インターネットでよく見かけるデジタル広告。
これは各ユーザーのウェブサイト閲覧履歴といったデータが収集され、ユーザーが最も興味を持つ広告が表示される機能でできている。
とりわけネットのサービスやメディアは広告収入が主であり、最適な効果を上げる広告を出すためにこうした仕組みが構築されてきた。
ところが、そうしたデジタル広告業界に変化が訪れているという。
昨今の個人情報保護の流れ強くなることにより、IDFAなどの広告識別子やCookieなどを利用した正確な配信が難しくなってきたせいだ。
そのためゲーム業界でも、こうした情報に頼らず広告配信を最適化していかなければいけない課題に直面しているという。今回CEDEC2022では、「広告識別子に依存しないエンタメ広告運用」セッションにて、そうした課題解決の展望について語られた。
スピーカーはDeNAの小林銀兵氏。主にSNSなどでユーザーが発信したり検索したりしている”キーワード”に着目して広告配信に活用した事例について紹介。今後のデジタル広告運用についての展望を語った。
▲ 講演した、DeNAの小林銀兵氏(システム本部データ統括部データサイエンス部第二グループ データサイエンティスト・MLエンジニア)
現在のデジタル広告を取り巻く状況。世界的な個人情報の保護を背景とした法規制に対応するために
今回の講演は主に「昨今のデジタル広告業界の変遷」と「SNSの “キーワード”に着目した広告配信の最適化の取り組み」という、2つのテーマで語られた。
まず「昨今のデジタル広告業界の変遷」について解説。
デジタル広告業界は2020年以降、アプリの領域において大きな過渡期を迎えているという。なぜなら、世界の各地域にて法規制が強まったからだ。
EU圏からアメリカ、そして日本においても個人データの保護する動きが強まり、各企業が対応に追われた。
代表的な企業として、GAFAの一角であるAppleとGoogleがその状況に、明確な対応を示した。
例えばAppleでは2021年からiOS端末では広告識別子を取得するときにユーザーの同意が必須となった。Googleでは2022年までに広告識別子の将来的な廃止を発表している。
こうしたデジタル広告業界の状況が変わった影響は大きい。
先述の「広告識別子取得の際、ユーザーの同意」を得られなかった場合だと、PRされているアプリのインストール数といった広告成果の計測や、広告経路ごとのROI評価が難しくなるという。
それゆえに今後の広告配信の最適化や、ユーザーのリターゲティングが難しくなってしまう。しかし、そうした状況への対策が、現在はいくつか考案されている。
それがTwitterの広告を対象にした「キーワードの関連度を用いた最適化」や「キーワードからユーザー属性を推測した最適化」といった方法や、「キーワードから離脱ユーザーを推定」だったり、Googleの広告を対象とした「トレンドキーワードを用いたテキスト生成」である。
そうした方法に関して、DeNAではマーケティング部とデータサイエンティスト部が連携することで対応している。
主にデータサイエンティスト部がデータを分析し、それを元にマーケティング部が広告配信を実施。
そのフィードバックをまたデータサイエンティスト部に提供する……というPDCAサイクルが回せる体制を作り上げ、現状のデジタル広告を運用していることが語られた。
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キーワードに注目した広告配信の最適化について
ここからは先に挙げた「キーワードに注目した広告配信の最適化」に関する施策の詳しい内容が紹介された。
まず前提としてTwitterで呟かれているキーワードを利用し、広告識別子による最適化を補完しているとのこと。ここで対象となるのはTwitterのアプリ広告だ。
そもそも広告識別子は端末ごとの識別子で、DeNAのアプリが指定した識別子を持ったユーザーに向けた広告配信がこれまではできていたものである。
しかし、先述したように現在はiOSデバイスのほとんどはユーザーが広告識別子を強化しなければ、データは取れない仕組みである。
そこでDeNAでは現在、Twitterのデータ収集プラットフォームを構築している。
