映像の表現幅を広げたいという思いの下、10年ほど前からBlenderを自ら扱い始めた荒船泰廣監督(EPOCH)。
自ら3DCG・VFXワークも手がけることによって、予算などの制作条件を凌駕したビジュアルを創り出すという、独自の作家性を確立させている。
2年ほど前から、絵コンテもフルデジタルで描くようになったそうだが、今回は液晶ペンタブレット「Wacom Cintiq 16」を1週間ほど試用してもらい、自身の制作スタイルの新たな可能性を模索してもらった。
結論から述べると、Blenderのグリースペンシルで絵コンテを描くこと、そこへさらに「Wacom Cintiq 16」を用いることによって、思い描いたイメージを即座に映像化できることに、確かな手応えを感じたそうだ。
©本郷あきよし・東映アニメーション ©BANDAI
荒船泰廣/Yasuhiro Arafune
1984年生まれ、埼玉県出身。日本大学藝術学部写真学科出身。
学生時代よりフリーの映像ディレクターとして活動を始め、2012年に株式会社KEYAKI WORKSに所属する。2018年に独立し、EPOCH Inc.へ所属。VFXを用いたスケール感のある演出を得意とし、SFやホラー、格闘アクションといったサブカルチャー由来のモチーフをベースに、メジャー感のあるポップな映像として仕上げる手腕に定評がある。
"可愛いものはより可愛く、カッコいいものはよりカッコよく" がモットー。
www.epoch-inc.jp/member/arafune/
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Wacom Cintiq 16を用いることで、レスポンスが向上
液晶ペンタブレットの利便性は、紙に描く感覚でデジタルイラストなどのデジタルコンテンツを創作できる点にある。
特にWacom Citiqシリーズは、優れたペンの追従性をはじめとするハイクオリティな描画ができることから、イラストレーターや漫画家、デザイナーたちから高い支持をあつめている。
近年は、アニメーションなどの映像制作への導入も進んでいるが、実写VFXをメインフィールドとする荒船監督は今回、BlenderワークにWacom Cintiq 16を使ってみたという。
EPOCH 荒船泰廣監督(以下、荒船監督):
以前から興味のあったBlenderグリースペンシル機能を使ってみたかったので、Blenderで絵コンテを描いてみました。
以前に、板型のペンタブレットを試したことがあったのですが、描く用途には使いづらさを感じました。
Wacom Cintiq 16なら、画面を見ながら描けるので絵コンテ作成に適していますね。
▲ Wacom Cintiq 16を使い、Blender上で描いた絵コンテをそのままビデオコンテに仕上げる様子
荒船監督:
シンプルに、操作に対するレスポンスが速くて、感覚的に使える点も良いと思いました。
絵コンテだけでなく、CG・VFX制作の途中では、上がってきたショットに対して、直接修正指示を描き込むことも多いので、レスポンスはやっぱり大事ですね。
Blenderを使えば、絵コンテをシームレスにビデオコンテ化できる
▲ グリースペンシルを用いてBlender上で描いたコンテの各コマ。Viewport上に直接描き込んでいく
▲ Blenderのタイムライン編集機能や3Dカメラを組み合わせれば、手早くビデオコンテに仕上げられる(UI・右側:カメラビュー/UI・左側:パースビュー)
荒船監督:
絵コンテ作成をデジタルに切り替えても、それをビデオコンテにするには描いたコマをPremiere Proなどに読み込んで映像編集を行う必要があるわけですが、Blenderを使えば、画面下部のタイムラインでキーフレームを打ちながらキャンバスに描いていけることにも魅力を感じました。
つまり、Blenderを使えばコマを描くこと(=ドローイング)と、映像編集を同時並行で行えるわけです。
さらにサウンド素材も読み込めるし、3次元的なカメラワークも自由に付けられます。
思い浮かんだアイデアを手軽に試しながら、演出を決めていけそうだなと思いました。
絵コンテを簡易的なプリビズにも転用できる
▲ コンテをそのまま利用して、カメラワークのイメージを伝える資料も簡単に作成できる
コンテのコマを構成する要素を描きつつ、カットの並び替えや、カットの尺調整も思いつくままに行えるメリットは計り知れないという。
Blenderの「グリースペンシル/grease pencile」とは、Blenderの3D空間上に手描きの感覚で描画できる機能である。描いたものは3Dまたは2Dとしてオブジェクト化できるほか、フレーム単位で描画することも可能だ。
▲ グリースペンシルで3D空間に描画した例
▲ グリースペンシルが初めて搭載されたバージョン2.8のローンチに合わせてショーケースとして公開された短編アニメーション『HERO』
実は、荒船監督がグリースペンシルを本格的に使ったのは今回が初めて。その実力に驚かされたという。
荒船監督:
グリースペンシルは思っていたよりも便利に使えますね。PhotoshopやProcreateで描くのとそんなに変わらない感覚です。
絵も描きやすいし、フリーハンドで描いてそれを整理するとか、手描きの強みを補強してくれる機能がたくさんあるようなので、まだほんの入口ぐらいしか触れていませんけど、使い込んで自分としてのやり方を洗練させていきたいと思います。
絵コンテに、3DCG素材を手軽に利用できる
Blenderで絵コンテを作成するメリットはグリースペンシルだけではないと、荒船監督。
荒船監督:
