Blender を駆使したアニメーションMV 八月のシンデレラナイン(ハチナイ)『Generic Riot!!』メイキング| Hurray! ぽぷりか

2022.07.11 (最終更新日: 2022.09.05)

スマートフォン用ゲームアプリ『八月のシンデレラナイン』に登場するキャラクターを使ったMV、八月のシンデレラナイン『Generic Riot!!』(ハチナイ)が話題だ。

このラインアートとポップな色使い、スタイリッシュな映像展開が目を引くMVは、ヨルシカの『雨とカプチーノ』MVなど多くの映像作品を手掛けるぽぷりか氏、おはじき氏、まごつき氏の3名からなる映像制作チーム「Hurray!」(フレイ)によって作成されている。

3人の役割はぽぷりか氏が外部とのやりとりとディレクション、さらに3DCGから手描きアニメーションまで幅広いクリエイティブを担当、おはじき氏はキャラアニメーションと2Dアニメ作業、まごつき氏がキャラクターデザインとコンセプトアート制作を行なっている。それぞれがBlenderを使った3DCG制作に長けており、本作でもBlenderを使って制作が進められている。今回は、「Hurray!」から代表してぽぷりか氏に話を聞いた。

八月のシンデレラナイン『Generic Riot!!』(ハチナイ)

  • ぽぷりか

    2011年から映像制作を始める。思春期、青春感のあるモチーフを特に好み、 カタルシスによる魅力を重視した手描きアニメーション作品や3DCGを併用したモーショングラフィック作品を制作する。企画提案からコンポジット、手描きアニメーション、イラスト、3DCG、楽曲制作(簡易なもの)、撮影まで一通りこなす。信条は「心の根っこは一生中学生」 https://twitter.com/POPREQ

納期いっぱいまで作り込んだ作品

──「Hurray!」は3人のクリエイターがチームとして活動する、映像制作チーかと思います。制作において、チームの役割はどのように機能しているのでしょうか。

ぽぷりか:今回のMVの制作体制は普段のワークフローとほぼ同じなのですが、クライアントとのやりとりは私の方で担当しました。コンセプトアートや画コンテ、ビデオコンテをクライアントに見せながら企画を詰めていくイメージです。

コンセプトアートについては、毎回まごつきに担当してもらっています。技術的な見極めは僕の方でディレクションを行いつつも、方向性を3人で共有して制作を進めていくという感じです。

今回、モデリングに関して、キャラクターも背景も僕とまごつきが半々ぐらいで担当したかと思います。いつもはキャラクターモデリングを私が担当するのですが、今回は他の二人にもキャラクターモデリングを経験してほしいという意図があったので、素体を僕がモデリングし、顔をまごつき、服のモデルはおはじきに担当してもらいました。

──本作の制作にかかった期間は、どのくらいでしょうか。

ぽぷりか:基本的にMV制作の仕事は3ヶ月程度で行うことが多く、本作も同じくらいで制作しました。ただ、納期の予定はもう少し余裕があったため、クオリティの向上を目指して、最大限の時間を作品作りにあてましたね。

【公式】八月のシンデレラナイン(ハチナイ)|野球型青春
本作の制作は、ゲームの開発元であるアカツキの方からMV制作の依頼がありスタートした。制作のスタートは2021年10月初頭。約4ヶ月の月日を掛けて完成に至っている(引用:https://hachinai.com/

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シンプルな空間に豪華なエフェクト

──完成されたMVを拝見すると、非常に制作する物量が多いと感じました。この制作進行にあたり、どのようなディレクションを行なったのでしょうか。

ぽぷりか:今回の企画は『八月のシンデレラナイン』に登場するキャラクター の草刈ルナと小鳥遊 柚にフォーカスしたMVです。

▲草刈ルナ(左)と小鳥遊 柚(右)

ぽぷりか:当初の予定ではこの2人だけの登場で制作が進んでいたので物量はそこまでヘビーではありませんでした。ですが、画コンテを描いていくうちに2人だけでは物足りなく感じて、桜田千代、我妻天、リン・レイファの3人を追加することにしました。

追加の3人もシルエットなどの2D素材のみの予定だったのですが、MVの流れでキャラクター同士の絡みがあった方が良いと思い、CGも作ることに。結局、5人登場させることにしました。

