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【上出遼平インタビュー(後編)】「ハイパーハードボイルドグルメリポート」のレシピ

2021.10.14 (最終更新日: 2022.06.28)

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好評のロングインタビュー連載「私の映像哲学」。上出遼平さんへのインタビュー後編です。
前編に続いて、異色のグルメ番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」(テレビ東京/2017年~)について。今回は撮影や演出面でのお話を中心に。
このシリーズは書籍化(朝日新聞出版)や音声化(Spotifyで配信)もされていますが、活字メディアと映像メディアの違いとは? コンテンツへの没入感を生み出す仕かけとは?
ハイパー深夜の停波枠でオンエアされていた実験的短編ドラマシリーズ「蓋」についても聞いてみました。
▼前編記事はこちら

【上出遼平インタビュー(前編)】『ハイパーハードボイルドグルメリポート』のレシピ

好評のロングインタビュー連載「私の映像哲学」。今回のゲストは上出遼平さん。テレビ東京に在籍するディレクター、プロデューサーです。 上出さんの代表的な仕事は「ハイパーハードボイルドグルメリポート」...


インタビュー&構成:河尻亨一(編集者・銀河ライター)
写真:押木良輔

一人で行くから成立する制作スタイル

——上出さんは、企画プロデュースから演出、撮影、編集など、「ハイパーハードボイルドグルメリポート」シリーズでは、映像制作のプロセス全部にタッチされてます。

いわゆる"個人制作"に近いスタイルでつくった映像が、テレビ番組になる時代なんだと思うと興味深い。Vookの読者の中には極少人数で映像制作をされてる方も多いでしょうから、そのあたりもう少し詳しくうかがっていきたいのですが、"個人制作"の強みってなんですかね?

上出(上出遼平氏、以下上出) 「ハイパー」の場合、何を撮って帰るのかがはっきりわからないまま現地に行きますからね。この番組は、撮るものを事前に決めてしまうと絵空事になっちゃって、それだとあまり意味がないんです。

でも、ロケクルーにタレントがいたり、カメラマンがいたり、音声さんがいたらこのスタイルは絶対できない。「行ってから、探しますよ」なんて言われたら、お金もかかってしょうがない。ひとりで行くから成立するスタイルなんです。

——そのスタイルは10年前なら難しいですよね。まず機材的に不可能だったんじゃないかと。

上出 10年前だときついですし、テレビ番組ならいまでも一人ロケっていうのは、まずあり得ないんじゃないですか。ほぼないと思います。お店の外観を撮るくらいなら一人ですけど、基本的にはアシスタントディレクターと最低2人。海外ロケなら最低でも4~5人じゃないですかね。

——取材相手もはっきりわからないままロケ地に向かって、現地ではどう動くんでしょう? 撮りたい場所や人を見つけ出すときの工夫というのか、心がけていることはありますか。

上出 ときと場合によりますけどね。僕の場合、まず市場に行ってみます。特にアフリカだと、市場にいろんなものが凝縮されてますから。行くとその土地にまつわるいろんな「もの」や「こと」が見えてくるんです。リベリアでは市場で、日本からの支援物資(コーンミール)が横流しされているのを見つけて「あれ?」って思って、そこから別の取材に転がっていったり。

——番組ではカットされてましたけど、書籍版ではそのあとWFP(国連世界食糧計画)の事務所に取材に行く話が出てきますね。あそこの所長は渋々インタビューに応じてましたけど、取材交渉は結構粘るほうですか?

上出 相当粘りますね。

——うまくいくコツは?

上出 相手を持ち上げる…ですかね? 上げるというか、あなたたちにとって利益になるんだということを強調するというのか。

アフリカの警察なんかだと取材は基本おことわりなんですよね。なにしろ汚職がひどいので、「カメラなんて中に入れるな」っていうのが基本だし、すごい賄賂を求められるのがオチなんですけど、こっちはお金もないわけですから、口八丁手八丁で「あんたたちの活動はすごいって聞いてる。日本の人に見せたいんです」って強調するしかないですね。

まあ、結局のところ大切なのは"気合い"だったりします。この番組の場合、「人が行きたくないところに行けるか?」「そこで粘れるか?」「カメラを止めろって言われて、止めるか止めないか?」といったことがすべてですから。

そう言われて「止めない」のは、危険も予想されることなんですけど、そこで止めちゃうと、何のために行ったのかわからなくなってしまう。ドキュメンタリーは人が見られないものを見せるというのが大きな柱ですからね。そう考えると、撮影に関しては「コツ」とかじゃないのかなと。

——すごいわかります。結局は「伝えたい」という気持ちの強さや、「伝えなければ」という使命感といった話になってくるのかもしれない。

上出 そうですね。「家、ついてってイイですか?」という番組で、イノマーっていうバンドマンが亡くなっていくところを撮ったんです。

彼はステージ4の口腔底癌を患っていて、彼の最期の日々を記録に残したいということで、バンドのスタッフからの声がけで撮ることになったんですけど、行って病室に座っているだけで、ものすごく辛いんです。本人はほとんどの時間を苦しんでいて、その空間にい続けること自体が辛い。イノマーの方が1万倍辛いのですが。

