BGMをつかわない映画?
2年前に制作した中編ドキュメンタリー映画「自然と兆候/4つの詩から」は、映画内でBGMを使いませんでした。フィールドレコーディングした環境音、インタビュー、別録りした詩の朗読、現場のカメラマイクを活かして制作しました。グレーディング以外はアドビで完結できるようにAuditionで音を編集しました。結果、タイムラインのトラックは20以上...30くらいになりました。フィールドレコーディングの機材はローランドのR-4、マイクはゼンハイザーのMK416。インタビューはローランドR-44、マイクはRODEのNTG-1(一部MK416、アツデンのSGM-P2)。詩の朗読はR-44にMK416(一部アツデンのSGM-P2)。現場のカメラマイクがアツデンのSGM-P2でしたので、録音でも一部つかっています。ちなみにフィールドレコーディング時にカゴ(例えばRODEのブリンプ)は必須です。マイクスタンドも2つ持っていき2chで録音しました。この記事ではBGMをつかわない映画をどのようにつくっていったのかを書きたいと思います。主にフィールドレコーディングについて、です。
映像に合わせて音を録る
映画のタイトルが「自然と兆候/4つの詩から」で、それぞれ「自然」をテーマにした映像作家をとりあげました。できるだけ「自然」の音を録ろう。ということで、BGMをつかわずに、カメラマイクを活かしながらもあとは全てフィールドレコーディングで仕上げました。結果、BGMをつかわないドキュメンタリー映画ができました。ドキュメンタリーは「自然」や「人」を相手にする職業だとわたしはおもっています。現場で風、雨、雪、鳥の鳴き声…室内でも空調、道路の車…など、ノイズがいたるところにあります。これらにどのように対処するかが現場で求められるとおもいます。ポスプロの過程でなおすこともできますが、できるだけその工程を踏まないのは、映像と同様に、音もゆがむからです。さて、どのようにして映像に音をはめていったのかを書きたいとおもいます。
劇中のワンシーンです。ドキュメンタリー映画「いのちの食べ方」で有名なニコラウス・ゲイハルター監督の「HOMO SAPIENS(邦題:「人類遺産」)」の撮影の様子です。この日は台風が近づき豪雨でした。監督が雨の中REDで撮影をしています。助手のサイモン・グラフが傘をさしています。葉に雨が当たっています…。お気づきかとおもいますが、フィールドレコーディングで録音する音は、この全てです。(観客の)視点(もしくはシーン)も考え、どこの音を強調すべきか。録音の前に考えなければいけません。わかりやすいように、ちょっと分けて考えましょう。ここで録音すべきは、1、道に跳ね返る雨音、2、木々や葉に当たる雨音、3、傘に当たる雨音…、他です。台風なので風の音も考慮しなければならないでしょう。さて、これらをどこで録音するのでしょうか。答えは簡単。雨が降る林の中です。もちろん林の中だけでない雨音をミックスしています。フィールドレコーディング時に台風でなくても良く、またその現場でなくても良いです。問題は「その映像から何が聞こえてくるのか」を映像から見る、聞く、だとおもいます。次のシーンにいきましょう。
福島県の相双地域を代表する祭「相馬野馬追」を撮影する韓国の写真家チョン・ジュハさんです。ここで何を録音すべきでしょうか。1、馬の蹄の音、2、馬装や甲冑が擦れる音、3、人々のガヤ音…。ここでは先の映像とは違い「相馬野馬追」の現場に行かねばならなかったのでした。どうしても「道路や砂利道を歩く馬の蹄の音」「馬装や甲冑が擦れる音」が録れなかったからです。あと、祭で人の集うガヤ音。これはなかなか難しい。イベント録りは一発かも…とおもいました。最後にこちら。
北海道の写真家露口啓二さんです。福島の原発事故で帰還困難区域などに指定されている場所を撮影しています。背景は海、前景は雑草が茂ります。ここで録るべき音は何か…。1、波音、2、雑草が風に揺れる音、3、雑草の中にいる虫の声…他にもありそうですが、だいたいこのように録音(フィールドレコーディング)しています。チェックシートをつくり、それぞれ個別に録ることを心がけていますが、他に流用できる音が録れる場合もあります。
映画のフィールドレコーディング
ここまでフィールドレコーディングについて書いてきましたが、なぜそこまでこだわるのか? という疑問をお持ちだとおもいます。映画においてBGMはすごく重要だとおもいます。楽曲で左右される映画もたくさんあるでしょう。しかしその現場(のように感じられる)リアルな音があってBGMも生きるのではないかとおもっています。フィールドレコーディングで録れる音は数えきれないほどたくさんあるでしょう。音は突き詰めればどこまでもこだわれる世界だとおもいます。「自然と兆候/4つの詩から」のように、またフィールドレコーディングを活かしたドキュメンタリー映画を撮りたい、とちょっと思っています。ちなみにフィールドレコーディングは、かなり面白いのでお試しいただければとおもいます。マイクを持って雨風雪山の中に入って行き、音に耳を傾けるのは、まるで別の世界にいるような素晴らしい体験です。きっと音の考え方も変わってくるに違いありません。
岩崎孝正@takamasaiwa
映画監督、映像作家です。長編劇映画「海鳴りがきこえる」を全国劇場公開。 日本の映像・映画文化の底上げのために、微力ながら映像を撮ったり、書いたりできればとおもいます。
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