【VR事例】没入感のカギは“手すり”! フリーローム型VRアトラクション『コスモバルーン』の舞台裏

2023.03.10 (最終更新日: 2023.03.10)

日本有数の温泉地である大分県の湯布院と別府。そこからクルマで15分のところにある城島高原パークに、世界中を旅できる気球があることをご存知だろうか。

ただし、これはVRの話だ。VRゴーグルを装着し、気球「コスモバルーン」に乗って世界各地の絶景をめぐるフリーロームVRアトラクション『コスモバルーン』が2022年8月に導入され、好評を博しているという。

フリーロームVRアトラクション『コスモバルーン』
https://dynamoamusement.jp/works/vr/balloon/

コスモバルーンを企画から開発、運用まで手がけるのは、ダイナモアミューズメントとハシラス、2社の合同チームだ。

本稿では、都内にあるハシラスの開発スタジオ「ハシラスフォート」を訪ね、コスモバルーン誕生の経緯、VRの成否を決める「没入感」を作り込むための工夫などを聞いた。

▲ 左から、制作補佐 甲原貴之氏、代表取締役社長 プロデューサー 安藤晃弘氏(以上、ハシラス)。代表取締役社長 プロデューサー 小川直樹氏、ディレクター 黒坪秀一氏(以上、ダイナモアミューズメント

ダイナモアミューズメントの“企画力”×ハシラスの“開発力”で生まれた『コスモバルーン』

『コスモバルーン』は、複数人で気球に乗って世界中の絶景をめぐる「フリーローム(※1)VRアトラクション」だ。

※1: 複数のプレイヤーが自由に、能動的に行動することができるVRコンテンツの形態

VR空間では体験者自身の姿がアバターとして表示され、体験者同士でコミュニケーションを取りながら気球の旅を楽しめる。

子供から年配者まで幅広い年齢の入場者が、ひとつの気球にみんなで乗りこみ、大空の風を一緒に感じられるのが特徴だ。

▲コスモバルーンを体感する城島高原パークの来場者

▲コスモバルーンにはストーリーがあり、「コスモス号」は自然を守るために活動している。乗客が手をかざすと、自然環境を守るために開発された「エコスモ粒子」が降り注ぐ

企画・制作したダイナモアミューズメントは、現実世界と仮想世界を融合するXRコンテンツの開発に長けており、遊園地、テーマパーク、アミューズメント施設、観光スポットなどで活用できるVRアトラクションサービス「ロケーションベース・エンタテインメント」の1つとしてコスモバルーンを手かげた。

一方、プログラム開発を担当したハシラスは、ハードウェアを含めたVRシステムやコンテンツ開発に強みを持つ。

コスモバルーンのシステムは、同社がすでにリリースしていたプロダクト「キネトスケイプ(Kinetoscape)」(後述)が基礎となっている。VR空間で「商談」を行えるアプリケーションだ。

両社の出会いは、2016年のこと。埼玉県越谷市にあるショッピングセンター「イオンレイクタウン」内に設けられた、様々なVRアトラクションを集めたアミューズメント施設「VR Center」(※2)のオープンに向けて設営作業をしていたときだったという。

※2:VR Centerは現在、営業を終了している。

ダイナモアミューズメント代表取締役社長/プロデューサー 小川直樹氏(以下、小川):
それぞれ自社のコンテンツを入れていて、同じように体感アトラクションを手がける会社なんだなと、お互い認識しました。

なので、初めてごあいさつさせていただいた時点では競合の関係でしたね。

ハシラス代表取締役社長/プロデューサー 安藤晃弘氏(以下、安藤):
ですが、お互い徹夜作業が続く中で、いつしか戦友のような気持ちになっていきました(笑)

小さい業界ですし、いがみ合っていても仕方ありません。

小川:
競合じゃなくて、助け合うような関係になっていきましたよね。

その後も様々な現場で顔を合わせるうちに互いの得意な部分を理解するようになって、一緒に仕事を進める機会が増えていきました。

安藤:
この2社は共通言語が多いし、知見も似たものを持っているので、今では「あれ、あの感じ」で通じてしまいます。

正式なプロジェクトとして2社が関わったのは、3年前から展開中の『BOATRACE VR スプラッシュバトル』でしたね。

小川:
当社にBOATRACE振興会さんからご相談をいただきました。初期バージョンでは受動的なVRライド的なコンテンツだったのですが、その進化形として能動的にレースゲームができるものを制作することになりました。

