2022年7月3日(日)、SNSに投稿された一本の動画『Unstable Jenga』。
ブロックを天辺に乗せた途端にぐらつき、「ああ倒れる!」と成り行きから目が話せなくなったところで、ジェンガが酔っ払いのような千鳥足で歩き出し、なんとかバランスを取り直す。
予測のつかない展開と、フルCGとは思えない実写レベルのクオリティから、世界中で拡散されたVFX動画だ。
Unstable Jenga #shorts - YouTube
学生として日々映像制作について学ぶ傍ら、ハイレベルな自主制作の作品を日頃SNSに投稿し話題を呼んでいるクリエイター、Kei Kanamori氏にユニークな発想の着眼点や制作秘話について聞いた。
Kei Kanamori
デジタルハリウッド大学在学中の、20歳の3Dアーティスト。高校生の頃にBlenderを使い始め、現在はMayaをメインに用いた自主制作作品を各SNSでブレイクダウン動画と共に日々投稿している。
Twitter:https://twitter.com/kei_kanamori
Instagram:https://www.instagram.com/keik._cg/
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC_nXYsoBgmUsea9i7_jFJLA
ものづくり好きの高校生が、Blenderに出会う
デジタルハリウッド大学に通うKei Kanamori氏。幼い頃から洋画が好きでCGを使用した映像作品には馴染みがあり、高校2年生の初めにBlenderに出会ってから独学でCGに取り組み始めた。
Kei Kanamori(以下、Kanamori):昔からものづくりに好奇心を持っていて、小学生の頃は折り紙が、中学生の頃は粘土造形が好きでした。そのためか、Blenderは「PCの中で折り紙をしているような感覚」で自然と惹かれ、夢中で触っていたらいつの間にか使えるようになっていたという感じですね。
例えば、折り紙や粘土などのリアルな造形では直角に作りたくても限界があるけど、CGなら角度90度と数値を入れればきっちり作れますよね。性格的に完璧主義者みたいなところがあるので、そういった点も自分にぴったりハマったんだと思います。
大学入学に進学後は、授業で使用するMayaがメインツールとのことだが、現在はNukeやHoudiniなども独学で習得中だ。
『Unstable Jenga』をはじめとし、SNSで3DCG動画の評価を得ているKanamori氏だが、作品を投稿するきっかけとなったのは、2021年に開催されたデル・テクノロジーズ主催、CGWORLD企画・運営の3DCGコンテスト「ステイホームVFX」だった。
Mayaにルービックキューブを投げ入れ、Hypershadeを使って色を揃える動画『How to Solve a Rubik's Cube in Maya』を投稿して応募したところ、国内外から反応があった。
学生部門で2位を受賞。自由に色を変えたりできるCGの楽しさが伝わってくる動画だ
Kanamori:自分が作った作品を初めて目に見える形で人に評価してもらえたことに、とても喜びを感じました。それ以降、Twitterを中心に作品を投稿するようになりました。
Instagramのアカウントでは2.4万人ものフォロワーを抱えるKanamori氏だが、SNSは基本的に海外向けに使用しているという。
Kanamori:海外の映像業界にも注目しているので、SNSでの発信やCG関連の情報収集は基本的に英語で行なっています。特に支持しているクリエイターさんがいるというわけではないのですが、「これカッコいいな!」と思うCGは大体DNEGが作っている印象です。クリストファー・ノーラン監督とか。
卒業後の進路にはまだ迷いがあるが、海外のプロダクションで映画のCGアーティストとして働くことをひとつの目標としている。そのため、映像制作と同様に英語の習得にも力を注いでいる。
Kanamori:ハリウッドに対する憧れがずっとあります。ただ、海外のプロダクションは基本的に分業化されているので、応募する場合は、”モデリング専門”や”合成専門”のように、自分の専門分野を持っていなくてはいけないんです。
僕は ”ひとりで何でも作れてしまうCGの面白さ”を楽しみたいという思いがあるので、現時点ではまだ専門を決めきれていません。自分の性格に合った働き方を優先するなら、ジェネラリストとしての道に進むのも選択肢だなと、まだ進路については悩み中です。
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倒れそうで倒れない。酔っ払いの千鳥足とジェンガの共通点に着眼
