TikTokやYouTubeショートなど縦型の動画はもはや世界的な定着を見せている今日。
映像業界では比較的歴史の新しいこの形式に対し、まだ新たな文法を模索している。
そうした縦型動画に挑戦する映像クリエイターを応援するべく開催されたアワードがニコン主催『-Nikon Presents- Vertical Movie Award』(以下、NVMA)だ。
第1回となる2022年度(NVMA2022)のテーマは「新しい挑戦」。
全編縦型で2分以内のレギュレーションという、まさに新時代に向けての映像制作コンテストであるが、NVMA2022にて映像監督 shuntaro氏(bird and insect)による審査員賞を受賞したのは、弱冠25歳(当時)の島田 龍氏が監督した『My Journey』である。
プロの映像クリエイターとしてのキャリアを積み始めたばかりだという島田氏にとって、初のショートドラマ制作で確かな結果を出したことは大きな糧になったと言えよう。
本稿では島田氏に、『My Journey』の制作過程や自身の演出スタイル、そして影響を受けた映像作家などを語ってもらった。
『My Journey』
出演:杉本茉由、両角 颯/監督・脚本・撮影・編集:島田 龍/録音・撮影助手:北見 理/製作:映像制作チーム「ネクシネマ」
独立と応募、パズルのピースがはまった。
──島田さんが映像を撮り始めたきっかけを教えてください。
『My Journey』監督・島田 龍(以下、島田):
学生時代にイギリスへ留学していたのですが、仲良くなった友人のひとりが今でいうシネマティックVlogを本格的にやっていた人で、彼に教えてもらったことがきっかけでした。
当時はミラーレスカメラに安いオールドレンズを付けて、個人的な思い出を撮っていました。あとは大学の授業で一度だけ、ドキュメンタリー映像を制作する機会がありましたが、基本的にはほぼ独学です。
▲ 『My Journey』の監督・脚本・撮影・編集を手がけた、島田 龍(しまだ りょう)氏。フリーランスの映像クリエイターとして、ビデオグラファースタイルから映画プロジェクトの撮影スタッフまで精力的に活動中
──独学ではどんな教材を参考にされていたのでしょう?
島田:
ほとんどはYouTubeなどで基本的なテクニックを学んでいました。
具体的には、DSLRguideや、Danny Gevirtz/ダニー・ギバーツ、Waqas Qazi/ワカス・コジーなどを参考にしました。
ショートフィルムでは、Omeletoにアップされる作品をよく観ています。日本のクリエイターだとbird and insectさんのYouTubeもよく拝見しています。
──島田さんは「ネクシネマ」という映像制作チームに所属されていますが、どのような組織ですか?
島田:
映像作家の田代健二さんが20分くらいの自主制作ショートフィルムを作る際に仲間を集めたことがきっかけです。
そこに、北見 理さんと、当時はまだ会社勤めだった僕が加わって、3人で共同代表という形のチームになりました。
▲ 短編『My Journey』。行ったことのない場所へ、自分の目で確かめに行く。そんな小さな冒険と挑戦を、自転車を題材に縦構図で描いている
島田:
僕は大学卒業後、会社勤めをしながら友だちのミュージックビデオを作ったり、Vlog的なことをやっていたのですが、昨年末にNVMA2022へ応募することを決めたのと同じタイミングで独立して現在に至ります。
ネクシネマも法人というわけではないので、基本的にフリーランスとして映像制作を行なっています。
──島田さんはご自身の作家性について、どのように捉えていますか?
