2022年7月25日、Twitter上に突如投稿された佐藤ノア氏のMV『LADYBUG』メイキング映像。投稿されてから瞬く間に広がり、1.7万再生(10月現在)されている。
https://twitter.com/VeAble_Tokyo/status/1551554492138602496?s=20&t=B7Xry7eHpOvbtKBGvdVgcQ
投稿したアカウントは「VeAble」。そして、そこに記されている Directer:MONA氏とVFX:涌井 嶺氏の名前。
「VeAble」は映像ディレクターのMONA氏とVFXディレクターの涌井 嶺氏ほか数名で結成された、映像ディレクションチームだ。VFXを駆使した映像表現を追求しており、メンバーはK-POP第4世代のMVに強く影響を受けているのも特徴。
今回は、「VeAble」結成の背景や、佐藤ノア氏の楽曲『LADYBUG 』を引き合いにしたVFXを駆使したMV制作について話を伺った。
- 映像ディレクター・VFXアーティスト涌井 嶺
1993年生まれ。東京大学、同大学院卒業。2021年春、人物以外をすべて3DCGで制作した実写合成MV「Everything Lost」を公開。「VFX-JAPANアワード2022 CM・プロモーションビデオ部門」優秀賞受賞をはじめ、さまざまなメディアで取り上げられる話題作となる。2022年には「映像作家100人2022」に選出された。
- 映像ディレクターMONA
1995年生まれ / ENFP。映像ディレクター。MVや番組のオープニング、ファッション・ビューティーの広告映像等、 トレンドを意識した色彩表現のある映像を得意とする。JO1 EXHIBITION in Gallery AaMo 展示用映像 / 神宿FANTASTIC GIRL/LOVE GAME MV / 彼とオオカミちゃんには騙されないOP / 佐藤ノアLADYBUG MVなど。
韓国アーティストのMVを撮るために集まったクリエイター集団
——初めに「VeAble」について、詳しくお聞かせください。
涌井:
「VeAble」は、私とMONAさん、プロデューサーをやられている史耕さんを中心としたメンバーで活動している、映像制作チームです。
2021年の10月頃からに「VFXを活用することで、もっとクリエイティブなことができないか」という考えを元に、K-POPアーティストのMVを撮りたいと考えました。積極的なメンバーを入れたいと思い、共感してくれるMONAさんを誘ったのがきっかけですね。
MONA:
最初に連絡が来た時は驚きました。涌井さんは色々なところで活躍されている方なので、いつかご一緒できたらなとはうっすら思っていて。たぶん「K-POPが好きそう」というイメージがあったので、お声がけいただいたかと思います。その時は嬉しかったですね。
涌井:
映像作品でも僕には見えていないところが必ずあるはずなので、そうした自分ひとりではできない撮り方ができる人を選びたかったという理由で、MONAさんをお誘いしました。
実際に一緒に仕事をしたのは、Abema TVで昨年放映された番組『彼とオオカミちゃんには騙されない』です。オープニング映像をMONAさんがディレクションしていて、それに色々CGを載せる作業を一緒にやったのが最初ですね。
——K-POPアーティストのMVといってもさまざまなものがあると思います。どういったテイストの映像が好みなのでしょうか。
MONA:
最近のK-POPアーティストのMVといえば、BLACK PINKのように、大がかりな美術のセットを組んだ作品もありますが、中には全編グリーンバックで撮って合成している作品もあります。私自身の好みは、実写の映像に派手過ぎないVFXが合成されているような映像です。
涌井:
二人が共通でよく話している映像は、エフェクトが豊富に使われたMVです。あとは、トランジションをたくさん使うMVも好きですね。
K-POPのMVでは、視聴者が離れないように、シチュエーションがバンバン変わっていく傾向が強いです。構成や演出がとても綿密に設計されており、トラジションを通してシームレスに変わっていくから、気付いたらサビが終わっていると感じることもあるのではないでしょうか。
さらに、サビが終わったら、ちょっとしたインパクトのある展開が待っていて、2番のサビは、1番のサビとは別のシチュエーションになっている。そういった構成の豪華さも含めて、K-POPアーティストの映像は素敵だと思います。
MONA:
本当に映像がシームレスに切り替わる時にトランジションが綺麗に合わさっている映像には、目がないかもしれません。
涌井:
K-POPオタクでもあり、なによりトランジションオタクです(笑)
MONA:
それはありますね(笑) 新しいMVが公開されたらお互いすぐチェックして、コマ送りで映像の隅々まで観るようにしています。
ありがたいのは、メンバー全員が映像に対する「良いな」と思える方向が同じということです。ルックひとつとっても、人によっては大きく受け取る印象が違ったり、好みが違ったりするのですが、「VeAble」は好みが同じ方向に向いています。
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『LADYBUG 』は自分たちの世界観を表現した
——今回のMVはどういう経緯で実現したのでしょうか?
