現役の撮影監督たちがオープン! 国内最大級の約600坪、バーチャルプロダクション対応の多目的スタジオ「HCA factory」が目指すもの

2022.12.20 (最終更新日: 2022.12.26)

2022年9月、成田国際空港にほど近い千葉県八街市に、国内最大級の撮影スタジオ「HCA factory」がオープンした。

クルマを使えば都内(東京駅)から1時間圏内であり、屋内撮影スペースは最大で約600坪という広さを誇る同スタジオは、クリエイター視点で創設された多機能・多目的スタジオだ。

HCA factory施設全体を俯瞰で捉えた写真(提供:HCA factory)。2,200坪という非常に広大な敷地だ

MV・CM・ドラマ・映画などの撮影用途に留まらず、新たな撮影技術の研究と開発の場としての機能に加え、近年注目度の高まっているバーチャルプロダクションにも対応しているという。

屋内撮影スペース(提供:HCA factory)。最大で約600坪(27m×72m)を撮影ステージとして利用できることに加え、天井高も9.1m(梁下は7.2〜8.2m)を確保。スタジオ全面に暗幕カーテン及びグリーンバックを完備しており、LEDウォールをはじめとするバーチャルプロダクションに必要な機材も用意されている

今回、HCA factoryを運営する井村事務所 代表取締役社長の井村宣昭氏、同社スタジオ事業本部 本部長の谷 詩文氏、そして同じくスタジオ事業本部 営業部 部長代理を務める関 竜司氏の3氏にインタビューする機会に恵まれた。

3氏は、いずれもDP(撮影監督)や映像ディレクターとしても活動している。

本稿では、クリエイターが本当に求めているスタジオを作り上げるに至った経緯、苦労、そして今後の展望について、語り合ってもらった。

▲ 左から、谷 詩文氏、井村宣昭氏、関 竜司氏

クリエイターが中心となり、横断的に活躍する場を目指して

撮影スタジオHCA factoryについて踏み込む前に、運営に関わる井村事務所、i7、HCAという3社の発足経緯と役割を明らかにしておこう。

2012年、専門化・高度化する撮影技術の開発やチーム組織化の必要性から、井村氏をはじめとする複数のフリーランスカメラマンが集い、撮影技術会社「井村事務所」が設立された。

若手やインターンを積極的に受け入れ、次世代を担うクリエイターを教育・組織的に育成する体制づくりを進めてきた。同社ではプリプロダクションから撮影、ポストプロダクションに至る様々なクリエイターやアーティストの派遣業務を行なっている。

そして同じく2012年に、撮影機材の管理とレンタル業務を行う組織として「i7」も設立されている。人材育成と並行して、企画・制作・仕上げをワンストップで可能にするトータルワークフローによるクオリティ管理を実現するためだ。

i7が掲げるトータルワークフローの概念図

今日では、ICTを完備したコミュニティスペース、豊富な撮影機材、マルチに活用可能なスタジオ、そしてポストプロダクション設備を備える「i7 factory」を構築しており、他業種との提携によって映像制作のDX化やイノベーションにも尽力している。

コンテンツ制作過程における各部署の技術力向上を念頭に置きつつも最も重視しているのは、撮影部と制作部など「他部署との交流」「他部署と組みやすい環境を作ること」であると、井村氏は語る。

井村宣昭/Nobuaki Imura
1976年、熊本県出身。2006年に、撮影監督として独立。2012年に井村事務所ならびにi7を設立後、2021年にはデジタルコンテンツに特化したクリエイティブエージェンシー「HCA」を設立。撮影監督として第一線で活動を続けながら、i7グループの代表としてクリエイティブ、技術、設備・インフラという3つの要素を高次元で成り立たせるべくトータルワークフローを追求している。
www.i-j.co.jp/imura-nobuaki

