2023年2月に発表された新製品、ATEM Television Studio HD8 ISOはATEMシリーズの最新のスイッチャーです。この製品の魅力のひとつは、オールインワンのスイッチャーであるというところにありますが、もうひとつの魅力は、現在ブラックマジックデザインが有するテクノロジーがふんだんに盛り込まれているということです。しかしあまりに斬新すぎて、あまりに先進的すぎて、一部理解が追いつかないという機能もあると思います(ブラックマジックデザインの製品ではたまにこういうことがあります)。そこでこの記事ではその革新的でありながら難解な機能のうち、最も大きな意味をもつ3つを、できるだけ詳しく紹介してみます。キーワードは、ISO、Cloud Store、Streaming Bridgeです。どれも直感的に理解しにくいかもしれませんが、いったん理解すると、ライブ配信や編集の世界でゲームチェンジャーになりうる、画期的なテクノロジーだということがわかっていただけると思います。
なるべく専門用語を使わずに簡単に説明すると、ATEM Television Studio HD8 ISOは、
- 全入力の個別収録と編集タイムライン作成の機能を搭載し
- ネットワークストレージを内蔵し
- 遠隔のカメラからの映像を受信するだけではなくそれらと連携ができる
スイッチャーだということになります。
ISO
ISOというのは業界用語でIsolation収録のことを指します。つまり個別収録ということです。全入力を個別に収録してくれる機能です。それだけなら説明は簡単なのですが、ATEMシリーズで使われるISOという用語は、そう一筋縄ではいきません。というのは、ATEM ISOは、業界用語で通常含意している範囲以上のことをカバーしているからです。
ATEM ISOは、ATEMスイッチャーに入っているすべての映像と音声のデータを個別収録してくれるだけではなく、DaVinci Resolveのプロジェクトファイルを生成してくれます。このプロジェクトファイルを生成する機能こそが、ATEMにおけるISOの最大のポイントです。収録時にスイッチングしたり合成したりした内容が、そのままDaVinci Resolveのタイムラインとして同時生成されているわけです。これにより収録後の編集が何十倍も楽になります。個別収録されたそれぞれのデータのタイムコードが合致していて、マルチカム編集の準備がやりやすいのはもちろんのこと、すでにマルチカムのタイムラインが出来上がった状態でプロジェクトを開けるので、そもそもマルチカムのアングルを切り替える作業をゼロからやる必要がありません。文字で説明すると魅力を十分に理解していただくのは難しいのですが、すでに使ったことがある方はほぼ口を揃えて「これはすごい。これは楽すぎる」と仰っていただいています。もし周りにATEM ISOを使ったことがある方がいたら、その人に聞いてみるのが早いかもしれません。
この機能はすでにATEM Mini Pro ISO、ATEM Mini Extreme ISO、ATEM SDI Pro ISO、ATEM SDI Extreme ISOという4種類のATEMスイッチャーに搭載されていましたが、今回新たにATEM Television Studio HD8 ISOに組み込まれました。ATEM ISOについてもっと詳しく知りたい方は、この記事をご覧ください。
配信後のマルチカム編集が楽になる裏ワザ 〜ATEM Mini ISOのISO収録〜
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ATEM Television Studio HD8 ISOのISO機能で作成されるファイルは、これまでの4機種のISO機能の場合とほぼ同じですが、一点細かな違いがあります。ATEM Television Studio HD8 ISOでISO収録すると、個別収録されるWAV音声ファイルの数が膨大なものになります。どうしてかというと、ATEM Television Studio HD8 ISOは、通常のSDI、RCA、XLRの音声入力に加えて、MADI入力も備えているからです。MADIというインターフェースは多くの音声チャンネルを扱えるため、MADI入力もISO収録するとなるとWAVファイルの数が多くなるわけです。
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Cloud Store