でも、僕は逃げられないわけです。居続けないと撮れませんから。途中からは被写体と撮影者の関係でさえなくなってきて、喉が乾けば飲み物を用意したり、苦しくなったら看護師を呼んだり、カメラを持たずにただ病室にいる時間も増えてきました。イノマーの奥さんのヒロさんと、レーベル担当者の丸さんと、3人で持ち回りにみたいになったりして。

いま思うと、そうやって居続けることによって、イノマーとコミュニケーションをとることができた——ということが大事なんだと思います。彼がさみしさを感じるときに、そこにいることができたから

だから、伝えるためには、「何かを捨てる」ということも大事だなと。イノマーの病室に僕がずっといるということは何を意味しているかというと、会社員として不適格であるということなんです。ほとんど出社もせず、その病室に居座っていたわけですから。イノマーも心配して、「会社と揉めてんのか?」ってホワイトボードに書いて見せてくれたくらいで。でも、何か捨てる覚悟がないと、撮れないものもあるんですよね。

「編集力」とは大胆に素材を切る技能

——「取材対象に迫る」なんて言葉で言うと簡単だけど、ある種、相手と同化しそうなくらいの強い気持ちと、それでも客観的な引いた位置から見つめ続ける覚悟みたいな。その両立が難しいところですね。

「ハイパー」では、その土地のだれかがご飯を食べるシーンが毎回のハイライトですけど、ああいう交渉も気合いで? あるいはすんなり?

上出 ものによりますけどね。でも、リベリアのラフテー(元少女兵の娼婦飯)とか、ケニアのジョセフ(ゴミ山スカベンジャー飯)に関しては、交渉で揉めるということはあんまりなかったですね。「飯、見せてもらえませんか」って言ったら、だいたいは「しょうがねえな…」みたいな。

それで思うのは、やっぱり"飯パワー"ってあるんです。「あなたの生活見せてよ」って言うと引かれちゃうかもしれないけど、「飯見せてよ」っていうのはちょっとハードル下がるというか、構えてないところから入れる気がして。

——「食べる」という行為でコミュニケーションがとりやすくなるんですかね?

上出 こと海外の場合は、そうだと思いますね。「ハイパーハードボイルドグルメリポート no vision」と言って、いま、僕、日本で音声だけのシリーズをやってるんですけど(Spotifyで配信)、日本のほうがハードル高かったりします。

「飯、見せてもらっていいですか?」って言うと、「えっ!?」ってなっちゃう人が特に地方に行くと多い気がして。だからヨネスケさん、すごいなと思って(笑)。人の家にいきなり「失礼しまーす」みたいに入っていく(突撃!隣の晩ごはん)。あれくらいのアグレッシブさがないと。

——それこそ気合いというか(笑)。「ハイパー」は音声だけのシリーズも展開されているんですね?

上出 ええ、映像はナシなんです。1回目は街宣右翼の議長さんとファミレスに行きました。あとは「パパラッチの飯」「障害者専門風俗嬢の飯」「イルカ漁飯」とか、もう10テーマくらい配信してます。

こういう音声メディアも面白いと思いますね。音声メディアは映像より没入感がすごい。ほとんど現場にいるのと変わらない臨場感なんです。目をつぶれば、そこにいるような感覚になって、本当に行ったような気になる。耳から入った情報からイメージする光景って、記憶に定着されますよね。

——ラジオ的な体験でしょうね。映像のあるバージョンで言うと、取材中、カメラはずっと回している?

上出 ほぼ回してます。長回しはGoProが多いですね。GoProとハンディカム。長回しは何かが映りこむのを期待している状況なので、やっぱり画角の広いGoProが一番いいですね。

——それだけ撮ってると大変じゃないですか? 編集するのが。

上出 ぞっとしますね。

——どれぐらいの素材量になるんでしょう?

上出 リベリアで言うと、1日にロケしているのが約12時間。カメラを4台、使い回してますから15~16時間ぶんの素材が1日に撮れる感じですかね。それで5日ぐらいロケしてますから、70~80時間ぐらいの素材になる。それを40分くらいにまとめるってなると、もうゲロ吐きそうです。早送りで全部見ていくんですけど。

——どこを「使う・使わない」のジャッジはどうされてます? 書籍版を読むと、番組に入ってない面白いエピソードがてんこ盛りなので、切るのは悩ましいんじゃないかなあと思ってたんですが。

上出 そうですね。限られた尺の中でどれを使うか? ってなったときは、素材をひとつひとつ天秤にかけていくしかないですね。たとえばリベリアだと、墓場と廃墟のテレビ局のどっちを選ぶか? って言ったら、僕はやっぱり墓場で出会ったラフテーが番組の主役になるって、あの子に会ったときから思っていたので、「テレビ局のほうはもう入らないな」って。

——わりとクールにバッサリと?

上出 冷静ですね。ほかの映像制作はわからないですけど、テレビは「切る」ということが技能なんです。テレビで言う「編集力」はまさにそれで、切ることが何より大事です。

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