2022年6月10日(金)から11日(土)にかけて、開催された、日本最大級の映像クリエイター向けイベント『VIDEOGRAPHERS TOKYO(VGT:ビデオグラファーズ・トーキョー)』。
この記事では2日目(11日)に行われたセッション『こころの消耗を考える クリエイターのためのメンタルヘルスケア講座 Sponsored by 6秒企画』の様子をお届けする。
「修正依頼が多くて凹む」「プロデューサーと意見が合わなくて疲れる」「周りのクリエイターと自分を比較して焦る」など、クリエイティブな仕事を進める中で出てくる悩み。
本セッションでは、クリエイティブ制作を長く健やかに続けるために役立つ5つのストレス対処法を紹介。会場ではQRコードを経由して参加者からも悩みをシェアしてもらい、こころと向き合うヒントを探っていった。
- Re(アールイー) 代表 小林宣文
統合失調症やうつ病などの精神疾患の解決に挑むスタートアップ、株式会社RESVOの元代表取締役。道半ばでうつ病を発症し、2020年2月に代表を退任。 半年間の療養を経て、自身の闘病記『メンタルヘルス領域のスタートアップ代表がうつ病で退任した話』をnoteに公開。スタートアップCEOのメンタル不調対策や予防に向け、様々な起業家や投資家にシェアされる。 2021年12月、挑戦する人のメンタルヘルスを支援する団体、Re(アールイー)を設立し、経営者、フリーランスの人を中心にメンタルヘルス面の支援を開始。現在はReの活動と並行して、複数のスタートアップに参画し、経営・事業支援も行う。
- Motion Designer / Editor白戸 裕也
大手制作会社にて、テレビCM・WebCM制作等を経験。2016年よりABEMA、2019年より6秒企画に参加。モーションデザイナーをはじめ、エディター、コンポジターを務める。映像系イベントにも多数登壇、記事も執筆している。
- inaho Film代表 / ビデオグラファー 伊納 達也
東映シーエム株式会社で制作進行として勤務後、2014年から株式会社umariにて様々なソーシャルプロジェクトの映像ディレクションを担当。その後inaho Filmを設立し、2019年からは栃木県鹿沼市にスタジオを移して活動中。
ストレスの内容を6つに分類
ストレスとひと口に言っても、その内容は多岐にわたり、効果的なアプローチも異なってくる。そのため本セッションではまず、ストレスを感じる瞬間と内容を6カテゴリに分類した。
ストレスを「クリエイティブとの向き合い」、「外からのプレッシャー」、「コミュニケーション不足」、「経済的な不安」、「体力的な不安」、「将来的な不安(漠然としたもの)」の6つに分類。
「クリエイティブとの向き合い」に関するストレスの例
「外からのプレッシャー」に関するストレスの例
「コミュニケーション不足」に関するストレスの例
「経済的な不安」に関するストレスの例
「体力的な不安」に関するストレスの例
「将来的な不安(漠然としたもの)」に関するストレスの例
ストレスに対処できる考え方を身につける
ストレスを6カテゴリに分類できたところで、小林氏が具体的な対処方法を紹介。アプローチ方法について、それぞれ具体的な説明がされた。
ストレスへの対処のヒント
①リフレーミング
まずは「リフレーミング」。これは認知行動療法から来た方法で、自分の視点では「ノー」と感じることも、他の視点で見ると意外と「アリ」な場合があり、それを意識的にやっていくというもの。
「周りに自分の上位互換しかいない」といった自分に対してマイナスイメージを持ってしまう場合に、「認知」、「切り替え(フレーム)」、「行動」という3つのステップで回避する。
この例で言うと、「上位互換しかいない」(認知)というのは、逆に「それだけロールモデルがいる」(切り替え)と考えることができる。よって、「今日はこの人から何かを学んで持って帰ろう」(行動)というように、回避の流れを作ることができる。
もちろんすぐには変わらないため、何度もこのステップを踏んで少しずつ変えていく。
別の例として、「自分の作りたい作品のイメージに、技術力とか実力が追いついてない」(認知)、「のびしろがある」(切り替え)、「具体的に何が足りてないか書き出し、小さい行動に落とし込んでやっていく」(行動)というパターンも紹介された。
「切り替え」はつまり”別の視点”ということであるため、友人など親しい人に発言してもらうことも有効だと話す小林氏