島田:
黒が締まった画が好きなので、海外の作品っぽいルックかもしれませんね。
先日、ハリウッドで活躍されている俳優の松崎悠希さんとお話する機会があったのですが、松崎さんには「できるだけセリフに頼らない、ビジュアルストーリーテリングが特徴的」だと、おっしゃっていただけました。
──そんな島田さんが「NVMA2022」に応募された動機を教えてください。
島田:
田代さんがNVMA2022を見つけて、何か企画を考えてみようとなり、僕が「ドラマを撮りたい」と脚本を書いてみたところ、「それで行こう!」となりました。
ドラマにした理由ですが、NVMAの場合は応募作品はドラマ以外のジャンルが多くなるんじゃないかと思ったからです。
(ドラマにすることで)差別化できると思ったのですが、結果的にはドラマ作品もけっこうありましたね。
それでも、複数のロケーションを使った作品は少なかったですし、ルックについても確かな個性を込められたと思っています。
島田:
自転車については、田代さんのアイデアでした。
縦の構図に合う題材ですし、僕の高校時代は自転車通学で、自転車に乗ることで世界が広がっていったという実体験もあったので、NVMA2022の「新しい挑戦」というテーマに合致すると考えました。
──これまでに縦型動画を作られた経験はありましたか?
島田:
ありました……と言っても、アマチュア時代にInstagramのストーリーに数回投稿したぐらいですけど(笑)
当時は、縦型であることをさほど気にしなかったのですが、『My Journey』を制作する段になって、通常の横構図の映像制作とはかなり意識を変える必要があると思いました。
▲ 縦型の構図を活かしたカットの例。自転車に乗る主人公を、画面奥へと(縦方向に)移動するアングルで撮影した
──シナリオ開発については、いかがでしたか?
島田:
ドラマのシナリオを書くのは、今回が初めてでした。
いつか脚本も書きたいとは思っていましたが、いざ書いてはみたものの、初稿は自分でもそれほど面白いと思いませんでした(苦笑)
田代さんと北見さんからフィードバックをいただきながら、最終的には4稿まで書き直しました。
直した部分ですが、初稿では主人公がレインボーブリッジを観に行く動機が正直、弱かったのです。
猫を見た主人公が「ネコは自由だよね」的なことを言ったことからストーリーを展開させていたのですが、弱いなと(苦笑)
レインボーブリッジについて調べる一環で『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003)を観た影響もあって、より明確な動機をもたせるかたちへと書き直しました。
それ以外の部分は、ほぼ同じです。ラストカットについては、兄に勘違いを指摘された主人公が改めてレインボーブリッジを見に行こうとする姿を描くことで、余韻を残そうと考えました。
──そうした主人公の姿が、NVMA2022のテーマ「新しい挑戦」にかかっているわけですね。本作では、脚本・監督・撮影・ポスプロと、大半の作業をご自身で手がけられたようですが、普段からこのスタイルですか?
島田:
そうですね。撮影などは他の方にお願いすることもありますが、まだ自分のスタイルを試行錯誤している段階ということもあり、撮影から編集まで自分で責任をもちたい。
将来的にはより規模の大きな映像制作にも取り組んでいければと思っていますが、しばらくはこのスタイルを続けていくつもりです。
よく知った場所をロケ地に活かす
──絵コンテが詳細で驚きました。
島田:
ちょっとやりすぎたなと思っています(笑)
Storyboard Proを初めて使ったのですが、プリセットのキャラクターモデルがあるので、かなり細かく構図などを詰めることができました。
▲ 島田氏が作成した絵コンテより。Storyboard Proにはキャラクターモデルなどの3Dオブジェクトが複数プリセットで用意されているため、構図などを詳細に検証することができたという
島田:
結果的には、計画的に撮り進めることができたので作って良かったなと思います。初めてのドラマで、しかも縦型だったので、この絵コンテがなかったら予定通りに撮りきるのは難しかったと思います。
▲ 主人公たちが暮らす部屋シーンの撮影模様。全カット、カメラを縦型の向きで統一して撮影された
──いわゆるロケハンは行わずに、いきなり本番の撮影に入られたのですか?
