ここ数年はメタバースがホットなトピックである。コンピュータネットワークに構築された3Dの仮想空間を扱うサービスは、多くの関係者から次の産業の可能性を期待されているからだ。
特に世界のSNSの大手・旧Facebookが大規模にメタバースへ取り組み、社名をなんとMetaに変更してしまったニュースは、そんな可能性に期待する代表的な事例と言えるだろう。
そんなメタバースを取り巻く技術やビジネスの動向は、実際のところどうなっているのだろうか?
CEDEC 2022では、講演「メタバースの激流とXR業界のイマ」にて、そんな動向をまとめたお話が公開された。
ZOZOの諸星一行氏(技術戦略部 創造開発ブロック長)と、MyDearestの中地功貴氏(Unity / VRエンジニア)がスピーカーとなり、XR業界の状況が語られた。
ここ1年のXR業界で起きたこと
まず諸星氏は冒頭で、XR業界の動向について簡単に紹介をする。XRとはVRやAR、そしてMR(複合現実)といった技術を総称する言葉である。メタバースもこの技術に含まれたものだ。
日本のXR業界は、2020年に発生した新型コロナウィルスの影響もあって、奇しくも広がるきっかけになった。さらに冒頭で取り上げたMetaの取り組みも拡大を後押しした。本講演はそうした背景を元に、2021年から2022年の夏まで1年間におけるXR業界の動向をまとめたものである。
▲ 2021年8月から2022年9月までの国内外の業界トピックをまとめたスライド
まず中地氏は大まかな業界動向をふり返った。
興味深い大きなトピックとして『Ingless』、『Pokémon GO』を開発・運営するNianticが3Dスキャンアプリ「Scanverce」を買収したことや、東京都がデジタルツイン実現プロジェクトなどを解説したことが挙げられた。
▲ 過去1年間のXR関連技術トピック
中地氏のふり返りでも、やはり大きいのは旧Facebookが2021年10月に「Connect 2021」を開催し、社名をMetaに変更したことである。
この月を境にして、様々な企業がメタバースへ注目していく流れが加速していったという。
▲ 2021年10〜12月にフォーカスしたXR関連の業界動向など
▲ 2022年1〜3月にフォーカスしたXR関連の業界動向など
2021年に本格的にメタバースのムーブメントが始まり、2022年に入るとさらに広がっていく。
NianticがWebAR開発プラットフォームのリーディングカンパニーである8th Wallの買収して業界に激震が走り、国内でメタバース関連の一般社団法人が続々と立ち上がり、イベントの開催を行なった。
▲ 2022年4〜6月にフォーカスしたXR関連技術トピック
▲ 2022年7月にフォーカスしたXR関連技術トピック
また、『にじさんじ』で知られるANYCOLORが東京証券取引所グロース市場に上場したことが話題になったり、群馬県がメタバースワールドの企画公募したりする事例が見られた。
▲ 2022年4〜6月にフォーカスしたXR関連の業界動向など
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ハードウェアの動向
続いてXRデバイスのハードウェアの動向を紹介。まず全体とし世界的な半導体不足や輸送、そして国内においては円安の影響を受けているという。
VRでは「Meta Quest 2」が絶好調であり、PS VRやValce Indexといったハードが続いている状況。
現在、VRではスタンドアローンで使用できるハードに6 Dof、Inside-Outの組み合わせが昨年からスタンダードになっているという。そのほか、ハンドトラッキングが普及し始めている状況とのこと。
一方、ARでは眼鏡型デバイスが少しずつ増え、スマートフォンと有線接続するものが多いという。
直近の1年間でのVRやARのデバイスでも様々なものがリリースされた。
スマートフォンに接続するタイプのデバイスが多く、有線接続からPCにも接続できるもののほか、いわゆるハコスコなどのケースが見られる。
XR関連デバイスも多くの製品がリリースされた。
Metaがリリースした写真が撮れるサングラスの「Ray-Ban Stories」や、フルトラッキングモーションキャプチャシステムであるUni-motionの製品版などがリリース。
また興味深い製品としてタカラトミーの「ムゲンヨーヨー」という、ARフィルターを組み込んだおもちゃなどが挙げられた。
各デバイスの販売台数予測では、まず予測に使っていたデータ分析会社SuperData Reseachが閉鎖されてしまったことで販売台数を予測しにくい状況になったことが挙げられた。
そうしたなか、Meta Questの販売台数の推定は国内のリコール対象台数から逆算することで行うことができたとのことで、どうやら全世界の販売台数は1,480万台と見られている。
ゲームのダウンロード販売プラットフォームの最大手、Steamでの調査から人気のヘッドセットを調べることもできる。
HTC VIVEやOculus Riftといった先行のヘッドセットを抑え、Meta Quest 2のシェアが約半数にもなるほどシェアを伸ばしていることがわかった。
そんな拡大するMeta Quest 2の動向も紹介された。
