民放テレビは番組のネット配信環境をいかに整えたのか。PLAYのパブリッククラウドサービス「KRONOS」と主要3局の取り組み【PLAY NEXT 2023】

2023.03.09 (最終更新日: 2023.03.13)

株式会社PLAYが主催するイベント「PLAY NEXT 2023」が2月10日、渋谷ストリーム ホールにて開催された。本イベントは動画配信のあらゆるニーズを網羅するプロダクト・サービスを行うPLAYが、関係各社から識者を招き、今後について講演を行うものだ。

本イベントでは民放各社から関係者が登壇し、「手間と戦え!配信までのワークフロー自動化への取り組みとは」の講演を行なった。

今回の講演では日本テレビからは松本学氏、テレビ朝日からは田中康博氏、そしてテレビ東京からは星雄二氏が参加した。

現在、TVerにてリアルタイム配信を行っている民放各社。しかし、地上波放送に加えてネット配信の二つを同時に行うのは、現場の負担が想像できる。

その課題をいかにして実現したのか。今回は配信ワークフローの自動化のために、PLAYの提供するクラウドプレイアウト「KRONOS」を利用した各局の現場での取り組みについて語られた。

民放各局のネット配信への悩み

株式会社PLAYの福本氏。メディアプラットフォーム事業部のクラウド技術推進統括部の部長の役職に就く

本講演では株式会社PLAYより福本顕也氏が司会を務めている。

まずKRONOSとは、インターネットでの24時間配信を実現するためのプレイアウトをパブリッククラウドで提供するサービスのことだ。

本サービスでは地上波テレビ局、および、衛星放送、ケーブルテレビの同時配信も含んでいる。

KRONOSは一般的な時間ベースでの進行が特徴。加えてライブ配信にCM挿入や、権利許諾の取れなかった部分を隠す「蓋かぶせ」を実現するための、数秒程度の遅延でフレーム精度での入力切り替えを実現する仕組みを持つ。まさしくテレビ番組をネット配信する強みを持つサービスだ。

日本テレビより、松本氏。コンテンツ戦略本部 ICTビジネス局兼、 営業局 営業推進部の担当副部長を務める

民放各局がKRONOSを導入した経緯には、まず総務省が実験的に導入した背景がある。同時にさまざまなサービスが出始めていたのもあり、各局も取り組み始めたのだという。

松本氏によれば「2019年ごろに技術の検討があり、2020年から日テレ社内でビジネス面で導入の機運が高まりました。同年の10月から12月に、一回目のトライアルがありました」という。福本氏も「KRONOSは日テレと共同開発するかたちでした」と振り返る。

田中氏と星氏によれば、テレビ朝日とテレビ東京も同じく2020年ごろから本格的にプロジェクトが立ち上がり、PLAYとは技術面などを話し合ってきたそうだ。

テレビ朝日より、田中氏。 ビジネスソリューション本部のインターネット・オブ・テレビジョン局 インターネット・オブ・テレビジョンセンターに勤める

このように各局がネット配信に取り組んでいった。しかし、やはり通常の地上波放送とは勝手の違うプラットフォームに各局は悩んでもいた。

松本氏は「どこも一緒だと思うのですが、営放システムやマスターなど、これからよくわからないネット配信サービスに関わっていいのか」と当初の思いを告白する。

田中氏も「同じです。テレビ朝日としても、約10年前に構築したマスターシステムであり、ネット配信の考慮はなかったです」という。とはいえ先を見据え、ネット配信に取り組むことに決めたそうだ。「放送の複雑な編成と、ネット配信の要件を両立させることを目指した」と田中氏は当初の目標を語った。

テレビ東京より、星氏。 IT推進局次長兼、 配信技術センター長の役職に就く

星氏も既存の放送設備でどこまでやるかについて悩んだが、「比較的早く、プレイアウトはクラウドで持とうと探し始めました」と星氏は当初の動きを振り返る。

テレビ東京では2019年にVeset社のNimbusや他のサービスの情報収集を始めた。同じころ、検討していたメンバーがオランダの放送・メディアの技術展「IBC」でも何か使えるものが無いかを探していて、Veset社と直接のつながりができた。そんな中、2020年12月にPLAY社とVeset社の資本提携のリリースがあったそうだ。

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民放各局がKRONOSに決めたポイントは

星氏の発言を受け、福本氏は登壇者に「KRONOSを選んだ経緯は何ですか?」と質問する。

松本氏は「日テレは2020年の頭くらいに決めました。基幹設備を扱うのがきつく、PLAYさんとやりたい方向が一致したことが決め手です」と振り返る。

田中氏はこう語る。「遅ればせながら決めています。PLAYさんとお話をしたときには、先行して検討されていた局からの要件でテレビ朝日は独自の編成が多く、PLAYさんにそうした要件に柔軟にご対応頂きました」

