGワークと、After Effectsによる撮影ワークを中心に解説する。
INTERVIEW_沼倉有人 / Arihito Numkuara(Vook編集部)
TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
PHOTO&MOVIE_大竹大也 / Daiya Otake(D-STUDIO)
下記の特設ページにて、Wacom Cintiqシリーズのレビュー記事やその他の導入事例を公開していきます。
Vook編集部@Vook_editor
「映像クリエイターを無敵にする。」をビジョンとするVookの公式アカウント。映像制作のナレッジやTips、さまざまなクリエイターへのインタビューなどを発信しています。
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