島田:
はい。大半のシーンは家の近くで撮りました。自分がよく知っている場所をロケ地にすることで、どこで何を撮るのか事前にしっかりとイメージすることができていました。
主人公が乗る自転車も僕の私物なので(笑)、想像されているよりもかなり手軽に撮っていると思います。
撮影クルーは、僕と北見さんの2名。役者さんも、主人公を演じていただいた杉本茉由さんと、主人公の兄を演じていただいた両角 颯さんのおふたりだけ(計4名)というコンパクトな体制でした。
自転車のシーンは、僕が車を運転して助手席の北見さんが一脚でカメラを持ってもらった状態で、窓越しに走っている様子を撮りました。
──自転車の足元の画はどうやって撮ったのですか?
島田:
何か特別な機材を使ったわけではなく、マジックアームを自転車のフレームに付けてカメラを固定してクランプをガチガチに締めたら、あとは落ちないことを祈りました(笑)
機材も全部自分のものなので最悪、何とかなるわけで。一応、ストラップも通しましたが、結果的にはビクともしませんでした。
▲ 自転車の足元カットの撮影では、SmallRig製のマジックアームを使い自転車の横にカメラを固定
▲ 自転車の横に取り付けたカメラからのアングル
──撮影に際し、この作品のために用意した機材は何かありましたか?
島田:
特にはありません。レンズは、仕事でもたまに使うNikonのAI Nikkorです。手頃な価格で、ルックも統一されているので重宝しています。
あと、父親が新聞記者だった頃に使っていたカメラがあって、そのレンズも同じAi Nikkorなので使いました。
ちょっと懐かしい感じにもなるし、マニュアルフォーカスに慣れているので、ほとんどそれで撮っています。
この作品のために新しく購入した機材としては、スモークマシンですね。室内のシーンで薄く焚いて奥行き感を出しています。
▲ 『My Journey』の撮影に使用したレンズたち。右のボディは、島田さんのお父さんが昔使われていたフィルムカメラ。現在は、島田さんが愛用しているとのこと
▲ 屋内シーンの照明機材にはAputure 200xや60dを使用。スモークも炊くことで、ルックが追求された
──撮影には何日かかりましたか?
島田:
自転車で走るシーンが少し大変でしたが、1日で撮りきりました。
1カットあたり多くても3テイクぐらいだったと思います。
当て書きですし、おふたりとも自然体で演技をしていたくことができました。
──ポスプロ工程について教えてください。
島田:
いつも撮影当日の夜か、翌日にはラフ編集を行うようにしています。そうしないと、自分の中で方針が定まらないので。
ソフトは、編集作業にもDaVinci Resolveを使っています。まずは大まかに組んで、後から細かなところを詰めていく感じですね。編集については、あまり迷いませんでした。
田代さんと北見さんに観てもらい、最終的に110秒という尺になりました。
こだわった部分は、グレーディングですね。編集よりもこちらに時間をかけました。
──具体例を教えてください。
島田:
全体的にですね。シャドウを落とすこともどこまでやればいいか、まだ正解が掴めていません。
安いディスプレイだと黒が潰れてしまうので、最初はいつもよりシャドウを上げ目にしたのですが、自分のスマホで見てみたら、やっぱりもうちょっと締めたくなって……。
色も有機ELディスプレイでは強く出る印象があったので最初は浅めにしていたのですが、結果的には自分が好きな黒を締めたルックに落ち着きました。
グレーディング作業の例
<A>log形式で収録されたオリジナルの撮影データの状態
<B><A>に、デフォルトのRec.709のLUTを当てただけの状態
<C>独自のLUTを当てた上で、グレーディング作業を施した最終形
──そして作品は見事、shuntaroさんの審査員賞を受賞されました。一報を聞いたときはどんな思いでしたか?
島田:
発表のときは友達と食事をしていました。「今から発表されるから一応」と観ていたら、僕の作品が選ばれたので、めちゃくちゃ嬉しかったです。(審査員賞として)「Nikon Z fc」もいただけると知り、大はしゃぎでした(笑)
独立した直後に受賞することができたことは、自分にとって自信にもなりました。
縦型動画独自の新たな演出技法を見つけたい
──NVMA2022の受賞が新しい仕事につながったりはされてますか?