星氏は先述したように、テレビ東京ではすでに海外のサービスを検討していた。しかし「障害や、運用などが課題だった」と振り返る。

PLAY社とVeset社の資本提携により細かいカスタマイズをKRONOSが担ってくれることで、課題を解決できると考えたことが決め手となった。

各局のKRONOSを組み込んだ構成

続いてKRONOSをどのように組み込み、番組をネット配信するシステムを作り上げたかが紹介された。

まず日本テレビから解説。営放システムよりメタ集約システムからメタデータをKRONOSに送り込み、配信の編成担当がチェック。番組と動画の紐づけ、メタ編集とサムネイル登録を行い、プレイアウトへ送る。

配信技術担当は放送マスターの段階でOAデータを入力し、CMの確認、延長のマルチ編成に対応する。

KRONOSの編成担当の作業と並行して、本編やCM情報の設定といった進行情報において、プレイリストの作成や緊急の編成操作などを行う。

そうして構成されたプレイアウトがオンラインビデオプラットフォーム(OVP)に送り込まれるかたちだ。

テレビ朝日では、当初KRONOS導入前のネット配信環境構築は「基本的には全ての番組で『地上波のマスターシステム』から配信OVPシステムへ映像音声を送り出す」ことを考えていたという。

しかしこの構成には多くの課題が立ちふさがった。たとえば野球中継の延長など、放送の複雑な編成へのリアルタイムに対応していくことや、テレビ朝日系列局の番組を配信する場合の蓋かぶせや広告システムとの連携の問題が生じた。

こういった課題を解決するために、マスターとTVer OVPの間にKRONOSを導入。番組メタ情報連携の要件もKRONOS側で対応頂けたため、全体のシステム構成もシンプルになった。

一方、テレビ東京では地上波マスターとBSマスター、オリジナルのどちらか1本の計2本をKRONOSに送り込む構成だ。CMの信号を入れるのは、運行制御サーバで制御して局内で行っているという。

福本氏は「実際にKRONOSを運用してみていかがでしたか?」と各人に問いかけた。

松本氏は「黎明期のサービスに必要な、柔軟性が達成できました。いいことしかないです」と高く評価。「当初、想定していなかった広告挿入機能がいい意味で入り、メリットがありました」とも語る。

田中氏も「私もいいことしかなかったですね」と同意する。他局で発見された課題は自局の課題でもあり、KRONOSで吸収し続けてくれたことも大きいという。トラブルもなかったわけではないものの、迅速な対応に助けられたそうだ。

星氏もトラブルに関して同じような話があったというものの、KRONOSの柔軟性に助けられたという。

たとえば世界卓球の放送中などで、放送枠延長のデータが数日前にリアルタイム配信設備側に送られるが、そのデータが設計時には考慮できていないパターンだった。そこでKRONOS側で急遽修正してもらうということがあったという。

またPLAY側も民放各局とやり取りすることは大きかった。福本氏は「放送のことを知らなくても、局と一緒にやることで上手くできました」と振り返る。今後もKRONOSの機能拡張を推し進めていきたいという。

ネット配信の運用をどうしているか? 負荷軽減の対策

続いて「どのようにネット配信の運用を監視しているか?」の話題に移った。通常のテレビでは問題なく放送が行われるか、マスターがリアルタイムでチェックするものだ。

ところが、各局ではネット配信においても地上波マスターが兼任している話が飛び出した。

松本氏は「1週間前までに編成を確定させ、収録ファイルをまとめて確定させています。マスター部署の人間が当日の作業を繰り返します。日常のマスターの運航フローに組み込まれています」と説明した。

田中氏は「テレビ朝日ではマスター内にリアルタイム配信の専用チームを作り運用しています。番組公開がありますので、編成は1週間前には確定しておりますが、進行データや素材準備は当日対応となるケースもあります。」と語った。

星氏は「うちはメタと動画の登録は見逃し配信チームがやっています。監視についてはマスターで地上波やBS放送を監視しているチームが確認しています」とのことだ。

各局の監視への取り組みについて、福本氏は「マスターの方々が業務を増やすことなく行っている」という点に注目していた。

ただ松本氏によれば「マスターでネット配信をやっていなかったスタッフが、これによって配信の理解を深めていったんです」と意図を語っている。

田中氏も同意する形でこう語る。「メンバーはマスターの運用担当者が多く、配信技術の知識はあまりない方が多かったのですが、運用業務に取り組む中で、理解やスキルも向上し、安心して運用を任せられるようになりました。」

もちろん地上波とのマスター兼任は相当ハードな作業が想像される。そこでKRONOSを用いた運用と監視の負荷軽減の取り組みについても紹介された。

まずテレビ朝日では当初、権利NG箇所の蓋かぶせ対応は、全番組でマスター側での手動オペレーションを想定していたが、配信用素材の準備が間に合う番組は、KRONOSから配信を行い、自動監視システムや、自動同録システムも組み込むことで、最小人数で運用を行える環境を構築した。

日本テレビの場合は各番組の担当が地上波放送運行の担当、ネット配信運行の担当、そして配信編成の担当それぞれに指示書を提出するかたちだ。

基本的に地上波本放送の運行担当に番組の映像ファイルを入稿し、ネット配信運行の担当には権利処理の蓋かぶせといった、地上波との差分情報を渡す流れである。

配信運行の担当は、蓋かぶせ対応などが行われた配信用の編集をKRONOS上でプレビューし、配信入稿サーバーへ送り込むかたちでネット配信用の番組が流れる構成となっている。