主にTwitter Search APIを利用してツイートのデータを収集し、データサイエンティストやアナリストが利用できる体制を構築しているとのこと。
さらにDeNAではオプションとして、ツイートでポジティブな情報だったりネガティブな情報だったりを分析できるようにしており、より詳細なデータ分析に活用している。
またTwitter広告にはキーワードを利用したターゲティングのほか、アカウント名を利用したターゲティングも行なっているという。
こちらは、特定のアカウントをフォローしているユーザーに似たユーザーにリーチする広告を表示するものだという。
続いてTwitter広告がどのようにユーザーへ配信されるかも解説。
基本的にTwitter広告でDeNAが介入できるのはキーワード設定のみだ。
例えば「ゲーム」というキーワードを設定することで、その言葉を呟いたユーザーに向けてDeNAの広告が表示される仕組みとなる。
具体的なキーワードの関連度を用いた最適化については、次のように説明された。
従来のキーワードターゲティング手法では、なんとツールの力を借りずに人力でサービス名や競合サービスなど関連しそうなキーワードを挙げていたという。
そのため担当者の作業量が膨大になったほか、そもそも本当に関連度が高いのかといった検証もできなかった。さらに担当者がキーワードを選ぶ属人性の高さもあり、最適化作業も再現することが難しい問題もあったという。
そこでサービス名と関連度の高いキーワードを導き出す手法を構築。まずIPに関連するツイートを収集し、数多く出現する単語をキーワードとして抽出する。そうしてIPに関心があるユーザーにターゲティングを行う仕組みだ。
事例としてDeNAが運営しているゲームアプリ『東方ダンマクカグラ』とライブ配信アプリ『Pococha』のキーワード関連度を紹介した。
前者は原作である『東方Project』に関係したキーワードが多く、後者は実際にライブで使われるキーワードが出ていることが紹介された。
▲ 上図の用語の意味は次の通り。COST=配信金額、CPM=広告表示1000回あたりの配信金額、CTVR(CTR*CVR)=広告表示からインストールまでの転換率、CPI=インストール獲得単価
こうした手法により、従来の人力によるターゲティング手法と比較して大幅にコストを削減でき、広告表示からのインストールの比率を大きく増加させることができた。
一方で、配信金額が大幅に下がってしまう問題もあり、「例えば100万円を予算に用意したのに3万円分しか配信されない」といったことも起きてしまう。
これはキーワードの関連度が高いユーザーにしか広告がリーチしないゆえに起きてしまうことであり、広告の予算を消化しにくいという問題もあるそうだ。
ユーザーの性格に基づき、ターゲティングを行う
そうした問題を解消するために、続いて紹介されたのがキーワードからユーザー属性を推測した最適化だ。
これは先述の「キーワードの関連度を用いた最適化によって、広告表示からインストールまでの転換率(CTVR)が上がった」ことで関連度が高まったものの、広告を配信するユーザーの対象が狭まってしまう問題の解決を目指している。
その問題解決として、人の性格や心理的傾向をキーワードに反映させられないかをポイントに挙げている。
例えば性格がポジティブだったり、ネガティブだったりする人にターゲティングすることを考えたとき、単語レベルでポジティブ・ネガティブ度の辞書を作成した。
辞書の作成は次のながれで行われた。
ツイートをランダムで数万件をサンプルし、Googleの作成した自然言語処理モデルのBERTを利用。各ツイートを単語ごとに平均的なポジティブ度とネガティブ度を計算させた。
そして、さらにIPに関連した単語に限定し、ポジティブ度の高い単語順に並べて上位1000個をターゲティングキーワードに利用した。
「大好きだよ」とか「是非是非」や「格好いい」という言葉をポジティブ度の高い単語の代表例として紹介した。
続けて、MBTI性格診断に基づいたターゲティング手法も紹介。
これはいくつかの質問によって、回答者の性格タイプを16種類に診断するテストであり、少し前にTwitterで流行っていたものだ。
DeNAはこの性格診断を引用し、各性格に該当する人物がどのようなツイートをする傾向があるのかを分析。ターゲティングに活用している。