映像制作が複数の段階、才能や技術の総合によって実現されることは、制作に携わる誰もが認識している事実だろう。

井村氏の言う、「部署ごとに情報が閉ざされた状況にある日本の映像業界において、一人ひとりのクリエイターが他の部署を少なからず知っているという前提を目指す」という姿勢からは、制作においてより独創的かつ効率的な相乗効果が生み出される秘訣が垣間見られる。

そして2021年。
満を持して創設されたのが、デジタルコンテンツに特化したクリエイティブエイジェンシー、HCA(HYPESHELTER CREATIVE AGENCY)だ。

同社はクリエイターがクリエイターのために設計したハイエンド・クリエイティブスペース、「HCA factory」を運用する機能を担う。

前述の通り、約600坪という広大な有効面積に、大型LEDを用いたバーチャルプロダクションシステムを常設。イベントや展示など用途を限定しない多機能・多目的な空間としての活用も計画されている。

i7グループを構成する3社の業務内容を図にしたもの

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撮影だけ、CGだけでは通用しない。総合力が求められるのが、バーチャルプロダクション

前置きが長くなったが、ここからはHCA factoryについて、井村氏、谷氏、関氏へのインタビューを通じて紹介していく。

──井村さんは、2012年に井村事務所とi7を設立された当初からコンテンツ制作のトータルワークフローを重視されています。バーチャルプロダクションとなると、よりいっそう「トータルプロデュース」という視点が不可欠になりそうですね。

i7グループ代表・井村宣昭氏(以下、井村):
そのとおりです。
コロナ禍が後押しするかたちで国内でもバーチャルプロダクションへの関心が高まっています。

バーチャルプロダクション対応のスタジオとしては、従来からスタジオ事業を展開しているところや、必須の機材であるLEDウォールの調達などに強みをもつところが先行している印象です。

一方、われわれはクリエイター発信からの企業ですから、クリエイティブ目線のバーチャルプロダクションを展開していくことを目標にしました。

バーチャルプロダクションと、ひと口に言ってもグリーンバック撮影を用いたオーソドックスなものからLEDウォールを用いた先端のインカメラVFXまで様々です。

予算や企画内容などによっても作り方が変わってくるので、色々な撮影方法から選択できるようにできたら、と考えました。

井村:
特にプリプロ段階のワークフローは、従来(通常)の映像制作とはまったく異なります。

これまでプリプロから撮影までを担ってきた人材とポスプロのCGや編集をしてきた人材とが、一緒にやっていくことがとても大切になります。

その意味でも、われわれが今まで考えてきたこと。具体的には、トータルワークフローを実践する上で不可欠な“部署間の連携”が役に立つと思っています。

井村氏が標榜するトータルワークフローを実践するための、i7グループ組織体制

井村:
それでも実際のところ、情報のキャッチボールが出来上がるまで1~2年はかかりました。

撮影で全てをリアルタイムに成立させる技術、そこが今いちばんの日本のバーチャルプロダクションに対する課題だと実感したので、そこを強化したいですね。

当社のグループ全体、協業している企業さんも含めてリテラシーを高めようと活動してきましたが、それ以上に映像業界全体のリテラシーを高める必要があると思っています。

だから、情報発信にも力を入れています。

▲ バーチャルプロダクションの技術を用いて、博報堂プロダクツとHCAで共同制作した作品。井村氏は、本作でバーチャルプロダクション・スーパーバイザーを務めた。また、本作は「JAC AWARD 2022」審査委員長特別賞を受賞した

クリエイター視点のスタジオづくりを実践

──HCA factoryに関して、バーチャルプロダクションが注目を集める前から、これだけの規模が必要だと考えられていましたか?