『Unstable Jenga』のアニメーションは、実は大学の授業の課題用に制作したもの。モーションキャプチャを実践する授業で、各自アクターに好きな動きを指示してキャプチャを行うという内容だった。
Kanamori氏がアクターに依頼したのは、「酔っ払った人が、千鳥足で倒れそうになっている動き」。
手付けのアニメーションでは重心移動の表現が難しいことが体感的にわかっていたため、酔っ払いのような不安定で不規則な重心移動はモーションキャプチャならではだと考えてのことだ。
収録した動きが気に入り、このデータをどうやったら活かせるかを考え、「倒れそうで倒れない不安定な動き」=「ジェンガ」と、思いついたのが制作のきっかけとなった。
Kanamori:動画を作る上で、意外性を大切にしたいという思いが常にあります。ジェンガが酔っ払った動きをするという”意外性”を最大限に伝えるにはどうすれば良いか考えながら、アイデアを具体的に詰めていきました。
『Unstable Jenga』に限らず、日頃Kanamori氏がインスピレーションやCGの知識を得るために参考にしているサイトのひとつに、「CorridorCrew(サムとニコ)」というYouTubeチャンネルがある。
Kanamori:特に参考にしているのが『VFX Artists React』というシリーズです。CGアーティストたちが実際の映画のVFXを見て、”ここが上手い”、”ここがイマイチ”といったことを語っている動画です。ツールのチュートリアルなどではなくて、概念的なところをたくさん教えてもらっています。
ただ良し悪しを言うのではなく、「こうだから良い」や「こうだからあまり良く見えない」と具体的に話しているので、考え方の参考になります。英語の勉強にもなりますし、ぜひ見てみてください。
ハリウッド映画のCGシーンについて批評する人気シリーズ
『Unstable Jenga』ブレイクダウン
動画を投稿後、Twitterでは再生回数886万回以上、さらにLee Unkrich氏やAndrew Price氏など、CG界隈で知名度の高い人物からも引用リツイートを得ている。
過去に実写合成で『How to Solve a Rubik's Cube in Maya』や『A double layout back with a full twist』を制作しているが、本作を実写合成で制作するとなると、何度もジェンガを積み上げて崩してを繰り返し、テイクを重ねなくてはならない。それは非効率と考え、フルCGでの制作を選択した。
Kanamori:どこで実写とCGを切り替えたらバレないかを考えるプロセスが好きで、これまで実写合成の作品をメインに制作してきました。今回のこの動画も実写合成の作品に見せかけて実はフルCGで、”そうくるか!”と、意外性を持たせられるように、細部まで徹底して作業を進めました。
制作期間は約2〜3週間。作品に詰め込んだKanamori氏のオリジナリティを中心にメイキングを掘り下げて見ていく。
モデリング
エンバイロンメントに使用したアセットのうち、机や椅子などは自身でモデリングし、机の上のヘッドフォンなどの小物はPoliigonから購入した。
カーテンのモデリングには、Blenderのクロスシミュレーションを使用。本作は基本的にMayaで作業を行なっているが、クロスについてはBlenderの方がクオリティが高いと感じており、そこだけはBlenderで作成している。
ジェンガやUNO、トランプの箱は立方体プリミティブにスキャンしたテクスチャを貼り付けている。ゴミ箱はiPhone用LiDARアプリ「Polycam」を使用し、自宅のゴミ箱をフォトグラメトリーでモデリングした。
冒頭に登場する手首のモデルは、3dscanstoreから購入した「MALE 3D HAND MODEL / ASIAN 20 YEARS OLD」を使用。
別プロジェクト『Calligraphy Brush Rig』のためにスキニングをしてあったモデルをそのまま利用した。
リグ
ジェンガのリギングはめり込みが激しい部分への対応を中心に調整。
Kanamori:どうしても一番下のピースが机にめり込んでしまうのが気になったので、そこにはめり込みを防ぐリグを作成しました。ほかの部分でもピース同士がめり込んでいる箇所が多くありますが、ある程度はモーションブラーで見えなくなるので、特に目立つところを中心に、ひとつずつ調節しました。
ジョイントにMayaのコンストレイント機能を使ってジェンガを固定。腰などの関節にあたる部分には、曲げるための空間がある程度できるように工夫してジェンガを積み上げている
足が地面にめり込まないようにリグを作成
カメラワーク・ノイズ