これまでは利用にFacebookアカウントの紐づけが必須だったが、Metaアカウントが登場したことによって不要になった。
この処置により、Facebookのアカウントを持っていなかったりするユーザーの問題が解消され、使いやすさが増したことも講演では指摘された。
またMetaが開発中の次世代型デバイス「Project Cambria」についても言及。Questシリーズと無関係な新しいデバイスだが、基本的にはMeta Quest 2と同じく一体型である。ちがいはカラーのパススルー映像とフェイストラッキング機能を実装していることだ。
PS VR2の動向も紹介。こちらは現時点で判明しているのは視線トラッキングやシースルービューといった機能などが実装されているほか、PS5との接続がUSB Type-Cの接続1本で済むという使用の容易さなどが注目されている。
続いて円安の状況によるハードウェアの影響について説明があった。
やはり値上がりは免れなかったようで、多くのデバイスが価格を改定している。現状を考えるに、今後も値上がりや国内の価格高騰がありえるとのこと。
特にMeta Quest 2は2万円以上も各モデルの価格が値上がりしてしまうなど、相当な影響が出てしまっている。
安価にVR体験ができることが普及のポイントだったのだが、その魅力が下がってしまっているのだ。
メタバースに象徴されるXR技術とビジネスの動向
続いて技術ドメイン別に見るビジネスの動向について紹介された。
まずメタバースの定義や状況について紹介しつつ、いまの国内の盛り上がりについてをGoogleトレンドから語られた。
トレンドからはわかったことは、やはりMeta社の社名変更以降、メタバースの認知度が急速に高まっていることだ。
今では毎月のように書籍や雑誌の特集が行われるようになるほど、注目され続けている。
様々なメタバースの形も紹介。特にイメージしやすい海外のプラットフォームとして「VRChat」のほか、若年層に浸透しつつある「Roblox」が代表的だ。国産のプラットフォームでは「バーチャルキャスト」などが取り上げられた、
そしてゲームの事例も。ゆっくり生活するシミュレーションの『あつまれ どうぶつの森』やバトルロワイアルゲームの『フォートナイト』のほか、人気MMORPGの『ファイナルファンタジー14』などが例に挙がり、これらも広義にはメタバースとして認知できるようだ。
そのほかにはメタバースの関連団体が次々と誕生していく状況も取り上げられた。
2021年のメタバースムーブメント以前からNPO法人の「日本バーチャルリアリティ学会」などが存在していたが、ムーブメント以降はわずか1年の間に一般社団法人が5つも設立されている。
関連団体で注目すべきは、海外の「The Metaverce Standards Forum」である。これはKhronos Groupが幹事となって設立したメタバース相互運用の標準化を図る団体だ。設立段階ではGoogleやMetaのような巨大企業はもちろん、Epic GamesやUnityといったゲームエンジン企業などが名を連ねている。
ここでは日本初のVRMコンソーシアムがメタバースで用いるアバターの標準化を図る領域で名を連ねていることも重要だという。
メタバースで利用するアバターの状況については、技術的にも文化的にも成熟しつつあるという。
これはVtuberやバーチャルヒューマンのほか、現在は個人がVRChatなどでアバターを所有している時代である。アバターの販売やカスタマイズのサービスのほか、メイキングもできるサービスなど、大衆に広がっていることが窺えた。
そんなアバターを動かすモーショントラッキングは、近年では低価格帯のデバイスが次々と登場している流れが紹介された。
以前はモーショントラッキングの機器は高価だったが、今では数万円で購入できるものが登場するほどリーズナブルになっている。
さらにソフトウェアやカメラやセンサーの選択肢も充実している。全身から指のような細かいところまでトラッキングできるデバイスが販売されていることが紹介された。
VTuber業界はある程度、成熟してきているという。
2021年10月時点でVTuberの数は16,000人を突破するなど、膨大な人数が参加している。
一方でこのジャンルを引っ張ってきたキズナアイ/Kizuna AIが無期限の活動停止を発表。
対照的に、にじさんじ所属の壱百満天原サロメがVTuber史上最速でYoutubeチャンネル登録者数100万人を突破した。
にじさんじを運営するANYCOLORは、先述したように東京証券取引所に上場するなど飛躍的な活躍を見せたほか、競合のホロライブではEN所属のがうる・ぐら氏史上最速でYouTubeチャンネル登録者数400万人を突破するなど、依然このジャンルは活況を呈している。
プラットフォームの売り上げから見るVRゲームの市場は、引き続き成長を続けているという。
2022年4月の段階でMeta Quest向けアプリで売り上げが約1億円を突破するタイトルが124本になった。
昨年2021年4月の段階では69本だったため、わずか1年でほぼ倍増する結果だ。
Steamの調査でも新規のVRユーザーは11%増加とまずます好調のようにも思えるが、「成長としては鈍化しているところもある」と、講演では語られた。