▲MVには草刈 ルナと小鳥遊 柚のほかにも、桜田 千代、我妻 天、リン・レイファが登場している。

ぽぷりか:画コンテを描いていくうちに、ヘルメットや帽子の有無などでバリエーションが必要になり、最終的には10体分のキャラクターモデルが作成されています。

キャラクターの量と野球のアニメーションは負担が大きくなるため、背景は作り込まないテイストにしました。

この時、まごつきには「シンプルな空間表現でも味が出ると思えるようなコンセプトアート」を描いてもらえるようにお願いしました。

▲今回の作品のコンセプトアート(引用:https://haruno168.fanbox.cc/posts/3546143 )。当初は「特殊なエフェクトとキャラクターで成立している画面」というコンセプトアートの要望をお願いしたが、最終的にはシンプルに仕上がっている

ぽぷりか:制作当初は、たくさんのエフェクトが画面に入ってくるような見せ方を考えていました。しかし、その方法だとタスクが多くなりそうだったので、3DCG側ではなくコンポジット側だけで、面白い見せ方ができないかとまごつきと話していました。

最終的には光が当たっている面は普通に面として描かれており、影側はラインの表現だけという表現になりました。

ぽぷりか:この表現であれば画面の切り替わりに背景の色が使えるので、この方向性をまごつきと擦り合わせてコンセプトアートが決まっていきました。

「グリースペンシル」によるビデオコンテの制作

──本作についてはYouTubeでビデオコンテの公開もされていました。こちらのビデオコンテついて詳しくお聞かせください。

【Vコンテ】Generic Riot!! / 八月のシンデレラナイン

ぽぷりか:本作のビデオコンテは「画コンテ用紙にコンテを描き込んでいく」という手法ではなくBlenderに搭載された作画的な機能 「グリースペンシル」 を使用して制作しました。

Blenderのグリースペンシルでコンテを描くというのは、以前からやっている方法なのですが、グリースペンシルで描いた画をカメラで撮影してビデオコンテにしています。

その前は、ビデオコンテを作る時に、これまで「CLIP STUDIO PAINT」で画コンテを描いてそれを1枚1枚After Effectsに読み込んで並べて作成していました。それだと画を描く作業と動画にする作業が切り分けられてしまい、修正や調整にかなりの手間がかかっていました。

▲コンセプトアートの制作に先立って、Blenderのグリースペンシルでビデオコンテが作成されている。Blenderのビューにフレーム毎にコマの画を描画しながら、カットの尺を調整したりカメラワークの調整を行なうことで、画コンテを描きつつビデオコンテも作成できるというとても効率的な手法だ

──ひとつのツールで完結させられるのは、Blenderのアドバンテージになる気がします。

ぽぷりか:グリースペンシルで直接描いたコマを撮影する方法であれば、カットの尺の調整も自由にできるし、描き直したければそのまま描き直して修正することもできます。作画と動画の作業が一遍にできるので、作業の効率が大幅に改善されました。

僕は基本的にMVの制作で画コンテはいらないと思っていて、ビデオコンテをみれば済むと思っています。 なので、僕は画コンテではなくビデオコンテだけを作るようにしています。

世界観に合わせたルック作り

──MVに登場するキャラクターのルックが、原作とは少々異なる印象を受けました。これにはどんな意図があったのでしょうか。

▲今回の登場キャラクターのデザイン(引用:https://haruno168.fanbox.cc/posts/3546143

ぽぷりか:キャラクターのルックをかなり変えています。というのも、既存のものを単純にカメラで撮影するというものではなく、世界観を表現したかったので、その世界観に合わせて顔のルックを変えさせてもらいました。

自分たちが表現したい世界観で映像を作っていることをしっかりと伝えたいので、世界観に合わせたルック作りはこれからも行えれば良いなと思っています。

ただ、本作はシンプルな色で構成しているMVになっているため、画面を締める色が何も無くなってしまい、何が映っているのかが分かりにくい画になってしまいます。元々はビデオコンテにあるように制服のまま野球をする状態でいきましょうという話しをしていました。まごつきからユニフォーム姿の方が良いという提案がありました。

ユニフォーム姿にすることでシンプルな背景にキャラクターのバストアップが入ってきたとき、肩の黒いラインや少し出ているスパッツ、ユニフォームであれば、服にストライプが入っているため、どんなポーズをとっても体のラインが分かるようになっています。これは元のユニフォームのデザインが良かったので、どうなっているのか分かりやすくすることができました。シンプルな画面との相性が良いユニフォームでしたね。

▲単色の服だけでは、ラインが分かりにくくなるため、服にストライプなどでラインが分かるようにしている。シンプルは表現が故に、細かい箇所で工夫をしてキャラクターと背景を共に引き立ている

アニメ的な誇張表現にはグリースペンシルも利用

──モデリングしたキャラクターモデルは、リグを追加してアニメーションの作業に入るかと思います。本作のどういった工程で制作したのでしょうか。

ぽぷりか:バットでのスイングや走ってボールをキャッチするシーンにおいては、モーションキャプチャで動きを再現しています。非常に単純ではありますが、フェイシャルリグを始め、各部位にコントローラを仕込んでアニメーションを付けやすい仕様にしています。