MONA:
ディレクター兼プロデューサーをしているクライアントがいて、その方からMV制作の依頼がありました。ありがたいことに「表現したい世界観を実現してもらいたい」と言われ、完全に我々がやりたいことを振り切ってやらせていただきました。
MONA:
世界観のリクエストに関しては、ざっくりと文字ベースで方向性について書いて、ビジュアルで共有しました。今回の曲名は『LADYBUG』なので、「バグってる」ところにフォーカスを当てて、オブジェクトが溶けてたりとか、何かしらその「空間に違和感を抱いてもらう」というのがクリエイティブのコンセプトでした。
涌井:
最初にラフの企画書のようなものをMONAさんに作ってもらって、それをベースに必要なシチュエーションを先に3DCGで用意していました。詳細なコンテはそれをはめて描いていきましたね。
MONA:
たしかに、なんとなくのビジュアルのイメージを先に考えて共有して、コンテを考える前あたりではもう3DCGが上がってきていました。あまりそうしたフローでコンテを描いたことがなかったのですが、とてもやりやすかったです。結果的に、撮影してから1ヵ月かからずに納品できました。
——VeAbleのポイントとしては3DCGを活かすことだと思いますが、映像に対してより実在感を出すために工夫していることはありますか?
涌井:
主にコンポジット周りで人と上手く馴染むように調整する作業が工夫でしたね。
MONA:
コンテ段階では、この世界観に合ういろんなオブジェクトや色味などを共有しています。あとは「あのMVのような感じで」と伝えたら、それがビジュアルに落とし込まれていました。
——いわゆるビデオコンテのようなものは作らなかったということですか?
MONA:
そうですね。ビデオコンテは作っていません。どうしても編集や細かいコンテが必要になった際は「もうワンシチュエーション欲しい」とメンバー間で話しながら進めていました。
涌井:
たしか、最初は1番と2番で同じ背景を想定していました。ただ、先に述べた通りK-POPは1番と2番のサビで違うシチュエーションになっているMVが多いので、後から追加で作ることにしています。お互い提案しながら進めていって、結果的に9つのシチュエーションを用意することになりました。
——グレーディング後、涌井さんはもう一度調整作業を行ったのでしょうか?
涌井:
グレーディング後は触っていないので、グレーディングで完パケですね。一応オンラインでダンス部分の美術の改修とテロップを入れて、それで終わりです。
あと、Topazの「Video Enhance AI」でグレーディングの際に足したグレインなども消えてしまうので使い所に工夫は要りそうでしたが、映像にディテールがかなり足されて、肌もきれいに映るようになりました。
Topaz Labs「Video Enhance AI」
https://www.topazlabs.com/video-enhance-ai
涌井:
やはりアップコンバートしたら本人の映りもとても良くなっていましたね。
SNSで告知することを考えて1シチュエーションごとに、スクショで映えそうなフレームを1フレーム作ることを意識していたので、その辺は成功したかと思います。
MONA:
ファンの方も可愛い一枚を探し出して、スクショして下さったので嬉しかったです。
——3DCGの作業はBlenderですか?