次にご紹介するATEM Television Studio HD8 ISOを理解するためのキーワードは、Cloud Storeです。これは業界用語ではなく、純粋なブラックマジック用語で、ネットワークストレージ(NAS)のことを意味しています。2022年にCloud Pod、Cloud Store Mini、Cloud Storeという3種類のNASがリリースされましたが、これらはCloud Storeという統一名称で呼ばれています。なぜこういう名前がついているかというと、DropboxやGoogle Driveというクラウド(Cloud)ストレージと接続できるデータストレージ(Store)だからです。
ATEM Television Studio HD8 ISOには、このCloud Store機能が入っています。「ちょっと何言ってるかわからない」と言われそうなので、言い換えてみましょう。ATEM Television Studio HD8 ISOの中には、ネットワークストレージ(NAS)が入っています。もちろんそんなスイッチャーは前代未聞です。つまりATEM Television Studio HD8 ISOは、NASをぶち込んだ(とあえて表現しましょう)おそらく世界初のライブプロダクションスイッチャーなのです。
NASが入っているということは、イーサネットを接続すればMacやWindowsのマシンからその中のデータが見えるということを意味しています。通常の場合、ISO収録をしたあとには、そのデータが入った外付けディスクをATEMから抜いて、それをコンピュータに接続するという、物理的な抜き差しの作業が必要となります。ところがATEM Television Studio HD8 ISOにはNASが内蔵されているので、もし外付けディスクにデータを収録したとしても、そのディスクをイーサネット越しに見に行くことができます。そこからデータをダウンロードすることもできますし、そこのデータに直接アクセスしてDaVinci Resolveなどの編集ソフトで編集することもできます。
しかもATEM Television Studio HD8 ISOは初期出荷時からキャンペーンが開始されている珍しい商品で、今購入すると期間限定で2TBのM.2ストレージが内蔵された状態でお手元に届きます。だからわざわざストレージを買わなくても、内部ディスクに2TBまでデータを保存できるというわけです。保存できるのはISO収録データだけではありません。普通のNASとしてMacやWindowsからアクセスできるので、旅の思い出の動画などの自分の好きなデータを保存したり──なぜスイッチャーのなかに旅の思い出の動画を入れないといけないのかという点はさておき──、そこに編集素材を入れてDaVinci Resolve側から参照して編集したりすることができます。
Cloud Storeが入っているということは、当然クラウドストレージシステムとの連携も想定されています。ATEM Setupを開くとCloud Syncというタブがあり、DropboxやGoogle Driveと連携が取れるようになっています。ISO収録したデータを片っ端からDropboxの指定のフォルダにアップロードしたり、Google Driveの指定のフォルダから、ATEM Television Studio HD8 ISOの内蔵ストレージの指定のフォルダにデータをダウンロードすることもできます。
Streaming Bridge
最後に紹介するテクノロジーは、Streaming Bridgeです。これもCloud Storeと同じく、製品の前例があります。2020年に発売されたATEM Streaming Bridgeという製品です。これはもともとは高画質の映像を遠隔で受けるための製品で、ATEM Mini ProやWeb Presenter HDなどの製品と組み合わせて使うことが想定されています。たとえば以下の図のように接続すると、ATEM Mini Proを送り手(エンコーダー)、ATEM Streaming Bridgeを受け手(デコーダー)として、高画質の映像と音声をインターネット経由やローカルLAN経由で伝送できます。ZoomやTeamsなどのウェブ会議システムの場合に比べて、カクツキやノイズのないきれいな映像を送ることができるということで好評な製品です。大阪から東京、ロンドンから東京など、地球のどこからでも滑らかで美しい映像を受けられます。
このデコーダー機能が、ATEM Television Studio HD8 ISOに搭載されています。これにより、ATEM Streaming Bridgeがなくても、ATEM Mini ProやWeb Presenter HDなどでエンコードされた映像データを受け取ることができます。もし対応エンコーダーデバイスをお持ちであれば、お手持ちのカメラをリモートカメラとして使って、簡単に多元中継をすることができます。対応エンコーダーはATEM Mini Pro、ATEM Mini Pro ISO、ATEM Mini Extreme、ATEM Mini Extreme ISO、ATEM SDI Pro ISO、ATEM SDI Extreme ISO、Web Presenter HD、Web Presenter 4Kです。ATEM Television Studio HD8 ISOは、8系統までのストリームをデコードできます。つまりATEM Television Studio HD8 ISOにはATEM Streaming Bridgeが8台内蔵されているのと同じということです。