こうしたリアルタイム配信に関して、日本テレビでは将来的にはより運用の負荷軽減を目指し、リアルタイム配信のほかAVOD(※1)やSVOD(※2)の配信管理や素材の準備をさらに最小化したいとのこと。そこでKRONOSの機能拡張を期待しているという。

※1 AVOD・・・「Advertising Video On Demand」の略。YouTubeやTVerなので、広告を視聴することで動画コンテンツを視聴できるビデオオンデマンドサービス

※2 SVOD・・・「Subscription Video On Demand」の略。Netflixなどの、毎月一定の料金を払えば、配信しているコンテンツが見放題なビデオオンデマンドサービス

テレビ朝日では、番組素材と番組素材のフォーマットが記載されているメタデータを社内ファイルベースシステムから各部署に分配される仕組みがあり、リアルタイム配信でも配信用素材とメタデータをKRONOSへ入稿している。

KRONOSでは、これまで人力で行ってきた、クレジットなどの不要シーンカット、CM箇所に固定秒数の黒信号挿入等の編集作業を、メタデータから自動で行い、且つ、リアルタイム配信用のファイルコーデック、コンテナにエンコードする機能を実装。

運用担当者は、自動で出来上がった素材を営放システムから受領している番組データに割り付けることで、配信を行っている。

また、リアルタイム配信用の素材を作成することと並行して、AVOD/SVOD用素材もKRONOSにて自動作成して、VOD配信システムへ連携している。

田中氏によれば「これまでは各配信プラットフォーム用に手動編集、手動エンコードでファイルを作成していた」とのことだが、一部番組でこうした構成にすることで配信運用全体の負荷軽減を実現したとのことだ。

テレビ東京では「基本的な考え方として、生放送は局内設備。収録番組はKRONOSに登録したアセットを使う」というスタンスだと説明。KRONOSがそれらのデータを組み合わせ、TVerに送り込む構成となっている。

テレビ東京ではリアルタイム配信に向けて、およそ一週間前から厳密に準備している。まず7日前に番組枠の作成と共に、メタ情報を確定させる。そして3日後にアセットを登録し、当日にはCM情報ならびに進行情報を確定させる。

アセットの登録に関しては、番組担当が本放送と別に配信用の素材をHDD(XDCAM)を配信担当に納品。配信担当はリアルタイム配信のほか、TVerやGAYO!のようなAVOD(※)やParaviといったSVODへの配信に向けて編集や変換を行う。

ただ、この各配信用の作業に関して現状は担当者が手動で行っており、まだまだ負担がかかっていそうだ。

PLAYでも各配信プラットフォーム向けのアセット入稿をKRONOSでの自動化も考案中だという。ライブ映像も同時に録画する形でアセット化して活用していくという展望も語られた。

局によっては全ての処理を自動で実行するワークフロー構築も想定しており、さらなる負荷軽減を目指す模様だ。

今後のビジネス展開について

最後に「今後のリアルタイム配信はどうなるのか?」という話題が挙がった。

福本氏は「最近ではアメリカでFASTがキーワードになっていますが、どう思われますか」と問いかけた。

FASTとは無料の広告付きストリーミングTVのことだ。AmazonがIMDb TVなどで展開しており、福本氏によれば「FASTをやりたい企業の話を聞く」とのことだ。しかし「実際にFASTをやるにはどうしたらいいのか」と考えているらしい。

松本氏は「個人的にはPLAY社サービスの活用などにより、上流から下流まで技術的な準備はできていると考えています。あとはビジネス的な決定だけです」と前向きに捉えている。ただ「新しいサービスは本気でやってみないと分からないことが多いです。PLAY社活用により、大きな初期コストをかけずにスモールスタートできるのは良いですね」と慎重さも見せた。

田中氏は「個人的な意見だが、リアルタイム配信もそういう面もあるが、“ながら見”の需要、市場がどこまで増えるか? 相性のいいコンテンツはあると思います。ビジネス的な判断、権利面や今回のテーマである運用面の負荷の課題との向き合いかと思う」と語った。

星氏は「個人的な意見ですが、流すコンテンツが重要だと思います。いま配信できているのがゴールデン、プライムタイムというのも様々な課題があるためです」と慎重だ。

「広げていくには時間がかかる。例えばテレビ東京のYouTubeチャンネルでは子供番組がずっとライブ配信されており、子供を持つ家族にニーズがありそうだというのは分かります。ニーズがあるから中身次第です。しかし、課題も多いです」と星氏は状況を評している。

福本氏は今後、PLAYとしても技術的に対応できる部分は活用していきたいという。「さまざまな配信プラットフォームへの出力も、もっと楽にできるようにしたい。さらに、映像の編集をしたかったりするという各局側のニーズに対応できるようにしたい」と講演をまとめた。

TEXT_葛西 祝 / Hajime Kasai
EDIT_菅井泰樹 / Taiki Sugai(Vook編集部)

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