その筐体を作るならハシラスさんだなと思い、安藤さんにご相談しました。出来上がった『BOATRACE VR スプラッシュバトル』は非常に好評で、現在は全国約20ヶ所のボートレース会場に導入されていて、オンライン対戦もできるようになっています。

安藤:
ダイナモアミューズメントさんは、とてもハイクオリティなCGキャラクターアニメーションを得意とされ、しかも企画提案力やクライアントとのつながりを持たれています。

一方、ハシラスはネットワークも含めてハードウェアと連動するソフトウェアの開発が強い。

両社が組んだらすごいものができるなと感じました。

小川:
そうですね、お互いにないものを持っているなと。

そんなときに、安藤さんから「Oculus Quest2(現在のMeta Quest2)を使って新しいものを作ったんだけど」と紹介されたのが『キネトスケイプ』でした。

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怖いコンテンツばかり……「癒し系VR」を作りたかった

先述のとおり『コスモバルーン』は、ダイナモアミューズメントが得意とするロケーションベース・エンターテインメントの新たなコンテンツとして、『キネトスケイプ』の利用を前提に企画されたもの。

『キネトスケイプ(Kinetoscape)』とは、VR空間で臨場感あるプレゼンテーションを行うことを目的にハシラスが開発したツールであり、多人数での同時体験を特長とする。

▲ VRプレゼンツール『キネトスケイプ』でのプレゼンテーション

ダイナモアミューズメント ディレクター 黒坪秀一氏(以下、黒坪):
『コスモバルーン』のメインテーマは「親子で同時にできる体験」でしたが、裏のテーマは「癒し系VR」でした。

そのため、疲れずにコンテンツを体験できるようにすることにもこだわりました。

小川:
VRコンテンツって、ジェットコースターのような絶叫系の体験や、ゾンビなどをテーマにしたホラーアトラクションなど、驚かせたり、怖がらせるものが主流なんですよね。

だから、平和なものをひとつは作りたいと思っていました。そこから、気球に乗って世界中を旅するというアイデアが生まれました。

構想からは約1年、製作期間は約6カ月と、両社にとってもショートスパンのプロジェクトだったという。関わったコアメンバーも総勢9名と、少人数だ。

小川:
その秘訣は、市販されている360度4K画質の実写映像素材を利用したことです。

バルーンやアバターなど、『コスモバルーン』の独自性に直結する要素についてはイチからデザインしつつ、世界中のロケーションについては実写素材を活用することで比較的コンパクトな体制で充実したコンテンツに仕上げることができました。

▲(上図)コスモバルーンのデザイン/(下図)発着ポート外観のイメージ。VRならではの気球旅行を表現するために、「世界中だけでなく、成層圏までも行くことができる気球旅行」をベースアイデアとして企画がスタートした

黒坪:
世界中の風景をドローンで撮影した4Kかつ360度の動画素材にして販売している会社があるのですが、そのサンプル映像とキネトスケイプを組み合わせて試作したところ、手応えを感じました。

試作段階でこれだけの体験ができるなら「いけるね!」と、本制作を進めていきました。

黒坪:
3Dアバターとコスモバルーンの発着シーン、そして最後に搭乗する宇宙空間シーンは、イチから3DCGで作成しました。

ベースとなったハシラスさんのキネトスケイプでは、アバターの仕組みもできあがっていたので、それを『コスモバルーン』向けに改良していきました。

トータルの制作期間は、1ヶ月半ぐらいだったと思います。ベースがしっかりと設計されていたので、スムーズに仕上げることができました。

▲(上図)体験スペースのイメージ図/(下図)搭乗エリアの寸法を図示したもの。「VR空間を自分の足で歩く」という体感ができるように体験スペースを搭乗エリアと気球エリアに分かれている