②アサーション
次は「アサーション」。これは人とのコミュニケーション(アサーティブコミュニケーション)のことで、自分の思いをしっかり伝えるスキルという意味合いだ。
人とのコミュニケーションは、相手に話をしてもらう「相手本意」と自分が話したいことを話す「自分本位」のバランスが常に揺らいでいる状態だが、その2つの状態のバランスを調整して落ち着けるのが「アサーション」だ。
具体的には、自分と相手の割合をスカウターで見るように10段階評価し、今の数値はどうなっていて、それをどのくらいの数値に落とし込んで「相互尊重」に持って行くかを自分で考えながらコミュニケーションをする。
高圧的なクライアントが喋っているときは、自分:相手が0:10。「譲れない部分もあるが、5:5とまでは言わない、ここは譲れるから自分:相手が3:7ぐらい」であるとか、「クリエイターとしてこれは譲れない。仕事的に相手のことも考慮して自分:相手が7:3ぐらい」など、大まかな狙いを定めて落とし込んでいく。
このスキルを使ったコミュニケーションの効果として、「数値を念頭に自分はこうだって言ったら、実は相手は全然悪気がなくて、あっさりとわかったと引くこともあります」と小林氏。言うべきことは言うというスタイルになるため、コミュニケーション不足の解消にも効果的だ。
③ストレスコーピング
ストレスには種類があり、適切な対処方法が異なる。ストレスコーピングとは「ストレス対処」という意味で、主にストレッサーとの「対決」、どうしようもないものの「回避」、そして対決も回避も難しいため一旦忘れる「発散」という3種類に分類できる。
このうち「発散」は、例えば納期が2日後であるとか、それが終わったらストレスがなくなる場合に使用できる。逆に期限が決まっていないストレス、「これを片付けなければもうやばい」といったものには「発散」は使えず、単に負債が溜まってしまうだけとなる。
そのため、その無期限なストレスに対しては「対決」または「回避」を選ぶ。「対決」してダメだったら「回避」に切り替える。
こうした分類を頭に入れておくことで、現在抱えているストレスを分析し、対応を考えることができるようになるという。
小林宣文(以下、小林):
疲れていてストレスを感じているとき、YouTubeをだらだら見ていた場合、何かストレスを発散してるようで発散できていないと感じることはありませんか。そういうときは、『発散』ではなくて『対決』か『回避』で対処した方が良いんです。
先のストレスの分類「外からのプレッシャー」で「現場で人間性を否定されるくらい怒られる」の場合、フリーランスであれば「対決」を選ぶことができる。案件を切ってしまう、あるいは値段を上げるといった対処だ。
または、ブラック企業に身を置いてしまった場合に、変わりそうだと感じて労働争議や訴訟を起こすのが「対決」。どうしようもない場合は、「発散」では単にメンタルを不調にしてしまうので「回避」だ。
白戸裕也(以下、白戸):
僕は普段広告をメインで作っていて、やはりタイトな納期だったり、作ったものを根本からひっくり返されたりということがあります。そういうことがあると辛いのですが、これで言うと「発散」や「回避」をしても解決できない、ということなのですね。
④ビジネススキル
ビジネススキルについては「メタ認知」と「対応範囲を設定」のふたつを紹介。
「メタ認知」は、周囲のクリエイターと比べて落ち込んでしまうなど、マイナス思考に落ちてしまった際に、事実ベースや客観視点でどうなのかを俯瞰して見ることで、自身の認知の歪みを知るスキル。
自分が成長していないと感じたときに、例えば学生の頃のポートフォリオを見直せば、事実として成長していることがわかる。
小林:
このスキルも友人など親しい人に言ってもらうのもオススメです。
例えば、飲み屋で「大丈夫大丈夫」と言ってもらうのではなくて、「いや、あなたはこれとこれを納品してるじゃん。ここまでできてるじゃん」と、具体的かつ客観的に指摘してもらうのが良いでしょう。
「メタ認知」スキルは、ストレスがかかるところに対して使ってみると、意外と大丈夫だったとか、気にしすぎだったということも多いそうだ。
次の「対応範囲を設定」は、極端な話では「無料でお願いします」といった案件や、リテイクが多すぎる案件などで、対応できる範囲を自分で先に決めておくというもの。