今作では、カメラワークにもこだわったと語るKanamori氏。作品冒頭ではジェンガを積む指先が映り、続くジェンガが倒れそうな場面では、撮影者が「倒れる!」と思った直後に予想外の動きが発生したことで、ジェンガが大きくフレームアウトする。
カメラのアニメーション作業の例。ジェンガの動きにカメラが遅れて、大きくフレームから外れている。画面左側の円形がカメラのフォーカスのポイントで、リアリティを意識して時々被写体からずらしている
Mayaのエクスプレッションでノイズを入れることで、ジェンガを積む指先の震えを演出。さらに、千鳥足のジェンガの動きを追いかける手元に説得力を持たせるために、カメラの手ぶれもノイズで表現している。
アニメーション
アニメーションでは、モーションキャプチャーの動きのデータをジェンガに移す際に、手作業での修正作業にかなり時間をかけて取り組んだと自信を持って語る。
Kanamori:全体の動きのテンポを良くするために不要な動きをカットしたり、より面白くするために動きを誇張したり、細かく調整しました。さらに今回はジェンガに腕が生えていないという設定にしたので、元のモーションデータで腕を使って重心移動をしていた部分などは、上半身全体を使って重心移動しているように修正しました。
白が元のモーションデータ、緑が修正後のデータ
ライティング
ライティングはHDRIを使用しているが、”リアルさ”を表現するためのKanamori氏ならではの工夫も施している。
Kanamori:家で起きたことという設定なので、360°カメラで自分のリビングルームを撮影したHDRIを使っています。あえて整っていない家のライティング環境をCGの中でも再現しているので、あまり映えない影の落ち方になっていますが、それは意図したものです。
画像(上)がPoly Havenからダウンロードした綺麗なHDRiによるライティング、画像(下)がKanamori氏があえて自作した、あまり綺麗でないHDRiのライティング
レンダリング
レンダリングはArnoldを使用。理由としては、大学の授業で使っていることと、海外の映画制作でよく使用されていること。また、速度面でのメリットを感じているため、GPUレンダリングを使用している。
コンポジット
コンポジットにはNukeとAfter Effectsを使用。Nukeでは、基本的なコンポジットに加えて、レンズのディストーションとノイズを乗せた。After Effectsでは最終的な色味の調整を「自動カラー補正」機能で行なった。
Nukeでの作業の様子。額や部屋の角の線の歪み具合を確認しながらレンズディストーションを調節している
Kanamori:サウンドについては、実際にジェンガを使い、各種プロップから出る音をスマホで録音してPremiere Proでエディットしました。作品にリアリティを持たせるための大切な要素のひとつとして、こだわりを持って制作しました。
”自分にしか作れない動画”を、自問自答しながら作っていきたい
Kanamori氏は現在、自分だからこそできる表現として、中学から習っていた書道をテーマにした映像の自主制作を進めている。
筆のリグ。シミュレーションで筆の毛の動きを再現するのではなく、毛が広がったりねじれたりするのも全てリグとして作っているため、本物の筆の動きを意図した通りに再現できる
筆のアニメーションの様子。完成次第、Houdiniで書道と流体シミュレーションを融合させる作業を始める予定だ
Kanamori:今回の『Unstable Jenga』や少し前の『A double layout back with a full twist』は、訳のわからないネタですが生活の中でパッとアイデアが出てきたものです。
ただ、そのアイデアが出てきたときに、「それは自分じゃないと作れないものなのか?」ということを自分自身に問いかけるようにしています。全てのアイデアが面白いわけではないので、そこで納得できるもののみ作っています。
誰も見たことがないような作品を作りたいという想いが根本にずっとあるので、今回の動画のような”意外性”をこだわりのひとつとして大切にしながら、これからも制作をがんばりたいです。
Kanamori氏の今後の作品制作にも大いに期待していきたい。
INTEREVIEW_沼倉有人 / Arihito Numakura(Vook編集部)
TEXT_kagaya(ハリんち)
EDIT_山北麻衣 / Mai Yamakita(Vook編集部)
Vook編集部@Vook_editor
「映像クリエイターを無敵にする。」をビジョンとするVookの公式アカウント。映像制作のナレッジやTips、さまざまなクリエイターへのインタビューなどを発信しています。
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