VRの命。「没入感」を高めるための工夫

VRで重要なのは、いかに没入できるかだ。

『コスモバルーン』でも、様々な工夫が凝らされているが、体験の質を向上させるためにとりわけ重要なのが「手すり」の存在だという。

安藤:
バーチャルに見えているものに触れられると、実在感が伝播すると考えています。

(VR空間で)見えているもののほとんどはウソ(仮想なもの)だと思いつつも、触れてみたら、ちゃんと実在する。すると、全てあるかのように思えて、向こうの世界とつながるんですよね。

また、自由に歩ける範囲を閉じ込める檻の役目も果たしているので、「この中にいる限りは安全」という心理状態にもなれます。

▲現実の手すりとVR空間内の手すりがほぼ誤差なく連動。手すりの高さや幅は、子供がしっかり握れるように調整されている

安藤:
没入感のためにはCGのデザインにも気を配っていて、小川さんがいろいろと配慮してデザイナーに依頼してくれました。

例えば、体験している人と同じようにVR上のアバターにもゴーグルをかけさせました。

アバターのサイズにも工夫があり、少し大きめにすることで実際に動き回っている人同士の接触が起きにくくなっています。

肌の色は、人種に関係なく同じ体感になるよう黄色にしました。

▲ アバターの初期案。VR空間内での動作を快適にすることに加えて、幅広い年齢層に受け入れてもらいやすいよう可愛いロボット路線が選ばれた

▲ アバターの中期案。VR空間内での検証用として2パターンを用意。複数人で繰り返しテストを行い、映像の見やすさと子供でも可愛いと思える上の丸型アバターを採用

▲ アバターの決定案。映像の見やすさをさらに追求した結果、図の形状に仕上がった

安藤:
ほかにもVRならではの工夫があります。

例えば、手すりにもたれかかると体が外に投げ出されてしまうので、実際の位置よりアバターを後ろに引いています。

また、現実の身長に合わせたアバターだと視界が通らず見えにくくなるので、実際よりも背を低くしました。

こうしたディレクションをダイナモアミューズメントさんにしていただき、それをハシラスが実装する。そんな関係で制作を進めました。

取材時に『コスモバルーン』を体験する様子

小川:
実際に人が歩き回るゴンドラ部分の大きさや人数制限などについては、われわれの方で大枠の仕様を決めた上で、この開発スタジオ(ハシラスフォート)でワイワイと試しながら両社で詰めていきました。

クライアントありきで、しかも過度に安全性を重視する意見が強い場合、演出としては魅力的だけどチャレンジングな試みができなくなるケースがあります。

『コスモバルーン』の場合は、「キネトスケイプ」というプロダクトが先ですし、両社ともロケーションベースのコンテンツを実際に運用した経験や、VRアトラクションで安全性を確保するための知見を持っているので、やりたいことができないという問題は起きませんでした。

▲ 体験者同士でエコスモ粒子を出し合っている様子
▲ プレショウのエコスモ粒子説明図。環境を再生するという地球に優しい設定だけでなく、粒子を出すことでVR空間内での遠近感がより認識できるようになり、体験者のVR酔いを防ぐ効果もある

ハシラス 制作補佐 甲原貴之氏(以下、甲原):
制作よりもディレクションなど、方針を決めていく過程の方が大変でしたね。

ですが、1度要件が決まったら一気に進んだ感があります。

もちろん、実際に展開してからのキャリブレーションや運用してから使いやすくするための改善は、今でも定期的に行なっています。

「癒し系VR」を体験したレジャー客の反応は?

「癒し系VR」として開発された『コスモバルーン』は、ファーストユーザーとして城島高原パークが2台導入。

テスト期間のうちにマニュアルやオペレーションの改善がくり返され、現在ではアルバイトのスタッフでも問題なく運用できるようになっているとのこと。

導入から4ヶ月が経過した現在(※取材時点)、訪れたレジャー客はどのような反応を見せているのだろうか。

黒坪:
現地で様子を見てまず感じたのは、初めてVRを体験する方がまだまだ多いこと。

今一番売れているMeta Quest2でさえ、世間一般ではあまり認知されていません。

その意味でもVR初心者の方にもキャッチーなコンテンツであることが大切だと再確認しました。

『コスモバルーン』では「癒やし系VR」を目指しましたが、ファミリーの方々に受け容れられていることが確認できて嬉しかったです。

また、修学旅行の学生やカップルの利用も多かったですね。

黒坪:
予想以上だったのが、海外の方にも好評だったことです。

彼ら的には見知った場所をVRで体験できたことでテンションが上がったようですが、実はこれって日本人も同じで、東京タワーなど日本の名所が出てくると盛り上がるんですよね。

