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【上出遼平インタビュー(前編)】『ハイパーハードボイルドグルメリポート』のレシピ

2021.09.30 (最終更新日: 2022.06.28)

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好評のロングインタビュー連載「私の映像哲学」。今回のゲストは上出遼平さん。テレビ東京に在籍するディレクター、プロデューサーです。
上出さんの代表的な仕事は「ハイパーハードボイルドグルメリポート」(2017年~)。
墓地に暮らすリベリアの娼婦(元少女兵士)や台湾のマフィア、ロシアのカルト教団etcーー世界中の"ヤバイ場所"に潜入し、そこに暮らす"ヤバイ奴ら"はどんな"ヤバイ飯"を食べているのか? に迫る異色のグルメ番組は世間に衝撃を与え、いまも続く人気シリーズに。
同シリーズの企画・プロデュース、演出、撮影、編集など、制作のすべてのプロセスを担う上出さんに、企画の経緯から単身海外ロケの極意までじっくり聞いてみました。
見る人の心を捉える"ヤバイ映像"のつくり方とは? 前後編でお届けします。
インタビュー&構成:河尻亨一(編集者・銀河ライター)
写真:押木良輔

「ハイパーハードボイルドグルメリポート」

▶過去作を全て見られるのはParaviだけ https://www.paravi.jp/title/24596
▶Netflixでも一部配信中 https://www.netflix.com/title/81029429

撮りたいものは人が行かないヤバイ場所にあった

——まず企画のお話から。「ハイパーハードボイルドグルメリポート」は企画が振り切ってますね。デンジャラスな人や世界を取材するドキュメンタリー自体は過去たくさんつくられてますし、グルメ番組にいたってはうんざりするほどある。

でも、「ヤバい奴ら」が食べてる「ヤバい飯」にフォーカスした番組は、見たことがなくて。すでにいろんなメディアで話されたと思いますが、改めてこの企画が生まれた経緯からうかがってみたいのですが。

上出遼平氏(※以下、上出) 「ハイパー」を始めたのは、入社6年目か7年目だったんですけど、それ以前から仕事で、ほとんどの日本人が行ったことないような場所によく行っていたんです。入社してアシスタントの頃からほとんどの社会人生活、海外のいろんなところで暮らす日本人を探す番組に携わっていましたから。

基本的に人があまり行かない場所でカメラを回せば、なにかしらのものが撮れるっていうシンプルな考え方で動いていたんですけど、「どういうところなら日本人は行ったことがないのか?」、さらに言うと「現地の人でさえ行かない場所はどこか?」って考えていくと、当然ながら治安が悪いところとか、衛生状況が悪い場所がロケ地になっていくんです。

で、そういうところに積極的に足を運ぶようになっていったとき、まずはそこで暮らす人たちがすごく興味深かったというのがあるんです。

——どのへんが興味深いと思いましたか。

上出 たとえば、ケニアのスラムを高台から見ると、トタンの密集している屋根のところどころにペットボトルが突き刺さっている。なんだろうと思って訪ねてみると、ひと目で気づくんです。「あ、これ、ライトだ」って。

電気が来てませんから。外光を取り入れるときに、ペットボトルが一番合理的だっていうことらしいんですね。屋根に突きさしておくと、室内に光を拡散してくれる。中にちょっとだけ漂白剤を混ぜて濁らないようにしていたり。つまり、ものすごく頭を使って生きているんです。そうせざるを得ないからなんですが。

一方で我々は何かの欲望があったら、そのほとんどすべてに供給元があるというか、ほぼ全部の答えが用意されていますよね。不快なことや不便なことがあったら、まずは「何を買えば解決できるだろうか」とお金での解決を目論みます。

でも彼らは順番が違います。まずは自力でなんとかすることから始める。

もちろんケニアのスラムの住人たちからすれば、我々の暮らしの方がずっと幸せそうに見えていると思います。「日本に連れて行け」ってよく言われますから。

ですが、経済的にある程度充足した人間ていうのは、もともと人間が持っていた創造性や身体性を剥奪されているとも言えるわけです。負荷をどんどん軽減させていくことが理想なら、その行き着く先はマトリックスの養分人間です。生まれてから死ぬまでカプセルの中。脳に直接快楽の信号を送られるだけ。

だからスラムの住人にリスペクトに近い感情が生まれるんです。これは、見世物小屋を楽しむ悪趣味な欲望と表裏一体です。

それで、そういう場所の暮らし、つまりあっと驚くような創意工夫っていうのは人間のプリミティブな感動を呼び起こすので、いろいろな意味でリスクはたくさんあるけれど、エンターテインメントにもなり得るんじゃないかと思い始めました。

飯にその土地が凝縮される。一緒に食えば距離が縮まる

——番組のキャッチフレーズみたいに使われる「ヤバイ奴らのヤバイ飯!!」という言葉は、企画をズバッと言い当ててますね。シンプルだけど強い。

上出 「ヤバイ」はすごく曖昧な言葉で、曖昧ゆえに使っているところはあるんです。「ハイパーハードボイルドグルメリポート」というタイトルとそのキャッチフレーズは、駒沢通りを走っているときに思いつきました。頭を整理するときは、だいたい走るんですけど。

言葉はわりとぱっと出てきましたね。それ以外にないというか。「ヤバイ」は危険という意味もありますけど、何かに秀でたすごい人もヤバイ人なわけで、僕は一貫して、そこの境界線を溶かしていくようなことを志してますから。そういう意味でも「ヤバイ」という言葉がフィットしているな、と思うところはあります。

——「境界線を溶かしていく」というのは、上出さんが仕事をしていく上での心がけみたいなものですか。

上出 こと、この番組に関してはそうですね。テレビって基本的には明確な境界線を引くことが大事とされていて、世の中のあらゆる事象に対して、「この線が常識ですよ」とか「ここからこっちがOKラインでこっちはアウトです」みたいなことを、ずっとやり続けてますよね。

「だれかが不倫をした? はい、こっちね」みたいに選り分けていって、白黒をはっきりさせるみたいな。バラエティ番組にしても「あり・なし」というものが基本的な構造の中にあって、すごくわかりやすくて見ていて気持ちいいんですけど、受け手の思考が停止することでもある。

でも、それってテレビという商業の中では当然なんです。サービスですから。善悪やありなしの線を引くことで、受け手の負荷を減らしていくことが、テレビのあるべき姿としてここまできたところはあって。

ただ僕は、そのことの弊害も大きいと思っていて、せっかく僕ら世代がテレビをやるんだったら、テレビが引いてきた境界線をテレビが壊していくこともできるんじゃないか? と。そういうポリコレ発想でやっているフシはありますね。……まだグルメの話にまったく至ってないですけど(笑)。

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