直近でもMeta Quest向けのタイトルがいくつか出ている。
人気サバイバルホラーシリーズ『バイオハザード4』をQuest 2専用にVR化したものなどが発売済み。
今後の発売を控えているタイトルとして、剣戟アクションの『ALTAIR BREAKER』などが紹介された。
VPS(Visual Positioning System)という要注目の技術についても紹介。
これはカメラなどの映像を通して、周囲の状況をもとに自分の位置と向きを㎝単位で合わせる仕組みであり、ARグラスやARクラウドに必要な技術だという。
VPSは現在、GoogleやApple、Nianticといった大企業が取り組んでいる技術でもある。
メタバースの流れはWebXRの世界にも到来しているとのこと。
込み入ったデバイスを使わずに実現できるWebXRは、主にメイクのお試しや靴や時計の試着ができるバーチャルトライオンや、様々なシチュエーションのバーチャルツアーなどに利用されている。
そんなWebXR Device APIの仕様策定に関わる「W3C(World Wide Web Consortium)」は、先述したThe Metaverce Standards Forumに加盟している。今後はWebXRでもメタバースの展開が考えられるとのことだ。
XRと、国内の通信キャリアの状況では、各社共にXRと5Gの流れを汲むかたちでメタバースへの投資を増やしているという。
NTTドコモやソフトバンクといった企業が深くXR関連企業に関わっていることが語られた。
海外企業のXRに対する動向
最後に海外企業の動向を紹介。ここではGAFAMをはじめ、各企業がどのようにXRに関わっているかがまとめられた。
まずGoogle LLCではVRへの投資は行わず、「ARCore」を活かした様々な機能を提供することに集中している。
Amazonでは自社のXR関連デバイスは展開していないものの、商品を表示できるARビューのサービスのほか、「Amazon Sumerian」というブラウザベースのVR/AR開発プラットフォームを打ち出している。
本講演で何度も言及されたMetaの取り組みについても、改めて取り上げた。
Appleは、はっきりとはメタバースの言及はしないものの、ARへの投資を引き続き続けている。また、iOS向けの開発プラットフォーム「ARKit」を用意するなど、AR開発支援も用意している。
マイクロソフトはBtoC向けのコンテンツとしてXRに関わるというよりかは、BtoBとして産業向けのXRに力を入れているという。
『Pokemon GO』で知られるNianticは、代表的な位置情報ゲームの流れを汲み、現実世界とリンクしたメタバースの構築を目指しているとのこと。その目標に向けて、近年で関係する技術を有する様々な企業の買収を進めている。
Epic Gamesはゲーム『フォートナイト』とゲームエンジンUnreal Engineで存在感を放っており、それらをベースにメタバース構築を目指していくと公言している。そこで、3Dスキャン系の技術を強化している最中とのこと。
Unityではリアルタイム3Dをキーワードに、クリエイターによるオープンなメタバースを支援するかたちだ。
Unityは、昨年11月にWeta Digital(現Wētā FX)を買収しており、Unityの表現力がさらに進化することが期待できる。
The Metaverce Standardsに関わっているKhronos Groupは、OpneXRなどXRに関連する様々な仕様を策定するほか、XRに関連する団体の運営などを勤め、業界に貢献している。その意味で本講演では重要な企業として紹介された。
Snapでは次世代型の眼鏡型ARデバイスの開発や、AR制作ツールなどを提供するなどの活動が見られる。
中国企業の動向についても紹介。BaiduがVRやメタバースアプリをリリースするほか、Alibabaでは自社のクラウドを使ってメタバース構築を目指している。
そして中国最大の企業であるテンセントでは、Epic Gamesの約40%の株式を持ち、Robloxと戦略的パートナーシップを結ぶなどの活動が見られる。こちらも自社のクラウドを元にメタバース事業を展開させようとしているそうだ。
さらにHUAWEIもThe Metaverce Standardに参加するなど前向きなほか、Tiktokを運営するByteDanceは独自のメタバースアプリをテストするなどの活動が見られるとのこと。
本講演のまとめとして、「メタバースムーブメントはいつまで続くか?」に話題が及んだ。
現時点で言えることは「来年か、再来年に答えがでるのでは」ということだが、むしろメタバースが大きなトピックであり続けるのではなく、自然に浸透していくことが理想だという。
世界各国の大企業が取り組むメタバース。それがテレビやネットのように日常化するかどうかが、今後は問われていく。
TEXT_葛西 祝 / Hajime Kasai
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakrua(Vook編集部)
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