ひと目見ただけで強烈な印象を残すMVがある。
この連載ではそうしたミュージックビデオを作るクリエイターを“MV印象派”と定義づけ、彼らのルーツに迫ることで、映像に込めたこだわりを紐解いていく。
今回のゲストには新しい学校のリーダーズ『オトナブルー』や=LOVE『ヒロインズ』といったMVの監督を務め、独自のポップな世界観を展開する吉川エリさんに登場いただいた。
- ミュージックビデオ監督吉川エリ
長野県出身。多摩美術大学卒業後、映像制作会社を経て2019年に独立。被写体に寄り添いながら、ユニークでポップな世界観で魅せる演出を得意とする。様々なMV/CM/LIVE映像などを手掛ける。
twitter:@yosihikawa_eri
生首を浮かせる強烈な世界観
ーー今回吉川監督に来ていただいたのは新しい学校のリーダーズの『Suki Lie』のMVを見たことがきっかけでした。初めて見た時「なんだこのMVは」と衝撃を受けたんです。
吉川: ありがとうございます。嬉しいです。
ーー『Suki Lie』で特に印象に残ったのが、メンバーの顔だけが浮いているようなシーンでした。これは最初からアイデアとして浮かんでいたものなんですか?

吉川: そうですね、とりあえず顔の3Dスキャンを撮っておこうかなと思ったところから始まりました。
最初の撮影が白ホリのスタジオだったんですけど、友達のCGアーティストに声をかけて、iPhoneで3Dスキャンだけ撮ってくれないかとお願いして、撮ってもらったんです。
そこからメインの工場の撮影までにどんどん組み立てていったという感じですかね。
そこで、カツラを浮かせようと思ったんですよ。
ーーなぜカツラだったんですか。
吉川: 新しい学校のリーダーズの4人って、髪型だけで誰かわかるくらい、みんなキャラがめちゃくちゃ濃いんですよね。
眼鏡だったらSUZUKAさんだし、ツインテールだったらMIZYUさんだし。4人それぞれの個性が強烈にあるので、多分カツラだけ浮いていても誰が誰だか一瞬でわかるなと思ったんですよね。

そして歌詞を見てみると、結構ドロドロした女性の怨念を歌っているんですね。理不尽な事を男性にされて、自我が崩壊した女性がいる。
その女性が表情を失いながらも髪型というわずかなアイデンティティだけを残して、廃墟のような場所に浮いている画を差し込んだら、虚無の象徴になるんじゃないかと考えました。
なので、自我の崩壊と虚無感を歌った歌詞をインパクトのあるモチーフで表現したいとなったときに4人のアイデンティティの強さを利用してあの顔面を浮かばせる画が生まれたんです。
ーー私が最初にMVを見た時に怖さを感じたのはまさしく、表現したかったことにハマったということなんですね。
吉川: 嬉しいです。ラスサビの手前ぐらいで顔がぐちゃぐちゃになるんですけど、それはもう感情が積もりに積もって、自我が完全に崩壊した状態というのを表そうと思ったものです。それもCGアーティストの方にお願いしました。
“なりきる”世界観に憧れた
ーーこうしてお会いした印象だと、すごく明るくて面白いお人柄だなと。小さい頃からそうだったんですか。
吉川: いや、全然そんなことはないんです。学生時代は結構学校休んでいて、引きこもりだったんですよ。中学の頃からあまり学校に行けなくなったんです。
学生の時は色々こじらせていて、自分が何になりたいのかわからない状態だったんです。
学校に行きたいのか行きたくないのかもわからなくなって、家にこもって、インターネットでいろいろ調べたり、絵を描いたり、好きなアイドルの映像見たりして、1人でずっと過ごしていました。
ーーでも、その頃からアイドルは好きだったんですね。
吉川: 大好きでした。
ただ今回のお話をいただいて、「自分のルーツになるアーティストって誰だろう?」と考えた時に、パッと浮かんできたのはTommy february6だったんです。
ーーthe brilliant greenのボーカル川瀬智子さんのソロプロジェクトですね。
吉川: これは今考えるとすごく面白いプロジェクトなんですよ。
Tommy february6ともう1つ、Tommy heavenly6という名前でもプロジェクトが展開されていたんですけど、february6は川瀬智子のブライトサイド、明るい内面を表現するアーティストで、heavenly6は逆にダークサイドを表現するアーティストという、両端の世界観を1人でプロデュースされていたんです。
当時、これが自分にとって衝撃的で。MVもそうですし、ホームページからCDジャケットまで関連するもの全部february6とheavenly6の世界がしっかり構築されていました。
february6はちょっと乙女チックでキラキラしていて、恋とか夢みたいなことをテーマに歌っているんですけど、heavenly6は本当に逆で、ストレスとか嫉妬とかそういう感情を歌にしていて、見た目もアイラインをガンガンに引いてゴシックな感じなんです。
その両方の世界観を1人の人間がプロデュースしていることに感動したんですよね。
もちろんそれを支えるスタッフの方々がいたと思うんですけど、そういう自分に“なりきる”みたいなことってなかなかできないことだと思うので、憧れでした。なので思い返すと、あの世界観の作り方は自分の作品の根底にあるのかなという感じがします。
ーーTommy february6に惹かれたのは、どれぐらいの時ですか。
吉川: 高校生ぐらいの時だったと思います。それぐらいの時に知って、お小遣いでCDを買ってました。
当時はMVも今みたいに気軽に見ることはできなかったので、CDに付属されているDVDを何度も見てました。めっちゃ好きでしたし、テレビでちらっと映るMVにも感動したり、そういった感情が自分の中で大切な、それこそルーツと呼べるものになっていくんですよね。
ーーその頃には既に映像を作りたいという思いはあったのでしょうか。
吉川: その時は思ってなかったですね。自分が何になりたいのかまずわからなかったですし。大学に入ってからも本当にいろいろなことをやってみて、やめて、の繰り返しみたいな感じでした。
映像にたどり着いたのは大学生の最後の方で、それまでは自分がMVを作る側になるなんて全く思ってなかったです。
ハッタリから踏み出した映像の道
ーー大学は多摩美術大学とのことでしたが、志望したきっかけは何だったんですか。
吉川: これがまたアーティストへの憧れからなんですけど。先ほどのTommy february6と同じくらい、当時はゆらゆら帝国も大好きだったんです。そのボーカルの坂本慎太郎さんが多摩美出身だったんですよ。
坂本さんはCDジャケットも自分で描かれる方で、多摩美に行けばこんなかっこいいものを作れるようになるのかな、と思って多摩美を志望したんです。
ーー吉川さんはハマると、どっぷり心酔するタイプの方なんですね。
吉川: そうかもしれないですね(笑)
当時は家に引きこもっていたのもあって、めちゃくちゃ時間があったので、いろいろなアーティストを自分なりに掘ってました。森高千里さんとか、昭和のアイドルとかもすごく好きでした。
近所の古本屋みたいなところに日中漫画を読みに行っていたんですけど、そこにはCDも置いてあったんですよ。100円とかで売られている昔のCDを大量に買って、そういったジャンルもどんどん掘っていった感じですね。元々音楽自体が大好きなんです。
ーー先ほど大学生活の終わり頃で、映像の道に進むことを決められたと仰っていましたが、どんなきっかけがあったのでしょうか。
吉川: それは本当に些細なことですね。
Vook編集部@Vook_editor
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