井村:
はい。以前から、海外と日本のスタジオの事情がまったくちがうと感じていました。

例えば、カメラの引きじりや照明機材など、有効スペースを相応に確保しておかないと撮影できないという考え方で、スタジオの概念が、「とにかく様々な撮影を実現できる箱」なんですよね。

北米のスタジオがその典型です。非常に広大なスペースを用意しておいて、創りたいビジュアルに応じてスタジオ自体を設計・構築している。

一方、日本の場合は、スタジオのスペックありきで撮影プランを組み立てるという考え方です。

撮影監督としてやりづらさを感じていたため、自由度を確保できる相応の広さが欲しいと思っていました。

HCA factory全体の図面。敷地全体で2200坪を擁しており、メインとなる屋内撮影スペースは約600坪の広さを誇る。例えば、東宝スタジオ(東京都世田谷区成城)で一番広い「STAGE 8」は429坪だが、HCA factoryは1.5倍近くも広大だ

スタジオ計画を始めたのは、4年ほど前です。建築の勉強をしたり、諸々の条件をクリアしたりしていくのに数年かかりました。

井村:
そうした中で、バーチャルプロダクションを含め多用途に使えるスタジオとなると、やはり広さが必要だよねというのがありまして。

あとは、配信や通信系のラインを大きくしておこうかとか、使い勝手が良いようにアレンジできるようにしたかった。

目指したのは、「進化し続けるスタジオ」。
クリエイティブに応じて、変化し続けられるような箱ができたら良いなという理想の下で、HCA factoryを作りました。

──谷さんは、スタジオ事業部の本部長としてアクションプランを立案されたと思います。どのように取り組まれましたか?

谷 詩文氏(以下、谷):
本当に何もわからない状況から始めました。

控室を作るにも、どういうレイアウトにしたら良いのか。スタジオ内の電気のことも、最初はまったく知見がありませんでした(苦笑)

そこで、これまでの仕事を通じて交流がある役者さんや芸能プロダクションの方など、実際に控え室を使われる方々の意見を参考にしながら進めていきました。

谷 詩文/Shimon Tani
1977年、高知県出身。フリーの撮影アシスタントを経て、2011年に撮影監督として独立。2012年、創立メンバーとして井村事務所に参加。撮影監督としての活動と並行して、同社スタジオ事業部の部長を務めている。
www.i-j.co.jp/tani-shimon

井村:
それこそ、今までクリエイターとして交流のある制作部や美術部の方々、プロダクションのプロデューサーさんなど、多くの方にご覧になっていただきました。ただ、資金面での課題も大きかったですね。

関 竜司氏(以下、関):
みんな言いたいことを言うので、「いやいや、それだと採算合わないよ」ということになったりもして(苦笑)

関 竜司/Ryuji Seki
井村事務所 スタジオ事業本部 営業部 部長代理。HCA factoryオープンを機に、運営面のサポートを務めている。映像ディレクターとしての名義は「セキ☆リュウジ」、主にミュージックビデオを手がけている。

井村:
誰も経験がない中、何を取捨選択するかについては迷いが尽きませんでした。判断基準は、もうクリエイターとしての経験からの推測しかありませんでしたね。

ですが、自分たちクリエイターはこれまで控室を使った経験がありません(笑)

そこで、先ほど谷が話したように懇意にしている役者さんやメイクアップアーティストの方々の意見を参考にしながら、予算と照らし合わせて必要な機能を取捨選択していきました。

撮影棟に隣接する建物2Fに設けられた、控え室。谷氏が中心となり、設計から家具の選定まで自分たちで行なったそうだ

井村:
その後、運営のフェーズに入り、採用したスタジオスタッフをどうまとめ上げていくのかというタイミングで、関さんにも入ってもらいました。

撮影のこともスタジオ事情も知っているスタッフと言えば、映像ディレクターとしての経験が豊富な関さん以上の適任者はいませんから。

関:
最初は戸惑いしかなかったですね。「(自分は)演出家なんですけど……」という(笑)

ですが、井村の言うとおりディレクターとして映像制作に幅広く携わってきたので、演者や各スタッフが求めるものを相応に心得ているつもりです。その経験を役立てられればと、考えています。

スタジオ完成までの過程と苦労

──HCA factoryのロケーションを決定したのは、いつ頃でしたか?