先日、XR系の展示会に『コスモバルーン』を出展したみたところ、年齢層や地域性に関係なく同じようなリアクションを実感することができました。

展開しやすい新たなVRコンテンツのベースを創ることができたのかなと思っています。

▲ 完成した、コスモバルーンのエリア全体(上図)、ゴンドラ(中図)、搭乗エリア(下図)

VR機材の進化と課題

『コスモバルーン』は、スタンドアローン型のヘッドマウントディスプレイである「Meta Quest 2」を採用することで、複数人で実際に歩き回れる仕様でありながらシンプルな機材構成を実現している。

一方で、一般向けに販売されており、商用利用を想定していない。それゆえの不便さがあるのだという。

小川:
例えば、電源を入れるとアプリが勝手に起ち上がるような仕組みにはできません。

商用利用を想定した他社の製品では可能ですが、また別の問題があるため今回は「Meta Quest 2」を採用しました。

安藤:
VRデバイスにはハードウェアとファームウェア側の制約も多々あるため、われわれが手出しできることが少なく、なかなか運用が楽にならないのが悩ましいですね。

そうしたなか、「Meta Quest 2」の内部にAndroid OSが搭載されたことは大変な進化です。

背中にゲーミングPCを背負う時代ではなくなりましたが、実は(VRコンテンツの)ソフトウェア開発を効率良く行えるのはPCの方だったりもします。

Meta Quest 2でグラフィックのクオリティをさらに上げていくとなると、開発コストはかなり増えるでしょうね。

城島高原パークでの実績や展示会での体験によって、両社への引き合いは増えており、別の施設でも『コスモバルーン』導入に向けて準備が進んでいるそうだ。

ロケーションベースVRコンテンツの今後と担い手

VR黎明期から日本のVRシーンで活動してきたダイナモアミューズメントとハシラス。

両社は、今後のVRシーンをどう見ているのか。

安藤:
VRは体験の品質や価格面で確実に進化し、浸透しています。

ですが、過度な期待と失望のくり返しが伴うものでもあります。

われわれは、儲かりそうだからという理由でVRに取り組みはじめてはいません。「俺らは、VRをやるんじゃい!」と、言い続けている感じです(笑)

それを続けた結果、ほかが追いつけないほどのノウハウを手に入れることができたと思っています。

VRは他に代替できない表現ができて、シンプルに人の夢を叶えられるものです。

決して楽ではありませんが、デバイスは確実に良くなっているので、未来は明るいなと感じています。

小川:
ダイナモアミューズメントは、ロケーションベースの体験コンテンツを提供することを企業ミッションのひとつに掲げています。

VRはそれを達成するための手段ですが、以前よりもかなり使いやすくなってきていると思います。

ロケーションベースのエンターテインメントは、お客さんが体験して楽しんでいる姿を自分たちコンテンツ制作者自身が目にすることができる数少ないコンテンツ形態でもあります。

しかも、企画段階から完成(納品)まで一貫して携わることができる。こんなコンテンツ、なかなかありません。

実は、テーマパークのアトラクションやイベントは、VRなどの新しい技術が最初に実用化される場なんです。

いつも新しいものに挑戦したい好奇心旺盛な人にとっては、やりがいがあると思います。でも常に人材を求めています。

安藤:
ハシラスの場合は、もともと個人でコンテンツを作っていて、上流から下流まで全部やりたいメンバーが多いですね。

泥くさいこともありますが、そんなモノづくりが好きな人にVR制作は向いていると思いますよ。

TEXT_加藤学宏 / Norihito Kato
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakrua(Vook編集部)
PHOTO_山﨑悠次 / Yuji Yamazaki

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