島田:
先ほど話題にした松崎さんに『My Journey』をご覧になっていただいたことがきっかけで、ご紹介いただいた俳優さんと一緒にショートフィルムを撮りました。
あとは、僕にとって『My Journey』が初めての本格的な縦型作品になったのですが、「縦型も作れるんですね」的な話がフックになって、実際に仕事にもつながりました。
ネクシネマにとってもドラマ作品がポートフォリオに加わったことで、新しい展開が期待できると思っています。
今年6月に開催された「クリエイターEXPO 2022」に参加するためにデモリールを更新したのですが、やっぱり縦型だとモニターに映したときにインパクトがありますね。
縦型動画を作れるクリエイターを探している方は、必ずいると思うので、NVMA2022に参加して良かったと改めて思います。
──『My Journey』という縦型作品を制作してみた感想を聞かせてください。
島田:
監督する立場としては、横構図よりも見せたいものが限られてしまう難しさがあったのですが、プロダクション面では作りやすさも感じました。
例えば屋内シーンでは、カメラの目の前にまで照明機材や、ブームを持ってきた状態で撮ることができます。
オリジナル作品など、バジェットが限られているプロジェクトでは優位性があると思います。
縦型動画は、スマホで観る人が大半ですが、現在主流の「やってみた」的なコンテンツでは満たせないニーズが必ずあるはず。「LINE VOOM」などでドラマ作品の配信もどんどん増えていくと思います。
──島田さんとしても縦型作品を積極的に作っていく考えですか?
島田:
機会があれば、ぜひやりたいと思っています。
これまでは映像カメラマンを名乗っていたのですが、今回自分で脚本を書いてみて、改めてストーリーの大切さに気づきました。
短尺の作品だと、情報に次ぐ情報で、勢いにまかせてしまいがちなので、『My Journey』ではその逆を突こうと短尺の中でもストーリーを丁寧に描くことを心がけました。
手前味噌ですが、そうした狙いを上手く作品に込めることができたのかなと思っています。
島田:
縦型が普及していくと、イマジナリーラインなどの従来の(横型の)映像制作で培われてきた演出ルールも変化するのではないかと思います。
同ポジでジャンプカットとかは、YouTube動画では当たり前になりましたよね。
そうした新たなルールを発見できるクリエイターになりたいですね。
自分の強みという意味でも、他の人がやっていないことに今後も積極的にチャレンジしていきたいと思っています。
──審査員賞の「Nikon Z fc」はどんな風に使っていますか?
島田:
プライベート用として、出かけるときはいつも首から下げています。
七工匠 7Artisansや、アダプターを使ってNikonのオートレンズを付けたりして使っています。
スチールの仕事もしているのですが、ジュエリー撮影のときに少しでも被写界深度を取りたいと思い、Nikon Z fcを使いました。
▲ 島田氏の「Nikon Z fc」。NVMA2022では、審査員賞として「Nikon Z fc 16-50 VR SLレンズキット」が提供された
──11月1日(火)に第2回となる「Nikon Vertical Movie Awrd 2023 (NVMA2023)」の応募が始まりました。最後に、応募を考えている方々へのメッセージをお願いします!
島田:
正直に言うと、制作当初は受賞できるとは思っていませんでした(笑)
縦型というフォーマットはまだ新しく、試されていない手法や使い方が無限にあると思います。
その可能性を探る、広げることを目指して、様々な作品を観られることを僕も楽しみにしています!
"縦型動画の代名詞"となる作品をめざせ!「-Nikon Presents- Vertical Movie Award 2023」応募受付中!
TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
PHOTO_加藤雄太 / Yuta Kato
nikon@nikon
【Nikon Imaging Japan公式アカウント】 【Picture Perfect】プロクオリティの「写真」と「映像」の表現を広げる。 URL:https://vook.vc/p/nikon-z 【意外と知らない「写真」と「映像」の違い】まとめペ...
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