涌井:
そうですね。BlenderとレンダラーはCyclesを使っています。レンダラーはずっとEevee派だったのですが、今回は一度も使いませんでした。Cyclesの方が仕上がりが良いですし、最近のCyclesは処理がより高速になったことに加え、自分がクラウド・レンダーファームを使うようになったので、レンダリング時間を気にしなくなったのが大きいです。
また、今回はけっこうセットがシンプルで、マテリアルやテクスチャでごまかせる感じではなかったので、Cyclesでなければいけませんでした。
「VeAble」で韓国進出を
——グリーンバックでの撮影における、美術のセット、現場での流れについてお聞かせ下さい。
涌井:
基本的には、美術はこちらでは用意していませんでした。グリーン板などはスタジオにある物を使いましたし、本当にミニマムな撮影だったと思います。
VSW133 少数精鋭VFXチームが教える「作業効率化と演出力を高めるMV制作ワークフロー」(講師:涌井 嶺/MONA) | VIDEO SALON
涌井:
コンパクトなスタジオでもそれなりにできると思います。ただやはり、スタジオのサイズによっては、引きの画が撮れなかったり、カメラの動きに制約が出てくるので、CG側でカメラの動き足すなど工夫もしました。
僕は今までも予算の少ない案件で、小さめのスタジオを使うことがありましたので「この広さならここまで撮れて、編集でここまで拡張できるな」という感覚がありました。その経験が今回の制作にも活きたと思います。
——グリーンバック撮影では、技術部の方々や出演者の佐藤ノアさんは、現場で通常通り撮影できたのでしょうか?
MONA:
カメラマンさんに関しては、マーカーの写り込みだけ気をつけていただいた上で、普段通りに撮影を行っていただきました。
涌井:
照明部さんには、先にセットを組んだ資料を共有していたので、3D上で置いている照明の位置に、実際の撮影でも合わせてライティングしてもらうようにしました。
涌井:
先にイメージを共有していたのも大きかったかもしれませんが、佐藤ノアさんに関しては、ステージで演じているような感じがしました。こういった撮影は今回が初めてとおっしゃっていましたが、とても飲み込みが早くて、恥ずかしがらずに堂々と演じていただきましたね。
——Twitterに上がったメイキング映像は、かなり反響があったかと思います。
涌井:
今回、『LADYBUG』の出来映えが非常に良かったですし、背景がすべて3DCGであることにたくさんの方が驚いてくれたのだと思います。そこはプロモーション的にも成功かなと。VeAble自体のプロモーションにも少なからず繋がったのではないでしょうか。
https://twitter.com/VeAble_Tokyo/status/1551554492138602496?s=20&t=B7Xry7eHpOvbtKBGvdVgcQ
MONA:
業界の映像プロデューサーなどを中心に良い反応がもらえましたね。特に予算に関する問い合わせが何件か来ました(笑)
——最後に、VeAbleの今後についてお聞かせください。
涌井:
当面の大きな目標は「K-POPアーティストの案件を受けること」です。
といっても、具体的な話はまだ出てきていません。ですが、メンバー内では、VFXチームというよりは、トータルでディレクションができるチームにしていきたいという話はしています。
MONA:
今は作戦を練っている感じですね。レコード会社さんなどと接点を持ちたいので、いろんなところに声をかけています。
涌井:
VeAbleへの問い合わせも、これから環境を整えていくという段階です。今は公式Webサイト作っているところで、そこで受けられるようにしていこうかなと思っています。あとは個々人に仕事の依頼が来ることもあるので、そこからも仕事を広げていきたいですね。
INTERVIEW_沼倉有人 / Arihito Numakura(Vook編集部)
TEXT_江連良介 / Ryosuke Ezure
PHOTO_菅井泰樹 / Taiki Sugai(Vook編集部)
Vook編集部@Vook_editor
「映像クリエイターを無敵にする。」をビジョンとするVookの公式アカウント。映像制作のナレッジやTips、さまざまなクリエイターへのインタビューなどを発信しています。
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