井村:
2021年の9月、10月ぐらいに決めて、正式に契約したのが年明けの1月でした。ただ、その前に2年近く場所を探していました。

同時に出資者も募り、土地を購入してゼロから始める方法と、物件を借りて中古をリノベーションして使うやり方という、2通りを検討していたんです。

土地探しもしましたが、あらゆる条件をクリアする厳しさから倉庫をリノベーションする方針が濃厚になりました。

それでも、アクセスや撮影上の条件に見合う立地がなかなか見つからなくて……。

最終的に決めたこの土地は、周りが工場や畑で民家が少なくて、屋外スペースでの撮影も比較的自由に行うことができます。

スタジオ撮影では、特に音問題で近隣の方々とトラブルになりがちで僕自身もそうした経験をしてきたので、そこは特に気を遣いましたね。

あとは成田空港からクルマで約20分という立地なので、海外から撮影スタッフや役者さんが来日した場合もすぐに撮影できるし、撮影後もそのまま出国できるというメリットも期待できます。

首都圏でも神奈川や埼玉方面よりは渋滞リスクが少なく、諸々の立地条件を満たせる場所を見つけられたと思っています。

撮影棟に隣接する建物1Fのストックルーム。以前は、競技馬の厩舎だった。HCA factoryは、競技馬を育成する施設を丸ごとリノベーションすることで誕生した

──契約後は、オープンまで予定どおりに進められましたか?

井村:
2022年8月オープンを予定していましたが、コロナと世界情勢の影響で資材が入らず、1カ月以上遅れてしまいました。

建物自体が築30年ほどでしたので、工事を始めないとわからない部分もあって、限られた予算の中で、プラン変更はいろいろありましたね。

実は当社の役員には1級建築士の資格を持っている者がいます。
彼に建築担当として、建築会社や金融機関の方々と折衝してもらいながら進めていきました。

谷:
個人的には、クリエイターとして行う撮影とスタジオの経営や建築はまったく異なる分野なので、難しさを感じることも多くありました。

――晴れてスタジオがオープンしたのち、案件はすぐに決まっていったのでしょうか?

井村:
実は工事中の段階で決まりました。特にCMなどに比べると長物、尺の長い映像コンテンツのフローは話がすごく早かった印象です。

現在、某動画配信サービスのオリジナル作品の撮影が行われています。

おかげさまで複数の問い合わせをいただいているのですが、今まで日本では実現するのが難しかった、広いスペースを活かした撮影を行いたいという相談が多くて、(ねらい通りだと)嬉しいですね。

HCA factoryは撮影スタジオとしてだけではなく、様々なイベント。例えばクルマの発表会やeスポーツ、ファッションショーなど、色々な日本のクリエイティブを世界に発信する場所としての活用法も模索していきたいと考えています。

──バーチャルプロダクションについては海外、特に欧米が先行しているとのことですが、目標としているスタジオはありますか?

井村:
新しい技術なので、目標というよりはいろんな知見を得ながら勉強させていただいています。

また、日本の映像制作現場独自の慣習や価値観にも配慮することも大切です。

バーチャルプロダクションに限らず、海外のやり方をそのまま日本に持ち込んでも上手くいきません。

海外の良いところは参考にしつつ、日本の現場にマッチした進化が遂げられればと思っています。

──最後に、今回のインタビュー内容をどのような方に読んでもらいと思われますか?

井村:
日本を元気にしたい人に、ぜひ読んでもらいたいです。

そうした方々と、何か新しいことをやりましょうという感じですね。

まずは、われわれと近しいエンタメ業界と協業しながら、異業種の方々とも様々な企画にチャレンジできたら面白くなるはずなので。

──井村さんの”道なき道を行く”という姿勢から、非常にポジティブさを感じました!

INTERVIEW_沼倉有人 / Arihito Numakrua(Vook編集部)
TEXT_伊納 華 / Hana Inoh(Inaho
PHOTO_山﨑悠次 / Yuji Yamazaki

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