こうしたユーザーの性格と心理的傾向をポイントにすることで、広告の配信効率を維持しながら配信量を増やすことに成功したという。
この施策により、担当者のコストが大幅に削減され、ターゲティングの再現性も高く、ゲームやライブ配信など他の事業にも応用できたと紹介された。
サービスに関心のあるユーザーを推定する
続いてキーワードからサービスに関心のあるユーザーを推定する手法も紹介。
改めて、従来はアプリをインストールしたユーザーの広告識別子から広告配信を行なっていたが、現在はその手法が取れなくなったため、キーワードからサービスに興味のある人を見つける手法を編み出した。
具体的な手法はこうだ。
サービス公式アカウントをフォローしているユーザー数千人のタイムラインを取得し、どのような単語を使ってツイートしているかを分析することで、独自のIPの単語を得るかたちだ。
同時にユーザーがゲームをプレイする温度感についても分析が行われた。
こちらはゲームのURLをTwitterでシェアできる機能を利用し、ユーザーを数百件ほどピックアップ。
温度感を高くプレイしているユーザーと低いユーザーを評価していく手法である。
この分析によってゲームを遊んでいるときには高い熱量でツイートされるのだが、興味を失っていくと、徐々につぶやかれなくなることがわかった。
そこで、キーワードをあまり書かないユーザーや、ゲームを途中でやめたユーザーに向けてもターゲティングを行なっていく。
事例として、Twitterで『東方ダンマクカグラ』に関連するキーワードのグラフを提示。
最初はゲームのことをつぶやくユーザーが多いものの、次の週には3割程度まで減少し、その後は指数関数的に語られることが減る。
ユーザーの温度感の減少が一目でわかるものだが、あえてターゲティングをしていく。
ただ、その試みの結果だが、「広告識別子による広告に及ばない」という結論になる。
インストール獲得単価(CPI)が4倍近くなってしまったこともあり、まだ精度を向上させられるとまとめた。ただし、広告識別子に頼らないターゲティングができた点は非常に大きく、今後に繋がった。
トレンドキーワードを用いたテキスト生成
最後にGoogleアプリ広告における取り組みについて解説した。
基本的に、この広告ではテキストがターゲティングのシグナルとなるため、安定した広告配信量を保つためにテキストの量であることが大事になる。
Googleアプリによるテキスト広告にも課題がある。
やはり人の手で量のある広告テキスト作成を担保するのが難しく、さらにターゲティングのシグナルとなるキーワードを入れたテキストを書くことも困難だった。
そこでトレンドを入れ込んだ広告テキストを自動生成で量産する案が生まれる。
まずトレンドキーワードを分析として、Twitterのランダムでキーワードのサンプルを採る方法を応用した。
例えば5月前半に「ゴールデンウィーク」や「五月病」といった単語が出現しやすいように、日本語ツイートから1%のランダムサンプルを利用し、直近の数日の単語の出現確率から、全期間の単語の出現確率が高いものをトレンドのキーワードとしている。
▲ ※スライド中はGTP-2と表記されているが、正しくはGPT-2
続いて広告テキストの自動生成の仕組みについて説明。
主にOpenAIによって作成された人工知能GPT-2の日本語モデルを利用し、トレンドから取得した単語を使って広告テキストを生成していく。
具体的な広告の自動生成の例として、「ゴールデンウイーク」というキーワードを使った場合には、自動でトレンドワードを絡めた広告テキストが出力される仕組みだ。
こうした自動生成テキストの結果、広告配信の量を伸ばすことができた。
本公演のまとめとして、広告配信の最適化や配信量を強化する意味でキーワードを活用できたが、リターゲティングの代替としてはまだまだ課題が残る結果となった。
DeNAでは今後も検証結果を活用しながら、さらなる結果を求めてブラッシュアップを続けていくそうだ。
TEXT_葛西 祝 / Hajime Kasai
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(Vook編集部)
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