▲今回は野球経験者にバッティングの演技をしてもらい、そのモーションキャプチャをベースにアニメーションが付けられた。ただし、アニメーションとしての臨場感を高める上では手付け(キーフレーム)で付け直すことも積極的に行なったという。画像はバッティングのモーションキャプチャ。腕がクロスしているため、このまま使用することはできないので、手付けで修正された

ぽぷりか:表情は基本的にシェイプキーを使って作成しています。しかし、作画的なルックを見せるには口周りの表情などが難しいです。ここでは、キャラクターモデルとカメラの間に、グリースペンシルで口の形状を描画することで作画的な表現と3DCGてアニメーションを両立させています。

▲上記のシーンでは、顔の前に口のオブジェクトを配置している。さらに、同じくこのシーンでは、飛び散る汗などもグリースペンシルで描写したいる。圧倒的に効率が良いためこのような手法で制作が行われている

実際のルック作りと、「Line Artモディファイア」の活用

──ビビッドな色で配色された背景も非常にスタイリッシュな仕上がりになっています。背景も2D背景ではなく、Blenderによって3D背景としてモデリングされているのでしょうか。

ぽぷりか:そうですね。背景は全てゼロからモデリングしています。

球場に関しては僕がプリビズを作成する時にベースや白線を引いてサイズ感を決めていますが、観客やスタンドなど他の要素はまごつきがモデリングしています。

ぽぷりか:プロダクションのモデラーさんが見たらラフなモデルだと思うはずですが、Hurray!の場合はモデルのクオリティよりも見せ方で攻めていきたい考え方なので、このようなモデルでフィニッシュさせています。

なので、モデリングの時間よりも、背景の色をどういう風に組み合わせたらいいかとか、見せ方や演出を考える時間の方が数倍かかっています。

──背景の画像は3DCGだがシェーディングされた柔らかな陰影のあるルックではなく、影色と地色が単色で塗り潰された上にラインが描画されているスタイルになっているかと思います。このルックはどのように作ったのでしょうか。

▲画面が影色と地色が単色で、塗りつぶされたような画の中、しっかりと細かいラインが引かれているのが分かる

ぽぷりか:背景に描画されているラインはBlenderのグリースペンシルで描画しています。ただ、手描きでラインを描画しているのではなく、 「Line Artモディファイア」 という機能を使っています。

これはカメラから見た方向で線が描画されそうなエッジ部分にリアルタイムでグリースペンシルのラインを生成する機能です。今回はそのLine Artモディファイアを使ってこのようなルックを作っています。非常にありがたい機能なのですが、重たい処理なので、常用しづらいという側面があります。

▲「Line Artモディファイア」によってリアルタイムでラインが生成されている。カメラから見た方向で線が自動で描画される機能なのだが、リアルタイムで処理を行なうため、PCに負荷かける重たい作業で常用しづらい

Hurray!のこれからの活動

──Hurray!では3DCGの作業はほとんどBlenderで行なっていますが、創作活動にBlenderを使う利点はどこにあるのでしょうか。

ぽぷりか:まず、機能の進化が速いというのは、一番良いところです。

最近だと 「GemetryNodes(ジオメトリーノード)」 の進化が速くて良いですね。自分自身使ったことはないのですが、Houdini(フーディニ)が得意とする非破壊的で拡張性の高い制作がしやくすなってると感じています。本当に使っていて飽きないです。

それと僕の場合、無料だということでBlenderを使っているわけではなく、相手に負担を掛けにくい点が良いところでもあると思います。

例えばBlenderを使う仕事を他の人に振りたいときにBlenderであれば、導入コストなしに気軽に入れてもらうことできます。それで触ってもらって興味を持ってくれたら仕事的にも凄く良いです。

あと個人的にはNPR表現に親和性が高かったというところです。グリースペンシルの機能もそうですが、キャラクター系の処理のさせ方が他のソフトよりも好みです。

──最後に本作を制作をした感想をお聞かせください。

ぽぷりか:公開された時の、多くの方に「見たことのない映像だ!」「格好いい!」と言っていただいて純粋に嬉しかったです。もちろんクライアントにも喜んでいただけたようで、本当に良かったです。

Hurray!としては、いつも通りの制作をしているだけです。ですが、純粋に評価してもらえたと考えて、これからも変わらず、新しい表現が生み出せるように頑張っていきたいと思っています。

TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)/Hirokazu Okawara(Bit Pranks
EDIT_菅井泰樹/Taiki Sugai(Vook編集部)

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