ただ今回のATEM Television Studio HD8 ISOがすごいのはそれだけではありません。URSA Broadcast G2、Studio Camera 6K Pro、Studio Camera 4K Pro G2という3種類のブラックマジックカメラとの組み合わせなら、片方向の映像データの伝送だけではなく、双方向の通信ができます。カメラからデータを受け取るだけではなく、スイッチャーからカメラにデータを戻すことができるのです。どういうデータが戻されるかというと、まずはカメラコントロール信号です。遠隔のカメラをインターネット越しにコントロールすることができます。アイリス、フォーカス、ズーム、色温度、カラーコレクションなどの操作コマンドをスイッチャーから送って、それをカメラ側で受けられます。そしてタリー。これらのカメラにはタリーライトが備わっていて、スイッチャーで使用されているときには赤色、スイッチャーでプレビューで選択されているときには緑色で光りますが、これがインターネット越しでも動作します。それからトークバックもあります。円滑なオペレーションのためには、カメラが置いてある遠隔地とのスムーズなコミュニケーションが必須ですが、ATEM Television Studio HD8 ISOとこれらのカメラの組み合わせなら、インターネット経由でもトークバックが機能します。プログラム音声をカメラ側に戻すこともできます。
これは画期的なことだと思います。遠隔地でのリモートカメラを、同じスタジオ内にあるカメラと同等に扱えるわけですから。世の中にリモートカメラはいろいろありますが、スイッチャーとの連携がこの水準でできるシステムはなかなかありません。これまでは本格的な多元中継を成立させようと思ったら、放送局が中継車を手配したり、配信業者が数百万円の機材を用意したりする必要がありました。そしてもし多元中継のために高価な機材を用意したとしても、タリーやトークバックやカメラコントロールは、当然ないものとして考えなくてはなりませんでした。きれいな映像を送るということ以上の話はあきらめざるを得ませんでした。しかしATEM Television Studio HD8 ISOのStreaming Bridge機能と、URSA Broadcast G2、Studio Camera 6K Pro、Studio Camera 4K Pro G2のいずれかのカメラを使えば、スムーズでクリーンな映像信号を送れるだけではなく、タリーも、トークバックも、カメラコントロールも、全部使えるようになります。その上、これらのカメラはルーツがシネマカメラにあるため、普通のリモートカメラよりも遥かに高画質な美しい映像を撮影できます。
URSA Broadcast G2、Studio Camera 6K Pro、Studio Camera 4K Pro G2は、いずれもテザリングに対応しています。だから有線のLANが用意できない場所でも、iPhoneなどのテザリングで双方向の通信を成立させられます。
解説動画
これらの機能を含め、ATEM Television Studio HD8 ISOについてさらに興味がある方はこちらのウェビナーのアーカイブ動画をご覧ください。
ちなみにATEM Television Studio HD8 ISOと同時発売された製品として、ATEM Television Studio HD8というスイッチャーがあります。ATEM Television Studio HD8には、上記の機能は入っていないのでしょうか? ATEM Television Studio HD8 ISOに入っているISO、Cloud Store、Streaming Bridgeという3種類の機能のうち、ATEM Television Studio HD8に入っているのは、Cloud Storeのみです。ISO、Streaming Bridgeの機能は、ATEM Television Studio HD8 ISOの方にのみ搭載されています。
ISO、Cloud Store、Streaming Bridge以外のATEM関連の用語集はこちらからどうぞ。
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