例えば、Megascansからアセットをインポートしてカメラを付けて、コンテの絵を挟んだり切り替えたりして、「こういうカメラワークにしたいんだけど?」と、手早く作成したアニメーションを見せながら説明するといったことが可能になると思います。
▲ Megascansから岩肌の背景モデルを読み込んで、ビデオコンテに利用してみた
荒船監督:
絵コンテをデジタルで描くようになって気づいたのですが、コンテをタブレットで描いて、そのデータをPCに読み込む……みたいなハードウェアをまたいだ作業はけっこう面倒なんですよね。
それが今回は、1台のPC上でシームレスに作業することができて快適でした。
プリビズまでなら、背景はボックスなどの簡単な形状を組み立てるだけでもイメージできたりすると思うのですが、僕の場合は、市販アセットを加工して、できるだけ最終的な仕上がりをイメージできる状態で作成するようにしています。
逆に、人物などのキャラクターについては3Dモデルにポーズを取らせようとすると、ちょっとした動きでもわりと手間がかかるので手描きで(2Dで)済まてしまった方が早いですね。
実際にプリビズをよく作成しているので、Wacom Cintiq 16を使って、直接画面に描きつつタイムラインの編集やカメラワークも調整できると、絵コンテ/ビデオコンテの作成時間を大幅に短縮できそうだと思いました。
Vコンやプリビズ用に背景などのアセットをどの程度準備するかは、その時点でのプロジェクトの進行具合に合わせて柔軟に調整できる。
フォトリアルな背景セットが出来上がっていれば、それをシーンに読み込んでカメラワークを付ければ良いし、背景が何もない状況ならサッと描いてしまえば良いわけだ。
より良いクリエイティブワークのためには、デバイスにもこだわる
3面のマルチディスプレイで構成している荒船監督の作業スペース。
以前はデュアルディスプレイ構成だったそうだが、キャリブレーションモニターを導入したのを機に、既存の2枚と合わせて3画面にしてみたところ、使い勝手が良かったということで現在に至っている。
増やした結果には満足しており、効率アップを実感しているという。
通常、左のモニタにはプレビューを表示し、中心的に操作を行うタイムラインなどを中央のモニタに、After Effectsのエフェクトコントロールなど、時折操作するパネル類を右のモニタにと表示範囲を分けて使っている。
そして今回のレビューでは、Wacom Cintiq 16を導入したことで4画面になったが、その感想を聞いてみた。
荒船監督:
ここ(自身の手元)にモニターが追加されたことによるワクワク感がすごいです。僕はガジェット好きなので、モチベーションが上がりますし、作業が楽しくなりました。
▲ 『デジモンプロジェクト2021』のシーンファイルを、Cintiqで扱う様子
©本郷あきよし・東映アニメーション ©BANDAI
なお今回のレビューでは、2つのサイドスイッチを備えるWacom Pro Pen 2が用いられたが、荒船監督のマルチディスプレイ環境の場合、3つのサイドスイッチを備えるWacom Pro Pen 3Dの方がより便利だという。
Blenderでは3Dビューの操作に欠かせないマウスの中クリック、コンテクストメニューやアトリビュート設定に欠かせない右クリック、そしてCintiqの「マッピング画面切り替え」機能をそれぞれペンボタンに割り当てて使いたいからだ。
マルチディスプレイ環境では、この機能により接続されている全ディスプレイを操作対象にしたり、他のモニタに切り替えたりすることも可能だ。
荒船監督:
マウスで操作するよりも簡単に手元を切り替えられるし、今回試してみて 大半の操作をWacom Cintiq 16だけでできそうだと思いました。
実際に導入するのであれば、Wacom Pro Pen 3Dにして、サイドスイッチの1つに、この切り替えを割り当てたいです。
ちなみに荒船監督は現在、肩凝り対策として、左右分離タイプのキーボードを使用している。
荒船監督:
普通のキーボードだと姿勢に無理が出るというか、両肩が真ん中にギュッと寄ってしまうため、負荷がかなりかかってしまうそうです。
このキーボードを使うと肩が自然に開くので、ちょっと楽になった気がします。
▲ エルゴノミクスの観点から、左右分離型キーボードを導入
今回、Blenderによる絵コンテ作成にWacom Cintiq 16を取り入れてみて、荒船監督が追求するシームレスなワークフローをさらに発展できる手応えを感じたそうだ。
荒船監督:
僕の場合、緻密なイラストを描くわけではないので、このくらいコンパクトなの方が、PC全体の操作も含めてやりやすいですね。
欲を言えば、個人的にはむしろもうひと回り小さいモデルがあったら良いなと思ったりもしましたけど(笑)
最近は、絵コンテからそのままビデオコンテの作成に入ったり、プリビズから本番のショットワークにそのまま入るといったことが増えてきました。
そうした意味でも複数のツールをまたがずに、集中力を途切れさせずに画づくりを行えるようにしてくれる、デバイスやサービスはいつでも大歓迎です。
INTERVIEW_沼倉有人 / Arihito Numakura(Vook編集部)
TEXT_kagaya(ハリんち)
PHOTO_山﨑悠次 / Yuji Yamazaki
「Wacom Cintiq × Blender」特設ページにて、Wacom Cintiqシリーズのレビュー記事やその他の導入事例を公開中です。
Vook編集部@Vook_editor
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