特にリテイクや混ぜ返しについては、撤退ラインを決めてそこから1ミリでも超えたらNOとしておく。そうすることでいざそのときが来たら、NOと言えるところでズルズルと行かず、対応範囲を設定したときの自分と相談するということでいったん引くことができる。そして熟考して結論を出せるため、無駄な疲弊は避けられる。
伊納達也(以下、伊納):
フリーランスでもなかなか来た案件を断るとか、会社員だったらさらに、お願いされたこと断るって難しいとは思うんです。せっかく作ってくださいって言ってくれてるのに、できませんって言うのも悪いみたいな。
できないことはできないって言うことがお互いの幸せのためだと気づいてからは、ちょっと気持ちが楽になりました。
映像制作者の視点で、実体験を基に悩みやストレスへの向き合い方を語る伊納氏と、白戸氏
⑤外部との連携
メンタルの不調を感じたり、悩んだりするときには、意外だが他の人を頼ったり弱みを見せることを極端に嫌う傾向がある。しかし「行政」や「専門家」、「周りの人」といった外部に頼るストレス対処の道もあることを知っておくべきだと小林氏。
また、心療内科などの医療機関に対するハードルの高さを感じている人は多い。
白戸:
知り合いの会社員に、辛いときどうしたらいいのかわからないと相談されたことがあったのですが、心療内科とかに行くと、会社にバレるんじゃないか、変な目で見られるんじゃないかという不安を抱えていました。その辺りはどうなのでしょうか。
小林:
まず、心療内科や精神科に行ったことが会社にばれることはありません。会社にばれたくないということで自費診療で受けている人もいますが、基本的には組合などのデータベースに残るだけで、会社には伝わりません。
また、心療内科や精神科はどうしてもハードルの高い病院というイメージがつきまといますが、実際は一般の病院と同じです。
医者だけでなくてカウンセラー的なソーシャルワーカーさんもいて、そういう方にちょっと悩みを話せたりしますし、薬も常に処方されるわけではありません。薬を飲むほどではないけど相談に来ましたって行っても病院は全然OKですよ。
伊納:
周りの人を頼るというのはすごく大事です。共通の悩みとして多いのが、同業者が周りにいないケースですよね。だから僕としては、こういうイベントやワークショップに積極的に参加して同業者の仲間を作ってほしいと思います。
それぞれのケースで何ができるか考えてみよう
セッションの締めくくりに、自分やチームメンバーがこころを病んでしまったらどうすべきかについて小林氏からアドバイスがあった。
小林:
まずは周りが気付くんです。自分は普通だと思っていて、ある一定のところまでは元気なんですけど、急にもう無理となる。
本人は、明るく振る舞ってるときからずっと元気だと勘違いしています。だからチームメンバーがこの人やばいなと思ったら、『いや、ちょっとやばくない?』と言えるような、心理的安全性を持ったチームを作ると安心ですね。
小林氏はまた、「ちょっと危ないって自分で思えるときは、既にもうかなりやばいときなんです」と話す。
そのため、周囲が気付いたときに言える環境作り、チームや会社であれば週1、月1にでもメンタルヘルスについて気軽に話し合う習慣付けをしてほしいとのことだ。特に忙しいときには、メンタルヘルスについて振り返らないことが多いため要注意だ。
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以上が、VGT2022 カンファレンスセッション『こころの消耗を考える クリエイターのためのメンタルヘルスケア講座』セッションレポートとなります。
他のセッションの様子は下記リンクから。
【河津太郎 × 今村圭佑】「撮影監督」トークセッション。撮り方からキャリアパスまで、幅広く語り合う。|VGT2022
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TEXT_kagaya(ハリんち)
EDIT_山北麻衣 / Mai Yamakita(Vook編集部)
PHOTO_梅田幸太 / Kota Umeda
Vook編集部@Vook_editor
「映像クリエイターを無敵にする。」をビジョンとするVookの公式アカウント。映像制作のナレッジやTips、さまざまなクリエイターへのインタビューなどを発信しています。
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